賃貸住宅斡旋のネット化 そろそろ?

少し前に、「リアルビジネスがどんどんネットビジネスに置き換わるよね」、と書きました。ネットへの移行が早かったビジネスといえば、金融、旅行、書籍と音楽流通などでしょうか。そして最近は一般の物品販売(家電、衣服、食料等)やメディアがブレイクし始めています。

他に“極めてネット向き”と思えるのに出遅れていたものとして“賃貸住宅の斡旋市場”があります。人が部屋を探す基準はとても似通っていて、エリア、家賃、間取りで物件を絞りこみ、トイレバス別とか、和室か洋室か、ペット可か不可か、などの好みで選んでいく。物件側もこれらの基準を元に完全にスペック化されている。

高度にスペック化された商品について、多数の需要と多数の供給があり、それらをマッチングさせるビジネスが賃貸住宅の斡旋事業なんです。こんなにIT技術&ネット向きのビジネスはない。ように見えるわりに、ネット化が遅いですよね。

皆さん、今住んでいる部屋は最終的にどこで見つけましたか? ネットでみつけた人より、賃貸住宅情報誌や駅前の不動産屋さんで、という人がまだ多いんじゃないかとか思うのだけど、どーでしょう。

部屋を探す際にまずネットで情報検索する人は多いんですが、一方で“掲載されてるのはツリ物件だけ”とか“情報がタイムリーに更新されていないため、既に埋まっている部屋がネットに掲載されたままになっている”などの不満も多くて、あまり主流になりえてないのが現状と思えます。


今日は、なぜこのビジネスのネット化が遅れているのか、を考えたいのですが、リアルビジネスのネット化が遅れる最大の理由は、一般的にはどの業界も同じです。それは「既存市場におけるリーダー企業が、ネット化に反対する(動かない)から」ですよね。

JTBが率先して旅館予約のネット化に動いたりはしないし、紀伊國屋書店がネットブックショップに最初からすごく積極的、ということもない。同様に、この賃貸住宅斡旋業界を牛耳っているリクルート社始め、数社の「賃貸住宅情報誌」を発売している企業は(今までは)必ずしもこの事業のネット化に積極的ではなかったと思う。

まあ、あたりまえです。あれ、めっちゃ儲かりますから。ちょっと考えてみてください。一冊の住宅広告誌の中にいくつの物件広告が掲載されているか。一冊が何ページあって、一ページに平均何個の物件が載っているか。そして、そのひとつの広告に100円払われていたら1000円払われていたら、と計算してみてください。で、それが月に2度、年に25回発行されていたら総額いくらの広告収入が手に入るか、と。

ものすごい儲かるビジネスなんです。っていうか、反対に起業するなら、ああいう仕組みを作らないといけないわけで。(そこが江副リクルートのすごかったところです。)

まあとにかく既存市場を独占・寡占している企業は、積極的にビジネスをネット化したいとは思わないのがごく普通のこと。

というわけで、ネット化が進むためにはどの業界でも“アタッカー”(過激な新規参入者)が必要だし、もしくは、既存事業者(たいてい2番手以下の企業)の中から“抜け駆け企業”がでてくる必要があります。この業界も後者は結構でてきている気がしますが、前者が見あたらないのがやや不思議。

一応、“楽天不動産”とか、“ヤフー不動産”ってあるみたいなんですけど、そんなに存在感ないですよね。ホントはグーグルなんて“見取り図検索”とか作ってよ、って感じなんですけど。

★★★

さて、この事業のネット化が遅い要因として他に考えられるのは、
「サービス提供者も仲介者も高齢者だから」ってのもありそう。

アパート経営をやっている人って高齢者が多いですよね。アパートがもともと田んぼだったとか、親が死んだ後、その家をアパートに建て替えて、というパターンが多い。

彼ら物件オーナーが高齢でネットを余り使わないので、ネットに掲載して入居人を集めようという発想にはなかなかならないんだろうし、「うちのサイトにあなたの物件の見取り図をアップロードしてください」なんていうサービスがあっても使う人はほとんどいない。「アップロードってどこの道だ?」って感じでしょう。(ややオヤジギャグ)


