姓を変えるということ

以前、 「イクメンどころの騒ぎじゃない時代が来ます」 というエントリで、「出産のために仕事や働き方を変える」という判断を、これからは男性も迫られる時代が来るよん、と書きました。

それに加え、これも今のところ実質的に女性だけが背負ってるのが「婚姻による姓の変更」による諸処の負担です。


結婚により、複数の銀行口座やクレジットカード、オンライン証券会社の口座や免許類、保険からパスポートまで、あらゆるものの名義変更を実行する手間は、想像以上にめんどくさいものです。

それぞれに公的書類を添付して送らないといけなかったりするんですから。

ましてや離婚後、さらに再婚後に、いちいちすべてを変更するのは、マジで大変。


日本では夫婦は同姓である必要があり、どちらの姓を選択してもいいのですが、今は大半が男性姓を選びます。(別姓を選べない先進国は日本だけと言われてます)

最近は仕事上では旧姓を使い続ける女性も増えていますが、この使い分けも簡単ではありません。


パスポート、飛行機予約、そして最近は(セキュリティの理由により)ホテルの予約も原則として正式氏名でしかできません。

特に 911のテロ以降、様々な場面で公的 ID の提示が必須となったため、実務的に非常に面倒なことが起こっています。


たとえば、ニューヨークで取引先のオフィスを訪ねる。

でもセキュリティが強化されたため、事前に申請して入館カードを発行してもらう必要がある。

そのカードを、取引先の担当者が作っておいてくれたのだけど、そのカードの名前は当然に、いつもメールでやりとりしてる通称名で作られてる。


いざニューヨークに到着し、そのカードを受け取ろうとすると「本人確認のため、IDを見せてください」と言われる・・・でも、通称の ID なんて存在しない。パスポートは当然に(いつもは使っていない)正式名だから。

みたいなことが、あちこちで起こるんです。


それ以外でも、共に出張する上司や現地での取引先の人には、いつも使っていない正式名(=ホテルの予約名)を伝えておかないと、彼らはゲストがホテルに到着したかどうかの確認さえできない。

ホテル側は正式名でしか予約を把握してないし、取引先の人はいつも使ってる名前しか知らないから。


「それくらい簡単だろ」と言われるかもしれませんが、取引先がアメリカ人の場合、「ふたつの日本名」を正確に伝えるのは想像以上に難儀です。

ドタバタした出張直前のタイミングで、「私の入館証とかを用意してくれるなら、こっちがパスポートネームだから、これで作っておいてくださいね」とか、「ホテルの予約はいつもとは違う名前でしてるからね!」みたいなメールをいちいち送る面倒くささといったら・・。


ビザが必要な国での国際学会に呼ばれる女性研究者なんて、もっと大変な苦労をされているでしょう。これまでに発表した論文の著者名とビザの申請名が一致しないと、ビザ要件を満たしていると証明するのも一苦労です。

親を預けてる介護施設や子どもを預けてる保育園、家族が入院してる病院(←通常、正式名でしか利用できない)からの緊急の電話を同僚が取って、「○○さん? そんな人、うちの会社にはいません」って切っちゃうこともあります。

職場の同僚達は通常、本人の正式名を覚えていないので。てか、誰の名前が通称で、誰の名前が正式名かさえ、周りの人は知らないのが普通だからです。


★★★


また、結婚して夫の姓で仕事をしていた女性は、離婚した時に大きな問題に直面します。

離婚によって姓を変えたのに、「結婚されたんですね! おめでとうございます!」とお祝いメールを送ってくる同僚や取引先の人も少なくないからです。


私の知人には、それらの無邪気なお祝いにいちいち対応するのがめんどくさくなり、そんなに親しいわけでもない同僚や取引先には、

(実際には離婚したのに)「ご結婚ですか! おめでとうございます!」と言われると、「ありがとうございます」と答えている人までいます。

が、そうするとまた「お相手はどんな方ですか?」みたいにツッコンでくる人もおり、本当にウザイと言ってました。


みなさんも取引先の女性の姓が変更された時、その理由が「離婚ではなく結婚である」と確実にわかるまでは、あんまりプライベートな質問をしないよう気をつけてくださいませ。

