介護費用“C”

ちきりんが一番好きな“起業家”は、“ジャパネットたかた”の高田社長です。愛嬌があるし、一生懸命っぽく見えるし、ちょっと応援したくなる感じですよね。

このテレビショッピング、最近は専門チャンネルもたくさんあり、大抵が24時間やっていて、一時期ちきりんもよく見ていました。

キャストの方は独特の語り口で皆一様に早口なんだけど、人を引き込むのが上手い。しかもあれってちょっと“中毒性”があるんですよね。洗脳されちゃうってこういうことだな、みたいな。

「注文が殺到していますっ!」とか「黒のMが売り切れましたっ!」とか、煽られているうちにアドレナリンが出てくる・・はまったらちょっと大変そう。

時々、購入者が電話で参加してキャストと会話するのを聞くんだけど、それ聞いていると「あ〜、この人はまってるな。ご主人はご存じなんだろーか」と心配になることもあります。


でも・・・気持ちはわからなくない。こーゆーのにはまる気持ち。

ちきりんが以前これにはまった時、どーゆー状態だったかというと、
・とても暇だった
・大半の間、家にいた
・スカパー!などおもしろいチャネルが家で見られない状態だった
んです。

で、最初は暇つぶしにずっとつけていた。そしたらだんだん「あっ、洗脳されてる!」という感じになりました。ちきりんは何も買ってないのだけど、あれは一度買うと「今日も何かを買わなければ」という感じになるかも、と思えました。


はまる人達の特徴としては、


「はまる人達の特徴」
(1)暇・・・主婦、定年後の一人暮らし、ニート的な立場
(2)大半の時間家にいる
(3)他の趣味がない


あたりでしょうか。そういう人が、たとえば、近くの飲み屋のおねーちゃん、テレビショッピング、訪問販売や対話販売系(着物、宝石、化粧品、健康食品、布団等々)なんかにはまります。

独断と偏見で言い切ってしまえば、これから、こーゆーのに「はまってしまう」お年寄りが今後は急増するんじゃないかな。


年をとる、というのは、自分がなってみないとなかなかわからない。
「俺は暇になったら思う存分、本を読む!」と言っている人は、年をとると小さな文字が見えにくくなるとわかってない。ブログも同じ。パソコンの画面なんて見たくもない、と思う状況(健康状態)が、いつかやってくる。

車に乗れなくなり、足下がおぼつかなくなり、小さな文字を読むには目がつらくなってからの人生が10年とか、人によっては30年あるんです。どーやって毎日をすごすのか?

★★★

悪徳商法、と、それに近いビジネス。必ずしも「悪徳」とは言えないけど、「不要なものを」「かなりの利益率で」「何度も同じ人に」売るビジネス、は、今、すごい勢いで増殖中です。供給があるからではない、需要があるからです。

自分に語りかけてくれる人が、それいう人しかない、という毎日が週7日、月30日、年365日、そして、何年も何年も続く。たまーに息子夫婦や娘が訪ねてくる。年に4回くらい?電話かけてくる?月に1回くらい?・・・それ以外の時間は???

年に900回食事をするとして、何回をひとりで食べるのか?


ご夫婦そろっている方はまだいいと思う。でも、夫婦が同時にあの世に召される可能性は小さい。大半の人は、最後の何十年をパートナーなしで暮らすことになる。子供が一緒に住んでいる、という幸せな(?)人を除けば、基本的に一人で・・・


これらのビジネスは、そういう人の心に響く何かをもっている、と思う。それで癒される部分があるなら、正直言って「適当な額」なら騙されててもいいと思う。自分の資力で払える範囲なら、そういうのにはまるのも(少しくらいカモられるのも)幸せとはいえないか。


ちきりんは、これを“介護費用C”と名付けることにした。

・介護費用A・・・生きるための最低限の費用。医療・介護など
・介護費用B・・・お正月やお盆での、身内の人との愛情にあふれた時間
・介護費用C・・・日常の「人間」との関わり

幸せな老後にはこの3つが要るってことです。

Aは基本的な生活費用や支援。Bは一年に数回だけ帰ってくる孫を連れた息子夫婦。でもAとBだけでは暇すぎる。実際にはCが必要なのだが、誰かが向こうから働きかけてこないと、このCは単居高齢者には手に入らない。

働いている人や学校に行っている人は、これを自然に持っているから、それのない生活が想像できない。そして、そういう状況に陥ったとき、自分に語りかけてくれる人が現れたら・・・どんなに嬉しいだろう。ほっとするだろう。安らぐだろう。たとえその人の意図が、よろしくない何かであったとしても。。。


ちきりんには、地方に住む母親に高価な着物を何枚も何枚も売りつける業者と大げんかしている友人がいる。

ローンを組んで買った着物代は、息子である彼が払っている。年老いた親を個人破産させるわけにはいかない。「これ以上、母に着物を売っても僕は払いませんよ」「こういう商売をして恥ずかしくないのか!」と彼は電話口で業者に怒鳴っている。

わかるよ、気持ちは、わかる。

でも、この業者が、“介護費用C”を担当してくれているのだ。

着物屋さんは、毎日お母さんに電話したり、訪問したり、家まで迎えに来て車で販売会場につれていってくれたりするのだ。それは、誰かが提供しなければならないサービスであり、誰が提供してもそれなりのコストがかかる。

息子が仕事をやめて同じサービスを提供したら、その給与分のコストがかかるということだ。それより安ければいいじゃん、着物・・・


そういうことかな、と思ったりするです。


ではまた明日。