音声・画像・動画という危うい証拠

昨今、犯罪やスキャンダルの「証拠」として示されることが増えている、音声、画像、そして動画といったデジタル証拠。

「このハゲー!」と秘書に絶叫する音声を公開された国会議員は職を辞し、「胸さわっていい?」との音声データが流出した財務省事務次官も辞任。

“文春砲”による不倫暴露の大半も写真データが証拠ですが、いつドアが開くともわからないホテルの廊下で決定的な写真がとれるのは、遠隔操作できるカメラで常時録画しながら見張っているからです。

こうした音声や画像、動画といったデジタル証拠は、第三者の目撃証言や物証に比べても圧倒的なインパクトと説得力を持っています。


でも・・・

私たちはそういったデジタル証拠が、従来のアナログ証拠に比べ格段に偽造しやすいことも知っています。

グラビアでポーズをとる女性の“くびれ”はホントにここまで細いのか?

雑誌の表紙に大写しにされながら、シミもシワもない往年の大女優の肌の美しさは、ほんとうに現実のものなのか?

疑ったことのない人はいないでしょう。

てか、プリクラや自撮り写真の多くだって「かるーく偽造」じゃね? って思うよね。


そういえば拉致被害者の恵さんの写真を北朝鮮が出してきた時も、多くの専門家が写真の偽造を指摘していました。

今やデジタル技術の進展により、「証拠の改ざん、偽造」は極めて「よくあること」となり、かつ、圧倒的に「簡単に誰にでもできること」になってるんです。

★★★

以下は単なる可能性に過ぎませんが、

たとえば「このハゲー!」発言を録音した秘書兼運転手の方は、最初から会話を録音するつもりで用意をしてたわけです。

だったら、短気で怒りっぽいボス(国会議員)を敢えてイライラさせ、感情が爆発するように仕向ける(敢えて道を間違える、アドバイスを無視する)といったことも可能だったはず。

そうやって怒りを誘発し、怒りの部分だけを音声テープに収め、「イライラさせるために誘導した会話部分」はカットして公表する。

そういったことが行われた可能性がゼロだとは、このご時世、誰にも断言できません。

★★★

デジタルデータでは、もっと複雑な編集も可能です。

昔から、レコードや CD に収められている歌手の歌は、何度も歌った中からワンフレーズずつ、最もよく歌えた部分を組み合わせて作るのだと言われていました。

前半は上手く歌え、後半は音程がズレたなら、前半だけを採用し、後半は撮り直してつなげる。プロの機材と技術を使えば、それらは簡単なことです。

私もときどき収録のラジオ番組にでますが、言いよどんだ部分や無駄な部分は上手にカットされ、あたかもスムーズに、一気にしゃべりきったかのように編集され、流されます。

ありがたい時代だけれど、怖い時代です。


しかも今は、素人でもそういう編集が可能になっています。

そのうち(アナウンサーや政治家などのように人前で話すことが多く)豊富な音声データが入手できる人に関しては、

音声データを切り貼りするだけで、「言ってもいないこと」が「あたかもその人が話したように聞こえるデータ」に加工できるようになるかもしれません。

そんな時代が近づきつつある今、音声、写真、動画は本当に「いっさい言い逃れのできない絶対的な証拠」だと断言できるのでしょうか?

★★★

NHKの「視点・論点」という時事解説番組があります。

先日その番組で、東京外国語大学の黒木英充教授が、英米仏軍によるシリア爆撃について解説されていました。

先日来、世界中のテレビにおいて、「化学兵器の被害に苦しむ人達の様子」が映像で流されています。

これを根拠に英米仏軍は「非人道的なアサド政権が化学兵器を使用した!」と責め、一斉にシリアに爆弾を落としたわけです。


化学兵器使用が疑われたのは、反アサド派が立てこもっているドゥーマ地区というエリアです。

でも事件が起きたのは、アサド政権がこの地域でも既に圧倒的な優勢となり、反体制派が撤退(敗走)を余儀なくされたタイミングだったんです。

そんなタイミングで、アサド大統領に化学兵器を使う必要性が本当にあったのでしょうか?

そうではなく撤退を余儀なくされた反体制派が、「アサドがやった」と化学兵器被害をでっちあげ、国際社会の援軍を得ようとした、という動機のほうが強いように思えません?

そして・・・そんなコト百も承知の英米仏軍が、ロシア憎しの気持ちから敢えて事実を深く調査せず、あのインパクト大の動画に乗っかって爆撃につなげた、という可能性は?


