ネットと金融業 (後半)

一昨日の続きです。

銀行、証券、保険と金融業の各分野で出現したネット金融企業が、顧客に提供している価値の源泉に共通点があるなあと思ったので後半はその話です。具体的にはこんな↓感じ。(規制緩和はネット金融出現の前提なので、含めていません。)


(1)ネット技術の価値
(2)“持たざること”から出せる価値
(3)事業創意の価値


たとえばネットバンキングが始まって、「家のパソコンで振込みができる」のは、(1)のネット技術の価値によるもの、ですよね。
別にナンのビジネス的な工夫もないでしょ。今まではリアル銀行の支店に行き、振込み用紙を書いて窓口に出し、窓口の担当者が端末を操作してたのが、自分でATMや、自宅のPCや携帯から端末操作ができるようになっただけ。

これは、ネット銀行の経営者が生み出した付加価値ではなく、インターネットの価値そのものです。もちろんセキュリティ技術とか、複合的な「技術の価値」で実現したサービスです。これは、株の取引が家でできる、生命保険がパソコンで買える、も全く同じです。


次に、(2)の“持たざることから出せる価値”の例。ネット銀行の金利はリアル銀行よりかなり高いです。これは彼らが支店(不動産)も大量の正社員も抱えていないから可能なのです。「持っていない」から圧倒的にオペレーション経費が安く、その分を金利として顧客に還元できます。

リアル銀行もここ数年で多くの支店を閉めていますが、元が巨大だから追いつきません。「持たない」ことがネット銀行の最大の強みとさえ言えるでしょう。この点は証券業界も生保も全く同じ構造です。


たとえばネット証券は「今まで証券会社が独占していた情報」を無料で顧客に開示しました。昔は、過去の時系列の株価さえ個人で見るのは難しかった。アナリストレポートやザラ場の情報も個人では手に入らない。個人はリアルタイムの株価の動きさえ見えていなかったのです。

そこに営業マンから電話がかかってきて、「大量の買い注文が残されてます。有名なアナリストが買い推奨を出しました。どうやら○○の噂がでているようです。今日は、今○○日平均と○○日平均が交差しますよ。」とか言うわけです。

この「情報の価値」で、リアル証券会社は「高い手数料」を正当化していたわけですが、ネット証券は競ってこれらの情報を無料で提供しました。それによって「リアル証券とネット証券の差は何もない。手数料が高いだけ」と顧客にわからせた。高コストな支店や社員を大量に抱える既存証券にとって、情報の独占が高い手数料を正当化する唯一の方法であることを理解していたからです。


3つめ。たとえばセブン銀行のように「主にATMの使用手数料で儲ける」というビジネスモデルを考えつき実現すること。これは技術の価値ではないし、“持たないこと”とも直接は関係ありません。これが(3)の事業創意の価値です。既存の銀行にはなかった発想のビジネスです。

ソニーバンクの“超小口で何度でも無料で返済できる住宅ローン”も、今までの銀行には無かった商品です。既存銀行はそういう顧客のニーズを吸い上げてこなかった。こういうのが(3)です。


証券分野での(3)事業創意の価値としては、手数料を従量制から一日定額制に変えたことがあります。これにより「個人でのデイトレーディング」という職業が出現しました。既存証券は「個人デイトレーダー相手に商売をしよう」とは考えていなかった。新しい市場が創設されたのです。

マイナーな市場、海外株へのアクセスを容易にしたり、24時間取引などの工夫も、その多くは(3)の事業創意の価値かなと思います。ネット金融は薄利だからこそ、積極的に新しいサービスを創り出していこうと競争しています。


で、生保は?

(2)の“持たざることから出せた価値”として、ライフネット生命が純保険料と手数料を分けてを開示したことがあげられます。ちなみに銀行、証券と比べても、手数料の開示が行われてなかったのは保険だけですね。

昨日書いた話ですが、保険は「必要でない人」に買ってもらう商品でした。必要なものは放っておいても売れますが、要らないものを売るのは大変です。証券でも、株の手数料は安いけど、要らないのに売ってる感じの投信の手数料は高いでしょ。

既存生保は、“どう考えても不必要でしょ”みたいな1億円もの商品を毎月売ってくる“凄腕セールス職員”には、それなりの販売手数料を支払う必要があり、それはとてもじゃないが顧客に開示できるようなレベルの手数料ではなかった。

これを開示できたのは、そんな無茶な額の商品を売らないと維持できないような大きな本社も組織も高コストチャネルも“持たない”新規参入者だからこそ、ですよね。


ところで生保のプロセスは、先日の対談ででてきた話を整理するとこんな感じかな?(下記)

ほんとは“運用”もありますが、“まだ早すぎです”というご説明に納得したので除き、「商品設計」「販売」「支払い」に分けました。先ほど説明した(1)と(2)の価値はいずれも「販売」のところでライフネット生命がやってきたことですね。



ちきりん的には、今後は「商品設計」で(3)の価値を出してほしいなあ、と思います。対談では例として「メンタルヘルス保険」をあげましたが、たとえばうつ病患者の多くは入院せず、投薬とカウンセリングを受けます。しかも半年〜数年の長きにわたって仕事量を少なくし、数ヶ月の休職をしたり、当然、収入に影響がでます。

でも「入院保険」は入院しないと払われないので、うつ病みたいに「入院する可能性の低い疾病」の備えにはならない。それに最近は大きな病気でも入院日数は短期化する傾向にあり、この「入院日数に支払い額を連動させる」というコンセプトは、必ずしも患者側に有利な考え方ではありません。

このあたり、最近は「医療費の自己負担分を払います」という医療保険もでてきていて、これから商品設計の工夫競争が始まるかもね、という期待もあります。


3番目のプロセスの支払いのところは、出口社長もおっしゃっていたように「医療保険は保険会社から病院へ直接支払い」が実現しないと、実際には「保険が必要な人=ピンクの箱の人」には保険は役に立たないです。(“ピンクの箱って何?”という方は、こちらのエントリーをご覧ください。)


今まではお金に余裕のあるブルーの人しか保険に入ってないから「病院への支払いは貯金で行い、後から保険金をもらう」方法でよかったでしょうが、本当に保険が必要な人が顧客になってくると、医療機関に払う段階でお金がないと困ります。

保険金が降りるまでの間に“病気と闘いながらお金の工面に走り回る”のは悲しい話。「本当に保険が必要な人が保険で助けられる」という状態にするには、このキャッシュフロータイミング問題の解決が不可欠だと思います。


余談ですが、アメリカの保険会社はこの「支払い」をいかに「抑えるか」「支払わないか」というところで利益を絞りだそうとします。「こんな高度な治療は必要ないでしょ」とか言って払ってくれないのです。そういうことを考えると、保険会社選びではやっぱり「ちゃんと支払ってる?」というのがとても大事ですよね。

★★★

いずれにせよ、銀行も証券も保険も、ネット企業が勝ち残っていけるかは、この(3)の事業創意の価値をどれくらい出していけるか、にかかっていると思います。

なぜなら、参入当初は(1)(2)で大きなインパクトを出すことができますが、何年かたってくると(3)がない限り、結局「コスト競争」になってしまうからです。先行するネット銀行やネット証券も熾烈な競争にさらされています。

また、規制でがちがちの市場に新しい企業が参入することの価値は、まさにこの(3)による新しい付加価値の創造にあるわけで、ネット金融業界の各企業には大いに期待したいですし、今後どんな商品がでてくるかとても楽しみに思います。

皆様、頑張ってくださいませ。


そんじゃーね。