インバウンド観光にみるムスリムの可能性

このエントリは連載ものです。

第一回 浅草から考える多文化共生


ご存じのように訪日観光客は毎年どんどん増えていて、昨年は 1974万人、今年は10月で既に 2000万人を突破しました。

政府は急遽、目標を引き上げ、2020年オリンピック年に 4000万人を達成したいとのこと。


4000万人なんてものすごく高い目標に見えますが、そうでもありません。訪日観光客はそれ以上にまで増える可能性も高いんです。

というのも海外からの観光客は、その多くが近隣エリアからやって来るから。

たとえば世界でもっとも海外からの観光客が多いフランスでも、その半分は「飛行機以外=自動車や鉄道」で来ると言われています。

つまり、スペインやドイツ南部、オランダなどから自動車で来たり、イギリスから鉄道でやってくるような人が半分なんです。

これに欧州内部の各都市から飛行機で来る人を加えると、フランスに来ている外国人観光客の大半は欧州域内からの訪問客です。


これはどこでも同じで、アメリカに来る観光客の半分以上はカナダかメキシコなど北米、中米の人だし、今の日本に来ている人の 8割近くはアジア人です。

つまり国際観光の中心は「近い国を訪れる」という市場なんです。


今まで訪日観光客が少なかったのは、平均的な所得の国民が気軽に海外に行けるほど裕福な国が日本の近隣に存在しなかったからです。

反対に言えば、最近、急激に訪日観光客が増えているのは、ビジットジャパンによる宣伝やビザ要件緩和などの効果の前に、

アジアの多くの国で経済力が上昇し、海外旅行のできる中間層が大幅に増加したことが根本的な理由だと言えます。

だっていくらビザ要件が緩和されても、お金がなければ海外旅行には行けないでしょ?


そして今や訪日観光客の大半は中国、韓国、台湾、そして ASEANなど「アジアの国」です。


(資料 上記の 2つ=観光庁データ


日本の周辺地域人口は(フランスの周辺国に比べても)極めて多い。

欧州には(定義に依りますが)6億人くらいしか人口がいません。

しかしアジアでは、中国だけで 13億人、ASEANに 6億人の他、韓国や台湾などそれ以外の国にも 1億人くらいの人口がいます。しかも人口の伸び率は、欧州より圧倒的に高い。

ざっくりフランスと比較しても、「近隣諸国の人口は 3倍」なのです。

加えてアジアは欧州より人口の伸び率も高いし、経済的にもこれからますます豊かになります。訪日観光客数はまだ相当に伸び代が大きいと言えるでしょう。


次にこちらを見てください。フランスやスペイン、ギリシャなど観光業が大きな国は、自国の人口より年間の観光客の方が多いとわかります。

イギリスやドイツなど(欧州の中では人気のない国)でも人口の半分近くの観光客が来ています。



(パブリックデータより ちきりん作成)


そんな中、日本は 2000万人を迎えてもまだ人口比で 2割。

これが 5割になるだけで、観光客数は 5000万を超えてきます。日本の人口はこれから減り続けるので、どこかでその比率が逆転しても不思議ではありません。


フランスと比べての唯一のハンディは、近隣国が地続きでは無いことです。

なので観光客の数は飛行機と大型船のキャパ & 空港と港湾の処理キャパに制限されます。

スペインのように 5000万人以上を飛行機か船で受け入れている国もあるので、それくらいまで増やすことは可能なのですが、

そのためには成田、羽田、関空だけでなく、地方空港や地方の港がどれほど活用できるかにかかってきます。

ところが、日本ではその地方での「ムスリム対応」があまりにお粗末なのです。


ちなみにイスラム教徒の観光客はどれほどいるのか・・・各国の人口とイスラム教徒比率を見てみましょう。


これを見ると、人口が多くてイスラム教比率も高いインドネシアが中心になることは間違いないのですが、実は中国やインドにも、相当数のイスラム教徒がいると分かります。

また、すでに LCCなどを利用すれば(アッパー中間層の)海外旅行が可能になってきたインドネシアに加え、

今後バングラディッシュなどが経済発展を始めれば、ものすごい数のムスリム観光客がやってくるはずです。

JETROのレポート によれば、その兆しは既に見え始めています。

バングラデシュへの進出日系企業数は、2015年 1月時点で約 220社となり、過去 4年で 2倍以上に増加した。


実質 GDP成長率が 10年に渡り約 6%と安定的に推移しており、BRICs諸国に次いで 21世紀に有数の経済大国に成長する高い潜在性があるとされるネクストイレブンの一つ


それにね。
ご存じのように、中国と韓国には「政治リスク」があります。領土問題や慰安婦、戦後補償の問題が揉めると、これらの国からの観光客は大きな影響を受けます。

ところがインドネシアを始めとする ASEAN諸国は、基本的には極めて親日的です。

これらの国の中にも旧日本軍に迷惑な行為をされた国はあるのですが、なぜか、反日感情は大きくありません。

このためムスリム市場は(観光業に限らずですが)今後、確実に、そして安定的に伸びていく市場なんです。


実際に日本に来ている人の人数で見ると、2015年にはマレーシアから 30万人、インドネシアから 20万人が訪日しているので、

それぞれのイスラム教比率を掛けると、この二ヵ国だけで既に(去年の段階で) 36万人ものムスリムが日本に来ていると想定できます。


豚肉が食べられない。料理酒などアルコールが(調味料に使われていても)食べられない。鶏肉や牛肉に関しても、ハラル処理(屠殺)が行われていないと食べられない。旅行中でもお祈りが欠かせない・・・

こういった観光客にとって、もっとも大変なのが「地方」です。

東京には少ないなりにムスリム・フレンドリーなお店もあるし、ハラール認証を受けた食材を売る店も存在しています。

しかし地方に行く時には、彼らは適格な保存食(カロリーメイト的なもの?)を持参せざるを得ず、その土地の名物料理でさえ自由に愉しむことができません。

これでは地方になんて行く気にならないよね。

せっかくの海外旅行で、3食を保存食とか、悲しすぎない?


なのに多くの地方では「ムスリム? うーん、まあ、ムスリムが来るようになったら考えます」というレベル。

既に JALはすべての国際線でハラール認証を取得した機内食を提供 し始めているというのに、

礼拝スペースやハラール食も見つけられない地方空港に、イスラム圏からの直行便を誘致するのは不可能です。


さっきも書いたように、これからムスリムの観光客は何倍にも増えていきます。

なんたってインドネシアの人口は既に 2億を超えており、その 9割近くがムスリム。人口も経済力も右肩上がり。しかも彼らはほんとーに“ジャパン・ラブ”なんです。

中国や韓国からの観光客について政治リスクが顕在化した場合も、日本の観光地側でハラール対応ができていれば、すぐにターゲットを変更することもできます。

しかし用意をしておかないと、イザという時に慌ててもムスリム対応はすぐにはできません。


私も著書の中で(あたしが今 20代なら、アメリカに留学する代わりにインドネシアに留学するよ! などと)なんども触れているとおり、この分野は完全にブルーオーシャンの有望な市場です。

人口が減ってる。活性化しなくちゃ。観光客に来て欲しい・・・そんな地方は今こそ競って、積極的なムスリム対応を進めるべきでは?


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そんじゃーね。


平成28年版 観光白書について(観光庁)
・取材協力 ハラールメディアジャパン株式会社


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