日本軍も戦前、中国に侵略した際、自分達で爆破事件を起こした上、「中国がやった」とでっちあげ、戦争を始めています。

そういう手法(戦争を始めたいとき、自演事件を起こして相手のせいにする手法)は、歴史上も決して珍しいものではありません。

たしかに今回もテレビでは、化学兵器の被害に苦しむ人達の様子が動画で映しだされました。けれどその化学兵器を使ったのが誰なのか、という証拠はなにも示されていません。


フランスのマクロン大統領は「アサド政権側が使用した証拠がある」と言っていますが、その証拠を明らかにはできていないし、

英国のメイ首相に至っては、「メディアに流れた現場の画像解析が根拠であり、それ以外の根拠はなかった」と認めてしまっています。

もちろんトランプ氏率いるアメリカも、「本当にアサド大統領が化学兵器を使ったのか」に関する決定的な証拠はなんら示せていません。


ちなみにアメリカは 2003年にフセイン大統領を殺すべくイラクに攻撃をしかけた際も、「生物化学兵器を含む大量破壊兵器がある」といって攻撃を始めましたが、

必死かつ大規模な捜索にも拘わらず、大量破壊兵器は見つかりませんでした。

その後アメリカ自身が「あの CIAの情報は間違っていた」と結論づけています。

★★★

「視点・論点」の中で黒木教授は、今回の英米仏軍によるシリア攻撃について、4つの問題点を挙げておられます。

1.化学兵器をアサド政権が使ったという証拠がどこからも明らかにされていない。証拠を示し、国際機関でシリア攻撃の正当性を説明するという手続きが完全にすっとばされた。

2.映像が流れた後すぐに、国際化学兵器禁止機関(OPCW)が現地調査を行うと発表した。これにシリアとロシアも賛成した。


ところが、OPCWが調査を行おうとしていたまさにその日の未明に突然、英米仏軍による攻撃が始まった。なぜ彼らは OPCW の調査を待てなかったのか?


ちきりん注:中立的な OPCW に現地調査をされたら困ることが、英米仏軍側にあったのでは?って意味です。

3.軍事的、政治的状況からして、アサド政権がこのタイミングでドゥーマで化学兵器を使う必然性はない。既に戦闘の決着はついていた。


この点については イギリスの元シリア大使や海軍の元長官も同様の指摘をし、反体制派による謀略ではないかという意見も出されている。

4.昨年4月の、反体制派支配地域で化学兵器の使用が疑われた事件、2013年、今回と近いエリアで起こった化学兵器使用事件には、今回の事件と共通する部分がたくさんある。


ちきりん注:今回も「また」反体制派がやったことなのでは? って意味かな。

NHKってホント、誰も見てない時間帯にはまともな番組を流してるよね。

★★★


「このハゲー!」と叫んだ人は、本当にそう叫んだんだと思います。でも、その直前にどんなやりとりがあったのか、私にはわかりません。

「胸触っていい?」のオジサンも、実際にそう言ったのでしょう。でもそれが、夜のキャバクラでだったのか、取材を受けている最中だったのかは私にはわかりません。

一回の会食であのセクハラ発言を全部したのか、異なる場での発言がつなぎ合わされ、あたかもセクハラ発言を「連発しているかのように」編集されたのか、それもわかりません。

でも、誰かが本気で私を陥れようとしたら、「傍若無人な態度のちきりんが映った動画」や「ちきりんの暴言データ」くらい、簡単に作れそうだなとは思います。


化学兵器で苦しんでいる人達の映像は見ましたが、それを使ったのがアサド大統領側なのか、今にも撤退を余儀なくされつつあった反体制派による謀略なのか、これも私にはわかりません。

将来、日本政府が「中国の軍隊にやられた!」と言って、沈みゆく日本の漁船の映像を国民に示す日がやってきたとしたら、

私は「これって武力行使を始めたい日本がその言い訳として偽造した映像では?」などと疑うことなく「中国が日本の民間漁船を撃沈!? これは断固、戦うべき時だ!」と思ったりするのでしょうか?

そんなとき「武力行使ではなく、あくまで平和的に解決すべきだ」と主張していた政治家や官僚のセクハラ音声がとつぜん暴露されたら?

「こんな奴、すぐにでも更迭だ! 辞任しろ!」と思うのか、それとも「これって戦争に消極的な政治家を失脚させようという謀略では?」と疑うのか・・・


映像、音声、画像はたしかにインパクトがあり、説得性の高い証拠です。

でもデジタル証拠となったそれらは、ものすごく加工しやすく、印象操作しやすく、単純なアタマを持つ人を騙しやすい証拠だということも、しっかり覚えておきたいと思います。


そんじゃーね。

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