カスタマイズ

ちきりんは、ITにもWebにも詳しくはないですが、消費者、ユーザーとしてネットサービスはそれなりに使っています。そんな中、どうしても好きになれない機能があります。それは“カスタマイズ”“パーソナライズ”という機能です。

わかりやすいのは、アマゾンドットコムなどの“よくできたショッピングサイト”ですね。以前の購入履歴を保存していて、「この作品を買った人は、これも買っています」という情報が個別に提示されます。

自分向けにアレンジされていることがわかりにくい場合もあります。なんらかの履歴を元に表示する広告を変えていて、同じサイトなのに、女性には「和食器」の広告が、車好きな男性にはスポーツカーの広告が表示されるなどです。他人が見ている画面はわからないので、カスタマイズされていることに気がつきにくいパターンです。


ちきりんがこういった機能が好きでない理由のひとつは、技術も情報も中途半端で目的が達成できていないからです。アマゾンドットコムによると私は「韓国ドラマが好きな共産党シンパ」というプロファイルらしく、やたらと韓国ドラマのDVDと左系の本を薦めてきます。

こんなことが起るのは、彼等が私が買う本の一部しか把握していないからです。たとえばビジネス書はオフィス近くの書店で買うことが多いし、小説など娯楽系の本はお気に入りの本屋で実物を見ながら買っているのですが、そういう情報はアマゾンドットコムには入りません。

楽天も一回“プリン”をお取り寄せすると、他にも欲しいものがあるはずなのに、全国のプリンやケーキの広告ばかり送ってきます。旅行サイトも一度出張で使うとそのグレードの宿の情報ばかり教えてくれますが、誰でも出張、家族や恋人との旅行など、旅行のタイプや同行者によって違うタイプの宿を使いますよね。それを理解しない広告やメールばかりが届くと、パーソナライズされているはずなのに「なんだか画一的なお勧めばかり」と感じさせる皮肉な結果となっています。

★★★

パーソナライズすることのデメリットをより強く感じるのはニュースサイトです。私が一番よく見るのはグーグルのニューストップページです。全ジャンルのニュース目次をコンサイスに少ない広告量で見せてくれ、読みたいニュースが探しやすいすばらしいサイトと思います。

このグーグルニュースにもカスタマイズ機能がついてます。例えばスポーツニュースは表示させないとか、政治ニュースをより充実させるなど調整できるようです。また、ひとつのニュースを選ぶと画面下部には関連ニュースがリストされますが、今後はそれらの中からどれをクリックしたかという情報を収集・分析し、「その人へのお勧めニュースを重点的に表示すること」も可能になるでしょう。

これを積み重ねていけばサイトはどんどん「ちきりん好み」にファインチューニングされ、やがてはそのページを開くと、知りたいニュースだけが漏れなく表示されるようになっていき・・さらにそのうち「そういう人向けの広告」が表示されるようになるのでしょう。


ですがこの機能が怖いのは、せっかくニュースを読んでいるにもかかわらず視野が狭くなる怖れがあることです。こういうことをしていたら、自分が過去に関心をもった分野についてはどんどん詳しくなるけれど、それ以外のことについて知りうる機会が“積極的に排除”されますよね。

紙の新聞のように一覧性・網羅性があるメディアだと、「自分は関心がないのに、こんなに大きな扱いをされる記事」というのが存在していて、「へえ、世の中は今これに関心があるのね」と気が付くことができます。

ずいぶん昔の話ですが、「毛沢東死去」というニュースが新聞一面の半分くらいを占める巨大な見出し文字で報道されているのを見て、当時子供だったちきりんは驚き、「毛沢東って誰だか知らないけど、すごい人に違いない」と感じました。それによって関心を持ち、中国の近代史を学びたいと思ったわけです。

自分向けにカスタマイズされたニュースサイトだけを見ていたら、そういう学びの機会は得られません。当時もしもそういう機能があれば、自分用のニュースサイトにはテレビ漫画の話や女の子向けファッション情報ばかりが載っていて、毛沢東死去については小さく表示されるだけであったかもしれません。

特に、ユーザー側にインプットする機会が与えられていればまだマシですが、履歴情報などを元に勝手にカスタマイズされ、そのことにユーザーが気が付かないのは怖いです。そうなると“自分の目の前に提示されている世界は、ゆがんだものだ”という意識がなくなるわけですから。

たとえば北東アジアで戦争が起こって隣の家に爆弾が落ちたのに、ちきりんのパソコンのニュースに画面には韓国ドラマ情報しか流れていない。なぜなら「この人は国際情勢や政治には関心がない」と判断されていたから・・・なんて状況はほんとにホラーです。

★★★

というわけで、
(1)プログラムも単純で情報も偏っているため、「パーソナライズされた情報が、より画一的である」という皮肉な事態になっている。
(2)ユーザーの視野を狭くしてしまい、新たな学びの機会を積極的に奪っている。

という二つの理由において、これらの機能があまり好きになれないのです。さらに、個人情報保護が気になる人もいるでしょう。株式を売買しようと楽天証券にアクセスしたら「今日儲けたお金で、先日楽天ショップで迷ったあげくに買わなかった高級牛肉を買いませんか?」みたいな広告がでてきたらぞっとしそうです。


ネットは自分の関心のある分野をとことん深掘りするのに非常に便利なツールです。紙の情報と違って簡単に好みの情報だけを抽出し集めてこれます。そういう便利さや価値はもちろんすばらしいと思います。一方で、画面に映った世界が「自分自身の過去の好みによって生成された偏った世界なのだ」という意識が希薄になると、誤った世界観を持ってしまう可能性があるし視野も狭くなります。各人が“自分向けに提示された世界”を、世の中一般の人の世界だと考えてしまったら、互いのコミュニケーションにも齟齬が生まれるでしょう。


せっかくこれだけの情報が溢れているのですから、「自分の知らないこんな世界があったんだ!」という機会と遭遇できることこそネット世界の醍醐味のはず。というわけで、ちきりんは自分でカスタマイズするかどうか選べる場合はほとんどカスタマイズしません。自分が過去に関心があったことしか、将来も関心がないわけではありません。今まで関心がなかったなにかに気づけることこそ、この情報の海を自在に扱える時代のメリットだと思うからです。


というわけで、また明日!