税金の使い道

若手のキャリア官僚が国費で留学し卒業直後に転職することへの批判が高まっています。卒業直後に給与が高い外資系金融機関に転職したり、起業する、もしくは米国で働き始める。そういう人が増えており、「税金の無駄遣いだ!」というわけです。

抑止策として「留学後すぐに辞めた場合、留学にかかった費用を国に返還させる」という趣旨の法律が検討されています。この話、「税金が無駄になるとはどういう意味か」という点で興味深いです。


たとえば次の二つのケースを比べてみましょう。

<ケースA>

国費(税金)で留学したエリート官僚のAくん。留学から戻って配属されたのは、学んだことと全く無関係な部門。仕事は相変わらずのお役所仕事。上司もべたべたの浪花節。学んできた新しい方法を提案しても「アメリカでは巧くいっているかもしれないが、必ずしも日本にあっている制度ではない」などと言われることが多い。たまに英語で電話がかかってきた時に対応するくらいしか、学んだことは使えない。それでもAくんは、留学させてくれた組織に感謝しつつ最後まで粛々と勤め上げる。

<ケースB>

国費(税金)で留学したエリート官僚のBくん。留学から帰ってすぐに、外資系の投資ファンドに転職。年収は3倍になったが、成果がでなければ解雇される可能性もあり、仕事の厳しさも3倍になった。アメリカの投資家が日本の企業に投資するのを手伝い、買収された企業を経営再建する仕事に従事。15年後、経営再建のプロとしてあちこちの日本の中堅企業の立て直しに従事した。
(もしくは大成功パターンとしては)投資ファンドで5年勤めた後、ネットの可能性に賭けて起業。事業は成功し、10年後に東証マザーズに上場。BくんもIPOで資産12億円を達成!


さて、このどちらが「税金の無駄遣い」でしょう?


まず彼等が海外で学んできたことが活用されているか?という視点でみると、Aくんの場合、学んだことは全く無駄になっています。税金を使って留学したのに、効果はゼロで、税金は無駄に使われています。一方Bくんは、学んだことを最大限に活用しています。

国家公務員の生涯給与は(天下りが廃止されれば)非常に低いので、Aくんが生涯に納める税金より、Bくんが生涯に納める税金はかなり多いでしょう。その納税額の差で、留学費用が返還できてしまう場合もあるのではないでしょうか。加えてBくんの成功パターンの方であれば、起業した企業が納める法人税も多額だし、そこで雇われた従業員が払う所得税や消費税なども国の税金となります。千人に一人でも成功すれば、Bくんグループの納税面での国への貢献度は、Aくんグループを圧倒するでしょう。

日本経済への貢献度合いを比べてみましょう。Aくんは官僚としてすばらしい法律や制度を作ってくれるでしょう。日本の財政破綻を防ぐために、消費税を20%にする法律を作ったり、年金の破綻を防ぐため年金支払い年齢を75才に引き上げるという法律を作るかもしれません。

また、国交省で地方の高速道路建設の再開を計画したり、総務省で日本郵政の再国有化に尽力し、総務省で地方分権に反対する仕事をするかもしれません。そのうち立候補して政治家になる可能性もあるし、そうなると将来は大臣もあり得ます。


一方のBくんは、企業再建や経営支援の分野でプロとなり、日本企業のグローバル化推進を支援したり、和製ファンドを立ち上げて複数の企業の再建を支援するかもしれません。

起業で成功した場合には、毎年数百人、10年で数千人の新規雇用を生み出す可能性もあるし、個人としても「世界のビジネスリーダー100人」などに選ばれるかも。そういったリストに一人でも日本人が入っているのを見て誇らしく思う日本人の納税者も存在しますよね。


さて、A君とB君どちらが「税金の無駄遣い」でしょう?


ちきりんは、税金で留学した人は、是非ともその経験や学びを日本という国、そして日本人全体に貢献するために使ってほしいと思っています。たとえば厚生労働省から派遣されて留学した人は、厚生労働省にその恩や義理を返すのではなく“国民への価値提供”という形で報いてほしいということです。

そう考えれば、「自分を留学させてくれた特定の省庁に一生勤務すること」が税金を有効活用する唯一の方法とも思えません。たとえ他の組織で働くことになっても、学んだことが日本のために活かせるなら税金は有効に使えていると思います。

個人が経済的に成功すれば、その人は必ず納税という形で国に貢献します。給与の安い公務員のままでいてくれるより、民間に転職して多額の給与を稼いでくれる方が国への貢献度は高くなります。ましてや天下り先の確保に多額の税金を無駄遣いする必要性もなくなりますしね。

せっかく広い世界を見たり新しいことを学んできた人は、個別の官僚組織への義理立てではなく、より大きな目でそれらを還元してほしいものです。


ところでこういった「派遣留学制度」は、国家公務員だけではなく大企業にも存在しています。公務員の場合と違い資金が税金ではないので余り問題になりませんが、民間企業でも留学後に辞めてしまう社員は少なくありません。

彼らが留学後に辞めてしまう理由のひとつは、企業側が留学生が学んできたことに期待しておらず、留学中の学びが帰国後の業務で活かせないからです。極論すれば霞ヶ関も大企業も、この制度に期待しているのは“新卒採用を有利に進める”ことであって、彼等の学びを経営や組織運営に活かすことは最初から考えていない、と思える場合さえあります。

さすがに今はそんなところはないのでしょうが、ひと昔の銀行などでは「留学帰りはアメリカかぶれしているから、帰国したらまず田舎の支店で働かせてアクをおとさせる」というような辞令を出すこともあったと聞きます。

そんなことでは、留学して帰ってきた若者の多くが気持ち的に腐ってしまいます。「税金の無駄遣い」とは、国費で留学した若手公務員が転職してしまうことではなく、どうせ使う気もない知識や経験を得させるために国費で留学させること自体であったり、せっかくの学びを得て帰ってきた人材を、その能力や学びを活かせるポジションにつかせないことの方なのではないでしょうか。


「なにが税金の無駄遣いなのか」「どうなれば税金は有効に使われていると言えるのか」、国費留学生が辞めなくなったらそれでよし、とするのではなく、もう少し深く考えてみる必要があるのでは?と思いました。


また明日!