そこで、末端でこれらの商品情報をすべて抑えているのは、高齢の大家さんと長年にわたってつきあってきた“駅前の不動産屋さん”ということになるわけです。賃貸情報誌を見て物件を探しても、結局は次のステップとして不動産屋に出向く必要がでてくることが大半でしょ。彼らが市場を握ってるわけです。

で、じゃあこれらの不動産屋さんが見取り図を自分でアップロードするようになるか?といえば、実は彼等も大企業より個人商店的な小さい不動産屋さんが圧倒的に多いよね。 昔から不動産屋をやっている、という人達。こちらもあんまりネットが得意なグループじゃない。

だからリクルート社の営業マンが回ってくれば情報誌に掲載はするけど、ネットサービスに自ら掲載するのは(その方がリクルートの広告料より圧倒的に安くても)敷居が高いってことでしょう。

というわけで、需要側は極めてネット親和性の高いセグメントなんだけど、一方の供給側のネットとの親和性が非常に低いのが、この市場のネット化が遅れている理由のひとつでしょう。

★★★

もうひとつ大きな理由。それは、この事業が、借り手からみた場合と、貸し手からみた場合では全く異なる事業だということ。

「大家にとっては、“借り手を捜す”ところより、“賃貸後”の方が、実は圧倒的に大事=付加価値が高い」んだよね。

これ、このビジネスの大きな特徴だと思う。


大家さんは貸した後に「近隣からクレームがこないか」「設備の修理などを依頼されたらどう対応するのか」「家賃の延滞が起こったら・・」「急にでていったりするかも」「物件を綺麗に使ってくれるか」などなどものすごくいろんな懸念事項を抱えることになる。

街の不動産屋というのは、最初に貸すお手伝いをした後にこういうトラブルへの対処を引き受けてくれる(少なくともアドバイスしてくれる)、というのが貸し手にとっては一番の価値なんだよね。

借り手を捜すところだけがネット化されて楽になっても、他の大きなメリットが失われては全く意味がない。だから大家さんとしてはネットで探すより、駅前の不動産屋に頼んで貸す相手を探したいと思うわけです。

この辺がネット物販等とは全然違うところ。反対にいえば「貸し手と借り手のマッチングのところだけは極めてネット親和性の高い業務プロセスなのだが、賃貸後のメンテナンスというプロセスは全くネットにむいてない事業」ってこと。これを“アンバンドル”しないとネット化はなかなか進まない。

★★★

ところが、最近結構ネットで探してもそこそこの数の物件が表示されるようになってきた。で、それらの物件をみていて気がついたことがある。それは、掲示されている物件が「売れないマンション」を賃貸に回したり、「投資用マンションなのに全然人が入ってない物件」の部屋だったりするってこと。

なんでわかるかというと、同じサイトに、同じマンションの部屋が複数戸ってか、かなり多数リストされてたりするんです。あきらかに一般の大家さんとは違う。こういうサイトに物件情報を提供しているのは、不動産屋(マンション販売業者)であったり、投資物件の販売会社(で、家賃保障を付けている会社)なんだよね。つまり“業者”なんです、大家さんというよりは。

これは最近の不況で、売れ残りの分譲マンションの部屋が急増していたり、投資物件の空き部屋が増えているためでしょう。この場合の貸し手は(大家ではあるけれど)不動産業のプロだから、借り手さえ見つければ、入居後のメンテでは他者の助けはいらない。いかに安く早く借り手を見つけられるか、だけが重要。そうすると、ネットで探すのが圧倒的に効率的になる。


で、理由はともあれ、ネットの上で探せる物件が増えてさえくれば、借り手側がそのサービスを使うようになるのは必然。だって借り手側は大抵若くてネット親和性が高いし、彼らは、借りた後のことなんてなんも考えてない。マッチングの部分だけが重要なんだから。

と考えると、今回の不況(特にマンション販売不振)は、この事業のネット化促進のきっかけになるかもしれない、と思った。


不動産賃貸って、一般の商取引と違ってかなりいろいろゆがんだ市場だとちきりんは思っていて、こういうのを直すにはとにかく“市場の効率化”ってのが一番効果的。そのためにはネット化するのが一番だと思うのだけど、なかなかそれが進んでこなかった。

んだけど、そろそろ賃貸住宅斡旋市場も潮目が変わってくるかもね。と思った。


そんじゃーね


<参考書籍>