4年連続

農産物が営利目的で大規模に盗まれるっていう事件。最近、結構多い。昔は子供が畑でスイカを盗むとかはあったかもしれないが、「トラック乗り付けて」「何十キロも」盗んで行くってのは、バブル以降、もしくは、ここ10年くらいの話だと思う。

狙われるのは、今回の佐藤錦の他、青森の高級林檎、新潟のお米もやられましたね。魚沼産のこしひかりは盗まれるだけでなく偽物もかなり出回っていた。陸から届くところにある養殖場で高級魚が盗まれたこともあったと思う。そう、狙われるのは全部「プレミアム品」です。

これは、安いモノ盗んでもコストに見合わないからですね。トラックを調達し、人を調達し、リスクとって盗む。しかも、盗難品ってのは売りさばく時に足下を見られます。買う方も暗黙のプレッシャーとして「盗難品でしょ?」って感じだから、普通より安い卸値で売りさばかざるをえない。一流デパートとかはそういうところからは仕入れてくれないし。

なので盗難対象として狙われるのは「グラム当たり単価の高いもの」ばかり。

佐藤錦って、300グラムのパックが小売値で3千円以上だったりします。グラム当たりでは南魚沼産コシヒカリの8倍くらいの値段。ちきりんが佐藤錦食べるのは2〜3年に一回かな、しかも自分では買わないですね。ほんと高級品。庶民の食べ物ではないと思います。


これ、ある意味ではすばらしい話です。農業ってのは「1兆数千億円の産業規模に1兆数千億円の補助金が使われてる」と揶揄される笑える産業です。その中で、生き残りをかけて努力をし、成功するところが出てきた。

「コーベビーフ」は、今やNYでも「フォアグラ」「キャビア」に匹敵する有名な高級食材だし、上海のお金持ちは一個千円以上する青森の林檎を買ってます。食料関係業界の自由化が始まってから、潰れていった農業もあれば、競争力をつけようとしている分野もある。佐藤錦はその「勝ち組」の一つです。

これら「勝ち組食材」は、なんで成功したか?美味しいから高いのでしょうか?必ずしもそれだけではないよね。カズノコも松茸も、味というより、希少性が大事。

まずは「供給を絞る」=「他社に同じものを作られないようにする」こと。これが大事。競合品が多くなるとすぐに値崩れするわけですから。その後はプライシングも含めてブランド管理、マーケティングが大事。

逆説的に言えば、佐藤錦は1パック3千円だから「ありがたい」のであって、もし千円だったら、より甘みの強いアメリカンチェリーに勝てなかったりするわけです。


「需要を制限する」方法はいろいろあります。「南魚沼産」のコシヒカリなんてのは、もっとも賢い方法です。だって、その土地は「そこにしかない」んだもん。

松坂牛も同じ。ちなみに「松坂牛」とは、そういう種類の牛ではなく、「特定地区の牛肉処理所でさばかれた」牛だと思います。だから全く同じ育成をしても、中国では「松坂牛」は作れない。フランスのワインのブドウ畑も同じ。「この畑で作ったブドウから作らないと」「この名称にはできない」というのはすごく巧いよね。

後は“大元”の管理も大事でしょう。食物系の場合は「種か苗」、牛なら精子か卵子ね(←たしか、どっちかが決定的に重要だそうです)。植物系の場合も、掛け合わせ、もしくは、遺伝子を操作し、一年草系なら一代しかもたないように改良できればベスト。

そういうのをちゃんと管理しないと、「中国産藤錦」とかが出てきちゃう。

★★★

ここまでの話は、ちきりんはよい傾向だと思ってます。前にも書きましたが、農業に関しては日本が国際競争力を持てる分野が沢山あると思ってます。にもかかわらず、製造業であればあたりまえのことが行われていないために、補助金漬けの産業になってしまっていると。

シャープが亀山工場に関しては見学も厳しく制限しているように、農産物も種の管理などを厳しくするのはあたりまえ。関係ないけど、世界一の半導体・電子部品メーカーのサムソン電子の敷地内に入るのは、アメリカ入国と同じくらい厳しいセキュリティチェックがあります。プレミアムをつけて売る商品の情報というのは、それくらいコストかけて守るのが常識となりつつある。


ところでニュースでは、さくらんぼが盗まれるのが4年連続だと言っていた。これがちょっと信じられない、と思った。製造業でこんなこと起こったら、会社潰れますよ。4年連続、同じ会社の工場で同じ事故が起こったら?ありえないでしょ。

これって、「トヨタやキャノンがやっているレベルの努力をしているけど」「4年連続、盗まれている」んでしょうか?


農家はぎりぎりの商売。これ以上のコストをかけるのは無理、という意見はありそうですね。でもほんとに?1パック3000円の小売価格になるさくらんぼを作ってる農家に、なんの余裕もないなら、普通の農産品作ってる農家はやってけないよね。

製造業のコスト削減努力だって、“異常”と思えるレベルです。去年「一割削減」したのに今年はまた「2割減」とかやってます。世界で戦う製造業の現場では、「どんな無茶にみえる」指示に対してでも、「そんなの無理です」という回答は、そうそう簡単には許されない。

農業って「無理です」がちょっと簡単に通りすぎる産業だよね、と思うわけです。「泥棒にやられないよう畑を見張るのは無理です」「人件費が10分のイチの中国に勝つのは無理です」って感じで。


ちきりんは、南魚沼産コシヒカリもコーベビーフも佐藤錦も、もう「農産物」ではないと思ってます。これらは「ブランド商品」なんですよね。だから「農業」としてではなく「ブランドもの」としてのビジネスのやり方が必要だと思います。関係者がそういう意識をもって管理しているのかしら?というのが、このニュースを見ての感想でした。それで4年連続盗まれている?なら、やっぱり「なんかおかしいでしょ?」と思います。


それと、この問題にはもう一歩先の話がある。それは、「儲けている人と、被害を被る人が違うんじゃないか」ということです。佐藤錦を作っている農家は、普通のさくらんぼを作っている農家よりは、卸値(収入)が高いでしょう。しかしその差は、小売価格の差とは、全く違うレベルなんじゃないだろうか。

そう、佐藤錦の「プレミアム価格分」が誰に配分されているか?という話です。それは本当に「さくらんぼう農家」に分配されてるんでしょうか?もしもそうであるなら、やっぱり「盗難防止」にきちんとした策を練る(コストをかける)のはその農家の責任です。

しかし、もしも「佐藤錦プレミアム」を他に享受している人たちがいるなら(農協とか、種の管理会社とか)、本当はこれらのブランド管理に手間隙と投資をすべき人たちはその人たちだ、とも言える。

盗まれて被害を受けるのは農家ですが、これらが盗まれるのはそれが(単なる農産物ではなく)ブランド商品だから」なのです。では、「ブランド商品だから」こそ儲かっているプレミアム利益を得ているのはいったい誰なのか?

その人(プレミアム利益を得ている人)の懐が“盗難”で痛まない仕組みになっているのでは?

だから誰も対策が打てず、「4年連続盗まれました」みたいなとぼけた話になっているのでは?と思ったりする。


一番悪いのはもちろん泥棒です。でもその他に「やるべきことをやっていない」「責められるべき」人も存在してるはず、と思います。



農業について書いた、昔のエントリは下記。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20050309


ではまた明日