お互い、大衝撃!

以前に紹介したような流れで、第二回将棋電王戦の第二局でプロ棋士に初めて勝利した将棋ソフト、Ponanzaの開発者である山本一成さんと会うことになりました。

将棋についてもプログラム開発についてもど素人の私は、10時間ほどにわか勉強をしたうえで“聞きたいことリスト”を準備。

そして先日、カフェで 3時間、その後、食事をしながら 3時間、さらにカフェバーに移って 2時間と、合計 8時間、延々と将棋とコンピュータと人間についてレクチャーを受けました。

勉強になったことはもちろん、とても楽しかったです。ありがとうございました!



Ponanza 開発者:山本一成さん


この話、とても複雑なので一歩ずつ説明していきますね。まずは“完全情報ゲーム”についてです。

ゲームには「完全情報ゲーム」と、「そうでないゲーム」があります。

より正確には、二人零和有限確定完全情報ゲーム というのですが、完全情報ゲームとは、

・二人=自分と相手だけの二人でゲームをする
・零和=両者の利得の和はゼロ=自分の最善の選択肢は相手の選択に左右されない
・有限=手の組み合わせが有限
・確定=サイコロを振ったり、伏せられた牌を引くといった、偶然の要素がない
・完全情報=相手の選択はすべてわかる

というゲームのことで、将棋やチェス、碁やオセロなどがその例となります。

自分の最善の選択肢が相手の選択に左右される例としては、囚人のジレンマが有名です。じゃんけんもそうかな?

あと、ポーカーやマージャンでは相手の札やパイが見えないので、完全情報ではありません。


この「完全情報ゲーム」に関しては、二十世紀における最も偉大な数学者と言われるジョン・フォン・ノイマン氏が、「完全情報ゲームには必ず最善の手がある」と数学的に証明しています。

つまりこれらのゲームには「解=必勝法」があるんです。

ただし将棋に関しては、その解が現時点で解明されているわけではありません。

将来、コンピューターの性能がめちゃくちゃ上がると、将棋についても先手必勝か、後手必勝か、両方が最善手を続ければ必ず引き分けか、みたいなことが理論的には解明されるはずだって話です。

一方、運や偶然性が混じる=完全情報ゲームではない麻雀やポーカーといったゲームには、「完全な解」はありません。


★★★


さて、完全情報ゲームでは選択肢が「有限」であると書きましたが、有限とはいえ、その選択肢はものすごく多いです。

オセロから囲碁まで、盤のマス目数や、相手から取った駒が再利用できるか、などによって、選択肢の数は異なりますが、いずれも「想像を超える多さ」です。

ゲーム   ひとつの局面のあり得る手 ゲーム中に現れる局面の数 ソフトと人間
オセロ 10くらい 10の60乗 ソフト圧勝
チェス 35くらい 10の120乗 ソフトのほうが強い
将棋 80くらい 10の226乗 トッププロに挑戦中
囲碁 250くらい 10の360乗 人間が強い

(チェスと将棋は似たゲームですが、チェスは相手から奪った駒が再利用できません。このためチェスではゲームが進むにつれ駒数が減り、急速にコンピュータに有利になります)


局面数が(比較的)少ないオセロとチェスに関しては、既に人間がソフトに勝てなくなっており、オセロにいたっては「ソフトが指す手は人間には理解できない」=「神がかった手に見える」とまで言われています。

ところが、そのオセロでさえ、未だに「解」はわかっていません。「ゲームの解明」というのは、それくらい難しいんです。


また、将棋ソフトにとって「人間のトッププレーヤーに勝つ」のと、「将棋を解明する」というのは、まったく違う目標です。

ソフトの開発者の中には、前者を目指す人もいるかもだし、後者が目標だと明言する人もいます。


★★★


さて、山本一成さんの話の中で私がもっとも驚いたのは、彼がこう言った時でした。

将棋の完全解明は、将棋ソフトがトップ棋士に勝つのとは、全く次元が違う難しさです。

私はそれよりも、プログラムが人間の知能を超える日のほうが早いと思っています。


えーーーーーーーー!?


“あなた本気でそんなこと言ってんの? 冗談でしょビーム”を出し続ける私を説得するためか、彼は次々と言葉を続けます。

人間にしかできない聖域分野は存在しないと思ってます。


そもそも人間の生物学的な能力向上は、限界に近くなっていると思いませんか?


人間は人間の思考を理解できないけれど、プログラムは人間の思考をわかるようになるかもしれません。


ちょっと待ってくれよということで、急遽、プロ棋士の片上大輔六段を交えて焼肉を食べながら、「将棋の完全解明と、人間の知能を超えるプログラムの出現はどっちが早いか」を話し合うことになりました。


焼肉↓


片上大輔六段↓


六段いわく「そりゃー、さすがに将棋の完全解明のほうが早いでしょ?」


だよねー!!!!


山本氏は「えー、そうですか? 将棋の解を見つけるのはめっちゃ難しいですよ」


そんなこと、片上六段だってわかってるって!!!


焼肉↓


というわけで、ホント衝撃でした。

何も知らない人が言うのと違って、実際にある種の「考えるソフト」の開発に当たっている人が「人間の知能を超えるプログラム」がそんな現実的だと考えてるなんてマジびっくり。


しかしながら、その衝撃で頭がぐゎんぐゎんしてる私に、さらなる衝撃が待ち受けているとは、このときはまだ気が付いていませんでした。

この後、タクシーで帰途についたのですが、その中で山本氏は(私が問うたわけでもないのに)こう言ったのです。

「今日はホントに楽しかったです! でも、今日一番、衝撃的だった話は・・・」


ふむふむ。人間の知能を超えるプログラムができると思ってるあなたにとって、一番、衝撃的だった話は?


「・・・・・ちきりんさんの年齢でした!」


    


そんじゃーね!


<コンピュータ将棋 関連エントリの一覧>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃! ←当エントリはこれです
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル
8) なにで(機械に)負けたら悔しい?
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 
12) インプット & アウトプット 
13) コンピュータ将棋まとめその2