相手が若く見えても、名前が変わった理由が結婚であるとは限らないんです。


さらに、こういった問題を避けるため(=周りの人に離婚したことを言いたくないため)、離婚しても姓を戻さず、職場ではずっと「元夫の姓」を使い続ける女性もいます。

で、転職のタイミングに合わせて姓を変える。


もっと大変なのが、結婚している間に名前が売れ、有名になった女性です。

彼女らの中には、ビジネス上の観点から離婚後も元夫の姓を使い続ける人がいます。

名前自体がブランドになってるレベルの人だと、離婚後に再婚しても、新たな夫の名前ではなく、そのまま元夫の姓を使ったりします。

おそらく継続的にテレビに出るレベルまで売れた女性の場合、離婚しても名前を変える人なんていないんじゃないでしょうか?

みなさんがよく知る「文化人枠でテレビにでてる女性有名人」の中にも、元夫の姓で活躍してる人、少なくないと思いますよ。


元夫としても、自分の名前で有名になった元妻をテレビで見るのは妙な気分でしょうし、新しい夫も「元夫の名前で大活躍する妻」を見るのは複雑な気持ちでしょう。

ふたりの間に子どもが生まれても、妻がテレビで紹介される時の名前は「前の夫」の名だし、妻が出版した本に求められたサインをする時も、そこに書く名は元夫の姓・・・


結婚しても離婚しても名前(芸名)が変わらないタレントさんや女優さんのように、
(たとえば広末涼子さんが常に広末涼子さんであり、松田聖子さんが常に松田聖子さんであるように)
自分もそうありたいと考える普通の女性の願いをかなえてくれるのが、選択制の別姓制度なのです。


私もすでに 7年もブログを書いています。もし私が本名でブログを書いていたとしましょう。

そして、ブログを書き始めた時に結婚していて夫の姓を名乗っており、その名前を開示していたとしましょう。


7年の間に離婚したりすれば、私は、
・姓を戻して、 6万 5千人のフォロアーと 5万人の読者に「離婚した」と開示するか、
・元夫の姓でブログを書き続けるか、のいずれかを選ばねばなりません。


全く知らない人にまで、そんな個人的な出来事を開示しなければならないなんて、本当にばかげたことだし、

個人的な事情で 7年間その名前で積み上げてきた認知度や信頼を手放さねばならないのも、容易には納得しがたいものがあります。


先日、飲みにいった知人は、ずっと前に離婚した際、「いろいろ聞かれるのがうっとうしいから、再婚するまでは元夫の姓のままでいく」と言っていたのですが、

最近は「もう再婚しない気がしてきた。とはいえ、このまま元夫の姓で死ぬのは絶対にイヤだ」と言い出し、

でもいまさら姓を変えて(「えっ、10年も前に離婚してたの?」などと)詮索されるのを避けるため、姓を戻すためだけに転職しようかとさえ考えています。


夫婦別姓の選択制に反対する人のなかには、「別姓にするとこんな弊害がある」とあれこれ問題を列挙する人もいるのですが、

私達が求めているのは夫婦別姓ではなく、夫婦別姓を(望む人だけが選べる)選択制の導入です。

別姓にすると問題が大きいと思う人に、むりやり別姓を選べと言ってるわけではありません。

そうではなく、こんなに困ってる人がいるのだから、できれば関係ない人には反対してほしくないってお願いしてるだけです。


先進国で唯一の日本のこの制度は、国際人権機関からも実質的な女性差別だ(形式的には平等でも実態的には女性のほうが姓を変えるのが当然とされている)と指摘され、是正を求められています。

離婚して心身ともに憔悴しきっている時に、「結婚したの? おめでとう!」とあちこちから言われる鬱陶しさを、男性の皆様にも是非、理解してほしいと思います。



そんじゃーね。

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