成長戦略って何のこと?

安倍首相はすっかりお忘れのようですが、その昔、彼が「第三の矢」と呼んでいた政策がありました。

その名も「成長戦略」

この言葉、よく使われますが、成長戦略って具体的に何を意味するのでしょう?


「成長戦略? 規制緩和のことでしょ?」くらいのざっくりした理解はあると思うのですが、具体的にどんな規制緩和が必要なのか、今日はそれをまとめてみます。

ちなみに成長戦略の具体的な中身を挙げるということは、反対から見れば、日本の成長(再成長)を阻んでいる要因を挙げるということでもあります。

1)成長分野に人が移動することを促す制度がない 

成長を続けられる国とは、成長可能性の高い分野にお金や人など、貴重なリソースを重点的に配分できる国のことです。

日本も戦後復興期にはそうやって高度経済成長を実現しました。


しかし産業には流行り廃りがあります。

鉄鋼業や繊維業が花形だった時代もあれば、自動車産業など、組み立て製造業が稼ぐ時代もありました。今のようにバイオを含めた製薬業界や、情報通信産業がめちゃくちゃ儲ける時代もあります。

儲かる産業、成長するセクターには、移り変わりがあるんです。


いったん自国の得意分野が確立できるとそこにいつまでも固執し、その産業が衰退期に入った後も貴重な人材と資金をつぎ込み続ける。

そういう国は成長期が長続きせず、衰退産業と共に国や社会も疲弊し、ひいては崩壊に向かっていきます。

一方、成長を続けられる国は、衰退産業からは早めに撤退し、他国に先駆けて次の有望産業に人やお金を移動させます。

アメリカが長期にわたって経済覇権を維持していられるのは、これができているからです。


日本には「成長産業の移り変わりに合わせて、人やお金を移動させていく」ことを促す仕組みがありません。

特に人の移動に関しては、マイナスの(=衰退産業に人材を留め置く)強いインセンティブがかかっています。

このため衰退産業に留め置かれた人は、働き盛りの 40代で給与もピークアウト、その後は繰り返されるリストラや役職定年に怯えて過ごすしかありません。

加えて成長産業では、国際競争に勝つために必要な人材が確保できないままとなります。


国も地方も企業も人も衰退産業にしがみつき、動こうとしない。これが、日本の経済再成長を阻害している最大の要因です。

だから経済学者や外国人投資家は、労働市場改革(特に解雇規制の緩和)が日本の復活に不可欠と指摘しているのです。

2)高度な専門人材を育てる仕組みがない

経済成長には、次の 2種類の人が必要です。
1)高度な専門知識をもつ人材
2)野心とリーダーシップをもつ人材


このうち特に日本に足りないのが、1)の高度な専門知識をもつ人材を育てる仕組みです。

2)も少なく思えるかもしれませんが、実は今、日本で元気のいい会社の大半は、この条件を充たす起業家(創業者)によって経営されています。

また最近は、会社員家庭に生まれた人でも起業を志したり、リーダーシップを発揮して社会問題を解決しようと動きだすケースも多いし、

起業家の中には、日本での成功に甘んじることなく、世界での成功を目指し始める人も増えています。


問題は1)の高度専門人材の育成に関して、国の教育制度がまったく追いついていないことです。

日本では原則として 18歳にならないと大学に入れません。ごく一部の例外をのぞき“飛び級”が認められていないからです。


これは、ものすごい才能の無駄遣いです。

どれだけ優秀な人も、何年も前に理解してしまった超基本的な内容について、5年も 10年も教室に閉じ込められ、じっと聞いているよう強制されます。

まるで「お前の才能と人生の時間をどんどん無駄にしろ!」と国から虐待されているかのようです。


こんなブラック教育は早く止め、才能ある子供にはさっさと高度な専門教育を受けさせるべきです。

ノーベル物理学賞をとったマレー・ゲルマン氏は 19歳で Yale 大学を卒業し、22歳で MITで Ph.D を取得していますが、これが高度専門人材のスタンダード・キャリアです。

ノーベル経済学者であり数学者のジョン・ナッシュも、 20歳で学士と修士を同時取得したあと 22歳でプリンストン大学の Ph.D。マイケル・フリードマンも同じく 22歳で Ph.D 取得。


22歳で Ph.Dを取れば、22歳から自分の研究に没頭できます。一方、日本の研究者(の卵)は、22歳でようやく学部卒業。

20代前半は、もっともよく成長できる伸び盛りの時期であり、このタイミングでのこの環境の差は本当に深刻です。


科学系の研究者だけではありません。ロシア出身のアイザック・アシモフも 16歳でコロンビア大学に入学しているし、公民権運動のリーダーだったキング牧師も 19歳でカレッジを卒業しています。

