久しぶりに本の紹介。
アパレル業界の栄枯盛衰をまとめた本で、かなりおもしろかったです。
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つい先日も三越伊勢丹グループがリストラを発表してましたが、これも主力の婦人服が売れないからです。
報道によれば、48歳から50歳で早期退職に応じると退職金の加算額だけで 5000万円! 「5000万円 払うから辞めて欲しい」と言われるって・・・いったいどんな気持ちなんでしょう。
服が売れないのはデパートだけでなく、ショッピングモールやアウトレットモールなど、複合商業施設も同じです。
当然、大元のアパレルメーカーも悲惨。
オンワードやワールドなど大手日本メーカーに加え、一時期、大旋風を巻き起こした ZARA や H&M といった海外ファストファッションも勢いを失ってる。
いったいアパレル業界に何が起こったのか。
その背景を解説しているのが本書です。
なんだけど、この本を読む最大の意義は「アパレル業界に起こったことって、いろんな産業でまさにコレから起こることだよね」と理解できる点にあります。
金融、教育、自動車、旅行などでは、既に同じことが起こり始めてる。
今後は、医療、財務、法律などの高度なサービス業、さらにはあらゆる製造業で同じことが起こるはず。
そういう視点で読むと、深い示唆に富んでいます。
★★★
詳しくは本を読んでもらうとして、以下は私の個人的な振り返り。
1)服はめちゃくちゃ安くなった
過去 30年、服はホントに安くなった。
バブルの頃はデザイナーズブランドと言って、コムサデモード、BIGI、ヨウジヤマモト( Y's ) みたいな、シャネルほどではないけどかなり高価な洋服が売れていた。
数十万円だして毛皮のコートを買う“若い女性”も少なくなかった。
このトレンドを大きく変えたのは 1998年に“社会現象”とまで言われるほどフリースを売りまくったユニクロです。
それまでのデザイナーズブランドの洋服に比べて
「圧倒的にカジュアル」
「圧倒的に格安」
「圧倒的にコスパがいい」(=品質が高価格服と同じ)
ただし、
「個性的でもおしゃれでもない」
というユニクロ服は熱狂的に支持され、アパレル業界に価格破壊を起こしました。
が、この段階ではまだ、一番おしゃれな「若い女性」は高い服を買ってたんです。
ユニクロに飛びついたのは「たいしておしゃれじゃない人達」であって、業界のメイン顧客じゃなかった。
しかしその次、2000年代に入ったころ女性誌に「プチプラ」という言葉が出てきました。
これは「プチ・プライス」の略で、つまりは「安い」ってことなんだけど、「チープ」と言わない理由は、概念としてネガティブでないから。
プチプラというのは「安いのにかわいい」というポジティブな概念なんです。
こうして服にもっともお金を使う若くておしゃれな女性まで「安くてかわいい服」を「高くてかっこいい服」より好み始めたのが 2番目の変化であり、業界にとってはこれが決定的だったと思います。
服の値段が下がったのには、もちろん不況の影響もありました。所得も上がらないし。
でもね、もともと洋服というのは旬がとても短い商品です。おしゃれな子は、毎年あたらしい服を着たい。
しかも彼女らの多くは若く、可処分所得も低いから、ワンシーズンで元の取れない値段の服は、最初から「圏外」に押しやられる。
それが「プチプラを組み合わせておしゃれする」というトレンドにつながった。
2)着こなし力を身に付けた消費者が、ブランド横串で買うようになった
アパレルだけでなく他の分野も同じなのですが、昔はプロと素人の差が歴然としてました。でも今は「プロかと思うほどおしゃれな素人」がたくさんいる。
これにより起こったのが「同じブランドで服を揃えることで、一貫したテイストのコーディネートを手に入れる」という方法から、
「いろんなブランドでバラバラに必要なものを買い、自分でベストなコーディネートを考える」という買い方の大転換(パラダイムシフト)です。
ブランド服というのは、そのブランドのトップスとボトムスを組み合わせれば“誰でも”おしゃれに見える、というのが売りでした。
今でもおしゃれに自信のない人は、上から下までまとめて買うでしょ。
ところが消費者側に「組み合わせて素敵に着るスキル」が付いてくると、特定のブランドですべてを揃えるより、「いろんなブランドからアイテム毎にベストな商品を選ぶ」ほうが合理的になる。
これにより「ブランド別に売ってる百貨店や路面店」より、「いろんな店を簡単に比べられるショッピングセンター」が人気となり、
