インドのバルキさん

今日はインドのバルキさんについて。

ダルマッパ・バルキさんはインドの技術者で、太陽光利用の“充電式はだか電球”を作った人です。小さな太陽光パネルを屋根につけて昼間に充電すると、夜に家の中で裸電球が一つ点灯する、というものです。

値段は“コスト=売値”でひとつ約32ドル。バルキさんはこの商品で、イギリスに拠点を置く省エネ推進財団のアシュデンから賞を獲得しています。*1

インドの田舎にはまだ電気のない家、村が沢山あるので、こういうものを作ったらしいです。*2電気がないということは、日が暮れたら真っ暗ってことで、もちろんテレビもクーラーも冷蔵庫もない生活です。

32ドルでもそういう家にとってはかなり高いので、個別の家で買えない場合は村でひとつ買って、そこが夜、学校になったりします。その村には学校がないのですが、夜電気がついたことで先生が(夜に)来てくれて、昼間は働かないといけない子供達も字を習うことができるようになったと報じられていました。


一方これが先進国からの経済援助、ODAだと「ダムを建造して、発電所を作る」というアプローチになります。その場合は一気に大量の電気を広い範囲に供給できますが、その代わり、ODAといっても一部は“有償”(返済義務のある円借款)だから膨大な外貨建て借金が残るし、建設が無償援助で行われた場合でも、ダムや発電所は年間の維持費が高額です。

つまりODAによる発電援助はメリットも大きいけど、現地への負担も大きい。だから電気は利用できるようになるけれど、各家庭は“電気代”を払う必要がでてきて、そうすると、せっかくダムや発電設備ができたのに、貧乏な家には電気がこないということになります。


ただ、バルキさん方式だと家に来るのは裸電球一個ですが、ダム+発電所の場合は電気代さえ払えれば冷蔵庫やテレビも使えるようになります。それどころか工場も誘致できます。そうすれば、ほとんど現金収入を持たない人達に“電気”だけではなく“仕事”が供給されます。そして、その仕事で得た現金収入で彼らは次の“家電製品”を買うのです。

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このふたつのアプローチを比較すると、バルキさんは“スモール but クイック win”、後者は“インフラ整備”という開発経済学の王道アプローチです。このふたつの方法論は大きく異なります。

最初の電球システムがひとつ32ドル。インドの人口12億人のうち、半分の家に電気がないとして6億人。5人家族だとして1.2億世帯が電気がない世帯数です。

これらの世帯全部に32ドルの電球システムを配ると38.4億ドル(約4600億円)かかります。すごい額ですよね。ひとつひとつは安いけど、たかだか「電球一個が家につく」というだけで全体では4600億円かかるんです。

しかも裸電球はメンテは不要とはいえ、電球も太陽パネルも寿命があるのでいつかは買い換えが必要です。つまりたったひとつの裸電球のために、一定期間ごとに4600億円が必要になるのです。

一方のインフラ整備はどうでしょう。4600億円もあったら、ダムと発電所と配電システムがある程度整備できます。日本の八ツ場ダムの総事業費は4600億円と言われていますが*3)、そのコストには「用地買収費」「立ち退き家庭への代替地、補償費」や工事の「人件費」が含まれています。

インドの田舎ではそういう項目は格安ですから、4600億円あったら何カ所かでダム、発電所、送電施設などを一式整え、相当広い範囲に大量の電力が供給できるでしょう。


さて、あなたが日本のODA担当大臣だとしましょう。毎年1200億円くらいの予算*4があったら、どちらのアプローチを選びますか?

太陽光によるはだか電球システムを、今、電気のない家に配りますか?それとも数年後にできあがるダムと発電所を建設しますか?


開発経済学的にはインフラ投資をすべきなのでしょう。インフラを整えれば、工場が作られたり、洗濯機や冷蔵庫などの家電に対する需要がでてくるから、そこからまた新しい産業と収入源が生まれ、いわゆる経済成長のサイクルが回り始めます。

一方で、裸電球の光は消費されて終わりです。「ご飯の後も明るい」からといって経済発展につながりはしません。すなわちこれは援助資金を「投資するか」、「消費するか」という選択なのでしょう。

もっと極論すれば、1200億円で発電所作るか、今日食べるご飯を配るか、という選択肢でもあります。消費は今日嬉しい。投資はありがたいが嬉しいと感じるまでには時間がかかる。

インフラ整備に投資をするとは、「毎日何人も餓死している村のそばでダムを造る、という選択肢」ともいえます。


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バルキさんのニュースを見た時、すばらしいアイデアだと思いました。インドは熱いです。暑いというより熱い!レベルです。その太陽を発電に利用し、しかも、裸電球ならその日から夜が明るくなる。大金持ちでなくても電気が使える。どこからみてもいいアイデアだと思いました。

しかし一方で、“非効率”という見方もあるでしょう。「こんな方法では根本的には何も変わらない。」とも言えます。ちきりんは、元々途上国支援の草の根ボランティアやNPOにあまり関心がありません。やっぱり非効率、と思うからです。

なので、途上国支援をするなら個別の家や個人を助けるのではなく、「絶対インフラ整備アプローチの方が正しい」と、今までは思っていました。


だけどバルキさんのニュースを見て、家についたはだか電球に驚愕し、満面の笑顔を見せる大家族の人達の笑顔をみていて、ちょっとだけ考えが変わりました。「もしかしたら、こっちもいいのかもね」と。

工場勤務の生活や、電化された生活に、無理矢理、世界中の人を巻き込まなくても、裸電球がひとつの家族の夜もあってもいいかもしれない。いや、いつかはそういう村も変わってくのだろうが、そんなに無理矢理に開発する必要があるんだかないんだか。


“大規模インフラ開発”と、“裸電球による今日の明るい夜”、おそらくどちらも必要です。問題は、どういうミックスがよいのか、ということなんでしょう。もしくは、どう使い分けるべきなのか、ということ。

少なくとも、「開発経済の基本=インフラ整備」という、宗教レベルにまで強固に信じられている原則が、「ほんとにそうか?」という視点は、必要なのかもしれない、と思わされました。


頑張ってください、バルキさん。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

*1:http://www.news.janjan.jp/world/0508/0508010265/1.php、The Ashden Awards for Sustainable Energy: http://www.ashdenawards.org/

*2:追記:2008年現在でもインドの電化率は55%とのこと。これは大都市も含めた平均ですから、実際には全く電気のない村も多く存在するでしょう。http://www.jepic.or.jp/data/ele/ele_08.html

*3:http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091101/plc0911010031000-n1.htm

*4:日本のインドへのODAは、円借款が年間約1200億円。無償援助が18億円、技術援助が12億円くらいのようです。技術援助ってのは、大半が「インドに技術支援に行っている日本人技術者の給与と経費」だと思います。
使い道はやっぱり発電関係が一番大きい。・発電プロジェクト・上下水道整備プロジェクト・遺跡保存プロジェクト・伝染病防止プロジェクトなどのようです。

追記)インドへのODAのその後の推移:http://indonews.jp/2009/03/5oda-1.html