その船を、いつ降りる?

最近、東電を辞める若い人が増えてるらしいけど、「退職が震災前の3倍のペース」などと報道されていて、「すごいな。そんなに辞めないんだ」とびっくりした。

だって震災前なんて、あんなに条件のいい会社を辞める人はすんごい少なかったはず。それが、震災後に3倍にしかなってない(純増分は2倍に過ぎない)なんてスゴイ。ほんと、みんな辞めないもんだね。


人間にとって、自分の乗っている船が沈みそうになった時、「どのタイミングでその船を降りるか」という判断はすごく大事。ちきりんがこのことを痛感したのが長銀だった。

日本長期信用銀行が破綻したのは1998年の秋だけど、金融界ではその数年前から「相当ヤバイでしょ」というのはみんなわかってた。経済的には破綻してるけど、政治的にどうするのかがよくわからない、というだけの状態だった。

もちろん、その頃も学生だけは相変わらず、超一流企業、長銀への就職に殺到していたけれど、内部にいる社員には、実質的にはもう終わってることがよくわかってた。だから、少なくとも破綻の数年前からは「船を降りる」人が増え始めていた。

そしてこの時期に船を降りた人は、再就職にもそんなに困っていない。もともと優秀な人も多いし、「人に先んじて船を下りる決断ができる」というのは、「見切りが早い」「損切りできる」という金融業界で重視される能力だからね。彼らの多くはなんなく他の金融機関に転職した。


一方で、「実質的にアウトなのはわかってるけど・・」「まさか潰れないよね?」って感じで思考停止していた多くの人たちは、ずるずると居残り、船が沈むのとともに海に沈んでいった。

完全にやばくなって、金融業界内で長銀からの転職希望者が多くなると、採用側の企業も足元を見始める。屈辱的な面接に耐えられなくて、慣れない起業に乗り出したり、いきなり田舎に隠遁しちゃう人まででた。

ごく少数だけど、中には「オレはこの船が沈むのを見届ける」という意思をもって残った人もいた。長銀がぶっとび、リップルウッドに買われて、新生銀行として全く違う銀行になる、というプロセスを全部見届けるのはそれなりにおもしろかったとは思う。

もちろんリップルウッドに買われた段階で(事実上)解雇されてしまった人もたくさんいるけどね。“長期信用銀行サマ”から、外資系オーナーが経営するエグエグのリテールバンクへの転換についていけなかった人も多い。

また、いったん再生を果たした後のぐちゃぐちゃに飲み込まれて、大変な思いをした人もいる。残った人の給与もかなりレベルダウンした。トップにはわけのわからん外人さんがやってくるし、もちろん当然に“実力主義”の世界になった。


ちきりんが思うに、長銀って「いつ船を降りるべきか」を学ぶ事例として最適だと思う。日本にハーバードビジネススクールがあれば、間違いなくこれをケーススタディのネタに採用するだろう。お題はもちろん「タイタニックを逃げ出すタイミングについて」・・


最近また、同じような決断が重要になりつつある企業が続出してる。JALやANAもそうだし、東電もそう、オリンパスもそうだし、「70歳まで経営職につけない」ことが明らかになったキヤノンや、何年でも赤字を続ける覚悟のソニー(テレビ部門)も同じ。新聞社やテレビ局もかな。そしてもちろん霞ヶ関も。


「自分はこの船にいつまで乗っているべきか」
「どのタイミングで降りて、大海でのボートの漕ぎ方を学ぶべきか」
「どの時期に、他の船に乗り移ることを決意すべきか」


それが問題だ。


そんじゃーね。