大局観のある人ってほんとスゴイ

コンピュータ将棋について調べていると、頻繁に“大局観”という言葉を聞きます。

局面の評価において「この条件は有利、こちらの数字は不利、ここはどーのこーの」と細かく分析するのではなく、

全体として「だいたい いい感じ」とか、「よくない雲行き」などと判断し、さらに「おそらくこっちの方向に向かえば、より良くなるだろう」と考える。

そういうざっくりした状況判断が“大局観”と呼ばれており、人間(プロ棋士)は大局観に基づいて手を選んでいます。


これも経営者と同じですよね。

彼らは市場や競合の動向、自社の力量や勢いをざっくり把握したうえで、「よし、ここで勝負だ」とか、「ちょっとヤバいから慎重に」と、考える。

「この数字が○ならこうする」といった細かい“機械的な”判断をしているわけではありません。


この大局観をコンピュータに持たせるのが難しい。

優れた大局観を持つには、判断に影響するすべての要素を抽出、数値化し、重み付けすることが必要で、コンピュータは今、それを延々と(ちから技で)勉強しています。

コンピュータソフトが、トップ棋士やカリスマ経営者レベルの大局観を持てるようになれば、それはすなわち、将棋初心者や新入社員でもトップ棋士やカリスマ経営者と同じ状況判断ができるようになるってことだから・・・そりゃー凄いことです。


★★★


今回の第二回将棋電王戦でも、「これは、すごい大局観に基づく判断!」と感心したことがありました。

といっても私は将棋は素人なので、その多くは電王戦の運営に関する判断です。

たとえば、第二回将棋電王戦の終了直後にドワンゴの川上会長が、「今回の将棋ソフトを永久保存する」と発表されました。

これを聞いたとき私も、「おー、ホントにそうだ。是非そうすべき!」って思いました。


なんでかって?


よくわかりません。


よくはわからないけど、絶対そうすべきだということは、私にもわかりました。今そうしておくことで、将来、ものすごく大きな意義(価値)が出てくるだろうと。

・・・こういうのが「大局観に基づく判断」です。


考え方はこうです。

開発者の方は毎日のようにソフトを改良されているので、放っておくと、「第二回将棋電王戦で○○棋士に勝った、そのプログラム」を後から探すのが、とても大変になるかもしれません。

今回の 5局で使われたソフトをまとめてきちんと保存しておくと、これから毎年のように大幅に強くなる将棋ソフトが、一番最初にプロに勝った時の強さとはどんなものだったのか、あとから検証できるし、他の人も対戦できます。

そのあたりまでは私にもボンヤリわかるんですけど、ずっと先から振り返れば、「この時点でのソフトを永久保存する」という判断は、もっともっと大きな意味がでてくるだろうとも思えます。

この、「今、この手を指しておくこと(ソフトを永久保存すること)が、将来の非常に価値の高い局面につながる」と考えた川上会長の判断が、まさに“大局観に基づく判断”なんです。


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もうひとつ。昨年の電王戦は、故米長邦雄氏とソフトの対局だけだったのに、今年は 5人のプロ棋士と 5つのソフトの対局となりました。

そしてドワンゴは「ぜひA級棋士をひとり出してほしい」と要請していたようです。


「新潮45」に掲載された塚田九段の手記には、「A級の参加者がひとりほしいという要請があった」と書かれているし、

実際に出場したA級棋士である三浦八段も、こちらの記事にて、他の棋士は立候補だったり将棋連盟内での選抜だったようですが、

「私の場合はドワンゴさんからご指名をいただいていたようで、直接、ドワンゴの方からも熱心に頼まれまして・・。断りづらい気がして、そこまでおっしゃるなら、とお受けしました。」

と話されてます。


A級棋士は、将棋界でタイトルホルダーに次ぐトップ 10 以内の棋士です。

この「今回の団体戦に、一人でいいからA級棋士に出てもらおう!」と考えたドワンゴの判断も、めっちゃ戦略的です。

そもそも第一回電王戦のように、“一人 vs.ひとつのソフトの対局”を続けていたら、今回いきなりA級棋士を呼ぶことはまずできなかったはず。


ステップ1)一人対ひとつの一局ではなく、5人対 5ソフトの団体戦にしましょう!
という提案を(対局後の興奮冷めやらぬ、電王戦直後の記者会見の前に)通しておいてから、

ステップ2)そのうちのひとりは、A級棋士を是非!
と持っていく。


ステップ1の速攻技と、ステップ2の粘り腰・・・ドワンゴ側の、この辺のセンスの良さというか、交渉ごとの巧さというか、「どういう手を選べば、より有利な局面につながるか」という大局観は、ほんとにすごいです。



今までのコンピュータとプロ棋士の対戦の歴史はこんな感じになんですが↓

主な出来事
1975年頃 人工知能研究の一環として将棋ソフトの開発開始
1980年頃 単に合法手が指せるだけのソフトもたくさん存在
1990 第一回 コンピュータ将棋選手権大会 開催
1996 チェスのチャンピオン、カスパロフ、IBMが開発したチェスソフト(ディープブルー)に勝利
1997.5 カスパロフがディープブルーに敗れる 2勝1敗3引き分け 「人工知能が人間に勝利した日」と大きく報道される
2005.6 アマチュア竜王戦で“激指”がベスト16に
2005.10.14 日本将棋連盟 プロ棋士が将棋ソフトと平手(ハンディなし)で対局することを禁止令
2006.5 保木邦仁氏開発のボナンザ 世界コンピュータ将棋選手権に初出場で優勝
2007.3.21 渡辺明竜王がボナンザに勝利(持ち時間2時間) ボナンザは予想以上の善戦
2009.1 保木邦仁氏がボナンザのソースプログラムを公開し、他の開発者の利用を認める
2010.10.11 あから2010(激指、GPS将棋、Bonanza、YSSによる合議制で作られた将棋ソフト)が 清水市代女流王将に勝利
2011.2.6 ニコニコ動画 初のタイトル戦生放送 (棋王戦 5番勝負)
2012.1 第一回将棋電王戦 米長邦雄氏 ボンクラーズに敗北
2013.4-5 第二回将棋電王戦 5 対 5 の団体戦で将棋ソフトが 3勝 1敗 1分けで勝利


ソフトは、2010年に女流トップには勝っているし、2012年には引退した元トップ棋士にも勝っています。着実に山を登ってきてるんです。

そんな中、今回、4段、5段、6段の棋士が 5人出てくるのと、将棋界で 10人しか存在しないA級棋士がでてくるのでは、その意味は大きく異なります。


結果はどうあれ、A級棋士が出てくれれば、次回(第三回)電王戦への期待値は大きく上がります。当然、「次は A級棋士ではなくタイトルホルダーを」という話に進みますよね。

第三回の企画をするにあたって各関係者が議論する前提条件が、質的に変わる。だから今回、ぜひとも一人はA級棋士に出てほしい。

こういう戦略的な判断こそがまさに人間の判断であり、「人間すげー!」なんです。


てか、大局観のある人ってほんとにスゴイ。



そんじゃーね

<コンピュータ将棋 関連エントリの一覧>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃!
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル
8) なにで(機械に)負けたら悔しい?
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ ←当エントリはこれです
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 
12) インプット & アウトプット 
13) コンピュータ将棋まとめその2