次には「白いブラウス」とか「紺のプリーツスカート」みたいな検索が(全ブランド横串にして)調べられるオンラインショップに購買が移ってしまった。
これも大きな変化です。
そういえば昔は家電も「松下のお店」で売られてたけど、今は家電量販店でもネットでも、同じ商品は全メーカーのブランド製品が並べて売られてるでしょ。
当たり前だよね。消費者は「あれこれ比べて買いたい」のです。
3)ネットがすべての動きを加速した
そして・・・ネットが(特にモバイルインターネットの普及が)すべての動きを加速しました。
「白いジャケットを全ブランドから選びたい」を可能にしたのもネットだし、おしゃれな素人女性の着こなしを、全国の人が見られるようになったのもネットのおかげ。
しかもスマホ普及のインパクトが大きい。
もっともおしゃれに敏感な女子高生や女子大生は「まだ働いていない」し、サービス業で働いてる若い女性は「オフィスワークなんてやったこともない」ため、パソコンをあまり使わない。
だからパソコン中心の時代には大きな動きが起こらなかった。
それがスマホ時代になって「アパレル業界の中心顧客である若い女性」がネットにつながったとたん、彼女らはネット上におしゃれな着こなし事例を次々と発信しはじめた。
そして、その着こなしに憧れた女性達が必要なアイテムをオンラインで検索して買い、不要なものをメルカリで売って次の商品を買う資金とし、さらには「レンタルでもシェアでも」利用するようになった。
こうして「おしゃれに敏感な若い女性」という主要顧客がものすごい速さで動いたから、アパレル業界はこの 10年で急激に変わってしまったのです。
★★★
この変化に、既存企業(デパートとアパレル大手)はまったくついていけなかった。
この本からは、「成功体験をもつことの不利さ」「大企業の遅さ」そして「時代の変化が読めないことの怖さ」がビシバシ伝わってくる。
成功体験のある企業は、調子が悪くなった時に「どうやったらあの時の状態に戻れるだろう?」という方向で考えてしまう。「戻る」という発想自体が間違ってるにもかかわらず。
しかも大企業には、あまりにしがらみが多い。
解雇できない社員、すぐに入れ替えるわけにいかない年取った経営層、既に投資をしてしまった自社工場、大量に出店してしまった店舗。それらのすべてが「変わること」の障害になる。
この本を読んで思いました。
私たちは今「大企業であること自体が、大きなディスアドバンテージなのだ」と理解する必要がある。
なぜなら、アパレル業界の未来自体は決して暗くない。単に主要プレーヤー(儲ける企業名)が変わるだけだから。
アメリカでも(もちろん日本でも)、洋服のオンライン販売や中古販売、P2P交換で急成長している企業は多くあり、その一方、高い技術で高付加価値のオリジナル服を作るメーカーもでてきてる。
今までのような「大量製造・大量販売」のビジネスモデルが終わっただけ。
今だって自分の体に合う服を手に入れるのに苦労している人はまだまだ多い。
スカートやズボンの丈が合わない、お尻は合うけどウエストが合わない、袖だけが短か過ぎる・・・
でもね、こういう悩みだって「ボディスキャンで自分の体の 3Dデータ」が手に入るようになれば、ネットで売られてる洋服が合うかどうかもすぐわかるし、
自分のデータを送り、ネット上でオーダーして自分ぴったりの服を作ることも可能になる。
つまりアパレル業界の可能性自体は決して小さくない。でもそれを取り込むには、「今までにない発想」が必要。
なのに既存企業には、それができない。
本書には、時代に取り残され落ちていく企業と共に、消費者のニーズに直接的に向き合い、テクノロジーを最大限に利用して成長する新しい企業がたくさん紹介されています。
だから最初はすんごい絶望的な気持ちになるけど、最後のほうはすごくワクワクできる。
★★★
この本、アパレル業界以外の人こそ読むべきかもしれない。
「価格破壊」「消費者レベルの急激な上昇」「テクノロジーとネットによる変化スピードの急速化」・・・アパレル業界の主役を交代させた 3つの要因は、どこの業界でも起こってるでしょ?
いつの時代も大企業には「安定が好きな人」がこぞって集まります。
でも「変わりたくない人」ばかりが集まる組織であるということ自体が、競争上、ものすごく不利になる。
変化嫌いな優秀な人たちを大量に抱えていることが、勝てる可能性、生き残れる可能性を低くしてしまう。
劇的に市場構造が変わる時、そういった組織がどれほど悲惨な目に遭うか。それがこの本のホントの主題なのでしょう。
お勧めです。
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