“仕事より人が多い”ということ

雇用が大変なことになっている。


ざっと数字だけ見てみると、
・7月の就業者数は6270万人(前年比136万人減少)
・7月の完全失業者数は359万人(前年比103万人増加)
・完全失業率は、5.7%と史上最悪。
・分けてみると、男性は6.1%(初の6%台)、女性は5.1%
・15〜24歳の完全失業率*1は、9.9%
・7月の雇用調整助成金の対象者数は243万2565人(前月比2%増、前年比だと約10倍)


雇用調整助成金とは(企業が従業員に払う)休業手当を国が一部助成する制度。利用しているのは、愛知県、大阪府、東京都の中小企業が多い。この補助金がもらえなければ、243万人の多くが解雇される可能性もあり、その場合は失業率が3.88%アップする。つまり5.7%ではなく、9.6%になる。

しかも、大企業にはこういう制度を利用せず、余っている人材を自社内で囲っている(?)ところもある。そういった“企業内失業者”を入れると、失業率は15%近い、という試算もでてきている。


ところで、1年前と比べると約100万人が職を失っているわけだけど、これは就業者全体の1.6%にすぎない。この1.6%は特定のエリア、職種に偏っている。だから「ホントに失業が増えてるの?実感ないなあ」という人もいるだろう。

雇用&失業に関しては、潜在的には“極めて深刻な事態”だが、直撃された分野の人以外は、そこまで実感できていない、というところかもしれない。


★★★


2009年8月29日の日経新聞に下記のような記事があった。

ヤマハ発動機は28日、子会社の社員30〜40人を日産自動車の工場に出向させることを明らかにした。
    (中略)
二輪車や船外機の生産が落ち込み国内工場の稼働率が下がる中で、余剰人員の受け入れ先を確保して雇用を維持する狙い。
    (中略)
ヤマハ発動機は7月からトヨタ自動車とパナソニックの共同出資によるハイブリッド車用電池メーカーパナソニックEVエナジーに社員230人を順次、出向させている。
    (中略)
日産はエコカー減税などで販売が上向き、生産要員が不足気味だが需要の先行きには不安が残るため、本格的な増員には踏み切らずヤマハ発動機からの応援などで対応する。


これはちょっと“えぐい”記事だ。ヤマハ発動機、トヨタ、パナソニック、日産には、“アセンブリー系のメーカー”という共通点はあるが、別に系列でもグループでもない。そういう企業同士が社員の貸し借りを始めている。*2

こんなことされたら、失業している人には一生チャンスは回ってこない。人手が足りない企業は、外部から人を雇わず「余ってる企業から借りる」というのだ。当然、派遣会社や転職支援会社も“商売あがったり”だろう。

一方で、大企業グループに正社員雇用された人は“安泰”だ。はじき出された人から見れば、まさに既得権益と呼びたくなるだろう。記事によれば、ヤマハ発動機は自社の社員だけではなく子会社の社員についてまで、ここまで面倒を見るのだとわかる。


ちなみにこの方法は、企業側に非常にメリットが多い。

貸す側)正社員の解雇が難しい中、余剰の正社員を有効活用できる。

貸す側)解雇すると、生産が回復した時に新たな採用コストや訓練コストが必要だし、新人が一人前になるのに数年はかかる。しかしこの“貸し借り方法”ならそういうコストは不要で、すぐにベテランが取り戻せる。

貸す側)似ている工場や会社とはいえ別の職場を経験した社員は、新しい世界を知って成長する。人材育成のためにもよい機会である。

借りる側)少々忙しくても、正社員はもちろん派遣社員さえ雇いたくないと思っている。契約期間満了でも「派遣切り」と言われてニュースや労働問題にされてしまう。今や派遣社員は、正社員同様すごく使いにくい制度になってしまった。だが、この“貸し借り方法”なら、人が要らなくなれば“いつでも返せる。”

