イスラエル旅行の記憶

イスラエルのガザ地区撤退。このニュース、パレスチナ問題って、ちきりんにとって最もわかりにくいニュースの一つです。


専門家や本は、だいたい二つのアプローチで説明しています。

1)第一次中東戦争は、第二次中東戦争は、第三次・・・時系列のイベント説明方法。これ苦手です。

どの戦争が、いつで、どことどこが戦争して、原因がなにで、結果がどうか、を覚えるだけで、おなか一杯。まるで試験勉強をしている気になる。本質的なことが全然わかんない。

2)もうひとつの説明方法は、宗教から始まるやつ。聖地とかモーゼとかユダとか・・・これも超わかんない。

ちきりんは未だに「モーゼとは、実在した人なのか?それともお話の中の人なのか?」もわかってない。


お願いだから、誰かもう少しわかりやすく説明してほしいよ。そうしないと私は目の黒いうちにこの問題を理解できない。


実は私は、「ヨルダン川西岸」に行ったことがあります。

旅行中にガイドが「あの川がヨルダン川だよ」というので、「えっ、こっちは東側?西側?」と聞き、反対側が西側(ウエストバンク、正確には西の土手というような意味)だと聞いて車を止めてもらい、川をわたり(すごい川幅が狭いところだった)写真とりました。

ニュースで「ヨルダン川西岸」ってよく出てくるから、記念に。単なるミーハーです。


イスラエルはどんな国だったか? 

普通でしたよ。テルアビブは海の側のきれいな街で、おしゃれな感じ。湘南に似ている。

海岸線沿いの車道にそって歩道があり、そこをつらつら歩きながら、疲れたらそ海の見えるおしゃれなカフェへ。


行く前は「テルアビブ」っていう言葉だけで「こわ〜」とか思ってたんだけど、怖いとは全く感じない街でした。(中東が平和だった時期に行ってます。)

ただしエルサレムはやっぱちょっと怖かったかな。

平和な時期ではあったけど、分割統治とかで、ところどころ通行禁止になってて、「ここから先はパレスチナ側の招待がないと入れない」みたいな。

車で走っていても、パレスチナ側の地域を通行する時は(通行のみならOK)いちいち検問があります。特にパレスチナ側からイスラエル側に入る時は大変。


そしてパレスチナ側に入ると、景色は一変します。

急に家がぼろくなり、子供が裸足になる。アラファト議長の顔があちこちの家の壁に書いてあって、砂埃の中の廃墟に、大勢の子供たちが住んでいる。

ガンのおもちゃをもって戦争ごっこをやっている子も増える。(おもちゃだと信じたいけど)


そしてイスラエルは、パレスチナとの境や他のアラブ国との国境の近くに、「キブツ」という名の「共同農園」を作ってるんですよね。一種の入植地なんですけど。

イスラエルがパレスチナに勝てない唯一の要因は、「人口」なんです。お金も技術も軍事力も全部勝ってるけど、人口がパレスチナの方が多い。(今は、同じくらい。ただしパレスチナの方が増加率が高い)

国盗りって結局は「陣取りゲーム」だから、人口が少なくては勝てない。

それで、世界中にいるユダヤ人に「帰っておいでよ」と呼びかけてる。実際、お国のために、欧米から戻るユダヤ人もいる。

でも、欧米から戻ってくる(多くは、別宅をイスラエルにも持つ、というイメージ)人たちは、欧米で成功しているユダヤ人で金持ちです。

だから彼らは大都市にしか住まない。アラブ諸国との国境とかパレスチナ地区との境には住まない。あたりまえ。


それじゃあイスラエルは困る。だって、テルアビブとエルサレムにしか人が住まないと「イスラエルの領土は、そこだけでいーじゃん!」と言われかねない。

他のエリアには「どこでも住めます、僕たち」というたくましいパレスチナ人が住み着いてしまう。

事実上住まれてしまったら、陣取りゲームで負けになる。困る。とっても困る。


で、イスラエルは考えた。
「ユダヤ人でなくてもいいや。一生住んでくれなくてもいいや。とにかく、国境近くに住む人を探そう」と。

で「キブツ」です。ここは、「誰でも無一文で住める」んです。

たとえば、明日ちきりんが行く。イスラエルに行く。で、キブツで働きたい!というと滞在許可がおりる。

最低限の衣食住はキブツが負担してくれる。毎日労働する。農業です。

給与はほとんどもらえない。その代わり、食事とか石けんとか作業着は支給されるし、食堂にテレビもあるから、そこにいる間の生活費はかからない。そういうシステムです。


世界中から「珍しいモノ好き」な放浪系若者がやってきて、半年いたり一年いたりします。

旧共産国にいた貧しいユダヤ人系の人もここにくれば、飢え死しない。

日本の旅行社も「キブツ体験ツアー2週間〜」とか言うのをやってたりします。

世界中からいろんな人が来てるから、英語研修に利用する人もいるみたい。往復の交通費以外は費用がかからないから。


キブツの周囲は、高〜い鉄条網や壁で囲まれています。

すぐ外に国境があり、いつテロがやってくるかわからないから。

でもキブツの敷地は広いから、中に農園とか運動場とか管理棟とか最低限のお店とか全部あって、その中だけでやっていけるわけです。特定のキブツのワインとかが、時々流行したりもします。


なんで知ってるの??

その旅行の時に、「キブツの中も見たい〜」と言って見せてもらいました。

一人旅。私のためのガイド(ガン持ってます)とドライバー(ガン持ってます・・・)だから、自由自在。

ガン持ってないの、私だけです。なんかあったら、守ってくれるんでしょうね・・・。


キブツってのはつまり「人間が住むことによって作る弾丸の盾」なんです。

「日本人の若者やアメリカ人の若者もいるんだぞ。アラブ側、パレスチナ側のテロリストよ、ここに爆弾打ち込んだりしたら、国際問題だぞ」という狙いです。

そういうキブツを、国境に沿って、幾つも幾つも設置し人を募集する。


たかだか英語の勉強だかのために、あんなとこに半年住むなんて信じがたい。



続きはまた明日。


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