13歳で初めて所得申告をしたという投資家のバフェット氏も、中学校から飛び級組です。


実は日本人でも海外で育って飛び級し、偉大な業績を挙げている人がいます。

「ABC予想」という超難問の証明論文を発表して世界を驚かせた数学者、望月新一氏は、19歳でアメリカの大学を卒業、23歳で Ph.D を取得しています。

こういう才能を持って生まれる子は、日本にも一定確率で存在します。しかし日本に生まれてしまうと、彼らも 18歳までは“高校生”をやってなくちゃいけない。


こんな才能を無駄にする制度を放置していては、現代の超高度知識社会で競争力を維持するのは不可能です。

これをあらためるのは、そんなに難しい話ではありません。文部科学省が許可し、東大と京大が入学時の年齢制限を外すだけでいいんです。

将棋連盟が 18歳まで加入禁止とか言ってたら、藤井聡太くんはあと 3年もプロになれません。

そういう馬鹿なことをやっているのが日本の教育制度なのです。

3)規制により、有望産業の多くを「成長してはいけない」産業にしてしまっている

日本では、成長可能性の高い有望な事業の多くに規制が存在し、成長できないようキャップ(天井)が設けられています。

たとえば、高齢化の進む日本でもっとも有望な産業といえば、医療産業、介護産業、孤独緩和支援産業、生活支援産業などです。

しかしこれらの産業の大半が「成長しないように」規制されています。


医療も介護も、貯蓄のたっぷりある高齢者が「今の 10倍の金額を払うから、よりよいサービスを受けたい!」と言っても許されません。

全員、同じ額を払い、全員同じサービスを受ける、という原則があるからです。

もしも「ランチ代は全員、600円しか使ってはいけない」とかいう規制があったら、外食産業が成長できるはずがありません。


しかもそんな少ない額では制度がもたないので、業界内の労働者は安くこき使われ、それでも足りないため両産業には、多大な税金が投入されています。

そんな状況でありながら、医療も介護も「国が商品設計もプライシングもやるので、民間は黙ってそれに従ってください。民間の創意工夫でよりよいサービスを開発したり、より高額なサービスを提供するのは禁止です」と言われている。

医療も介護も超有望な成長セクターなのに、「成長してはいけない産業」認定がされているのです。


もしも観光業の規模が今 10億円だとして、10年後に 100億円になると予想されたらどう思いますか? 「すごい成長分野だ!」と注目されますよね?

ところが医療産業が「今 10億円だけど 10年後に 100億円になる」と予想されたら全く反対のことが起こります。

政治家からメディアまで、みーんな寄ってたかって「大変だ! 医療制度が破綻する! いかに医療費の膨脹を押さえるべきか!」と大騒ぎするのです。

・・・

今や医師の過半数が「医療保険制度(国民皆保険)は維持できない。将来、破綻する」と考えているような状況です。

なのに未だに「日本の医療制度はすばらしいので一切、変えるべきではない!」とか言ってる人って、あまりに無責任では?

医者の半分が「もたない」と思ってるんだから、なんらか根本的な変更が必要でしょ?

参考エントリ → 北原先生と対談したよ!


生活支援産業も同じです。高齢者だけでなく、子育て世代にも大きな価値とニーズのある生活支援産業ですが、海外からハウスキーパーを迎え入れることができないため、産業として大きくすることができません。

有望産業が成長しないよう規制する国が経済成長なんてできるはずがない。せめて成長産業の邪魔をしない。そのための規制緩和が必要なのです。

4)競争力の低い経済主体が市場から淘汰される仕組みがない

日本では、競争力の無い=生産性の低い主体を「できるだけ温存しよう」という方向で政治が動きます。

潰れそうな大企業に対しては、常に官民ファンドからの出資が検討され、無駄な延命を図ります。

農協組織の雇用を守るため、全く成り立っていない生産性の低い農家にも補助金が支払われ、(農家を救うフリをしつつ JA の)延命が図られます。

下記のエントリをお読みください。こういう「弱者」を守るための施策こそが、「強い農家」がでてくるのを阻んでいるんです。

参考エントリ → 農政に見る民主主義の罠


後継者のいない零細企業をいかに救うか、みたいな話もよく聞きますが、「後継者がいない」のはなぜ?

事業の内情を一番よく理解している自分の息子が継がない会社を、かつ、「自分の息子には継がせたくないと思えるような事業」を他人に継いでもらおうなんて、

虫が良すぎません??


今、いちばん潰れそうなのは大学です。少子化で 18歳人口が減り、いまや私立大学の 4割は定員割れです。

このまま放っておけば、そういった「市場で選ばれない大学」は淘汰されます。

んが、

そうさせないために大学を無料化し、「タダならあたしも大学に行こうかなー」って人を集めようとしています。

何年も続く定員割れにより、既に入試も有名無実化しているので、大学に入るのに学力もお金も要らない時代にしようってことですが、

そこまでして誰も行きたがらない大学を(しかも税金を投入して)温存する意味がどこにあるのでしょう?


なにより問題なのは、そういった「競争力の無い主体に注ぎ込まれる温存のための税金」は、「競争力の高い主体への戦略的投資」にも使えるお金だということです。

誰も行きたがっていない大学を無料化するお金があるなら、世界先端を目指す大学の研究費を増やすべきでは?


退出すべき企業に必要なのは、延命措置ではなく「退出しやすくなる制度整備」です。 

万年赤字の高齢農家や、定員割れ大学や、息子も継ぐのを拒否するような零細企業がスムーズに市場から退出できるよう、撤退費用を補助し、撤退のルールを整備することこそがいま必要なのです。


★★★


以上、成長戦略とは何なのか、具体的に書いてみました。

でもね。

ここまで書いてきて思ったんですけど、日本人の多くは「そんなことまでして成長をしなくていいよ、ずっと低成長の国でいいし」とか思ってそうですよね。

「国が貧しくなって福祉や行政がどんどん手薄になってもかまわない。オレ様が解雇される可能性が高まるくらいなら、国全体が貧しくなるほうがよっぽどマシだ!」って思ってるんでしょ?


そうね。。。

まっ、それならそれでいいのかも。


国民の総意として、みんなでどんどん貧しくなりましょう!!

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そんじゃーね−


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