と、考えていると、こんなにメリットの大きい方法が、これから拡がらないはずがない、と思わされる。


この記事からわかることはふたつだ。

(1)「日本全体での雇用需要が増えない限り、失業者は今後一切、仕事にありつけない」ということ。日本は恐ろしく労働流動性の低い国になる。

“低失業&低労働流動性”は悪くないかもしれないが、“高失業&低労働流動性”は悲惨だ。しかもその失業者には若者が多い、となれば、国の未来はどうなるのだろう。


(2)民主党は製造業への派遣禁止など、派遣制度の抜本改正を考えている。もとより「そんなことしたら日本に工場(職場)は無くなる」と指摘する人も多い。だが、工場が無くなる前に、まずはこういうことが起るのだ、とわかってきた。

すなわち、「派遣市場を代替する“正社員の貸し借り市場”ができあがる」のだ。


★★★


簡単に言えば今の日本には「仕事より人の方が10%以上多い」状態だ。

そして機械的に考えれば、この状態を是正するには下記のような方法がある。


<“多すぎる人”の減らし方>
a) 移民に出す。(昔のブラジル移民みたいに)
b) 出稼ぎに出す。(今のフィリピンみたいに)
c) 人口の10%は労働市場ではなく福祉(生活保護)で暮らしてもらう(と割り切る)。


<“少なすぎる仕事”の増やし方>
d) 海外の仕事を日本に呼び込む。
e) 日本で新たな産業を創り出す。
f) 日本で既存産業の雇用数を増大させる。
g) 日本の既存の正社員の仕事を一部分ける。(ワークシェアリング)


・・・書いてて思った。これ、全部やるんだろうな、と。


外国で働きたい、働ける人はどんどん海外に行けばいい。(a&b) 日本企業でも“今後の事業拡大は日本ではなくインドや中国のみで”というところが多くなる。海外でも“日本絡み”の雇用は“現地採用”という形で増加するだろう。

それでも、高齢者も増えるし、社会福祉の拡充は不可欠だ。(c)

(前に書いた)格安生活圏的なエリアを作る気があれば、*3日本に職場を取り戻せるかもしれない。(d)


それに、日本にも“第三次産業で、国際競争力のある新産業”が不可欠でしょ。世界まれに見る高齢化社会が進展していて、社会構造がこれだけ大きく変わろうとしているのに、新しい産業の一つも生み出せないなんてどういうこと?*4(e)

あと、人口が減るのだから観光客や留学生の受け入れももっと積極的にならないと。アジアの人が日本に増えることを嫌がるような偏狭な考えでは日本は立ちゆかない。(e)

既存産業の介護や医療や農業だって、規制でがんじがらめにされているが、市場の本来的な可能性はかなり大きい。規制緩和こそが成長戦略なんだから。(f)


あとワークシェア。大企業に関しては、労働規制の監督をまじめにやって、サービス残業やみなし管理職を厳しく摘発するだけで一定のワークシェア効果がある。(ただし中小企業はこれをやると潰れるので、大企業、ナショナルチェーンのみで実施)(g)

企業内での痛みの分け合いも必要。正社員は週休3日とし、給与やボーナスも20%。企業はその分で新人採用をする。労組は大反対だろうがこうでもしないと若者は就職できない。(g)




子育て支援もいいが、雇用も大事かも。
最低賃金1000円もいいが、新産業育成も大事かも。


そんじゃ-ね。


*1:若者の数字だけ原数値、後は季節調整値

*2:ちょっと別の視点での補足:これを“出向”とか“応援”という言葉で報道する新聞社は、“企業が言っていることをそのまま報道します”というメディアなんだとよくわかる。
「これは、つまりどういうことなのか?」と深掘りして考えて報道すれば、“応援”などという子供の運動会みたいな“誤魔かし言葉”を使った記事にはならないのでは?

*3:格安生活圏に関しては、http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081120あたりから数日間かけて書いてます。

*4:高齢者のお金を流動化させる新産業がないからあかんのよ、という話は、http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090321http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090325あたりから1週間くらいかけて書いてますので、暇な時に読んでみてね!