欲望を取り戻せ!

スーパーの食料品売り場で調味料を選ぼうとしたところ、あまりに商品数が多くて驚きました。皆さんも一度意識して、スーパーの棚を眺めてみてください。「こんなに沢山のものがほんとに必要?」と思うほどの種類が並んでいます。

ひとり一人にはこんな多種類の商品は不要です。でも消費者はみなそれぞれの好みを持っています。それに合わせて開発を続けた結果がこうです。昔は家族全員で同じシャンプーを使っていたけれど、今は家族が3人いれば3種類のシャンプーがお風呂場に並びます。食べ物の場合は、更にひとり一人が場面に合わせて複数の商品を選択するので、とめどなく種類が増えるのです。

けれど、本当にこんなに沢山のものが必要なのでしょうか?


世の中には、その商品やサービスの出現によって、「人のライフスタイルや人生の選択を変えるもの」と「人の精神的な満足度をあげるもの」の2種類があります。

前者の代表的なものは、車や新幹線、飛行機などです。これにより、地方に生まれても東京で成功する人や、インドで生まれてもシリコンバレーで成功する人がでてきました。冷蔵庫や洗濯機、炊飯器などの家電により既婚の女性が働けるようになり、冷凍技術のおかげで、生ものや野菜が生産地と異なる場所で味わえるようになりました。インターネットも世界を大きく変えようとしています。

一方、今や売られている食べ物の大半は、ライフスタイルや社会的慣習を変えるわけではなく「より自分の好みに近い商品」として提供されています。食べ物以外でも、新しい風合いの生地や自然界には存在しなかった花まで、個人の趣味嗜好に合わせようと“商品開発”される時代です。

もちろん、最初に物理的な欲求が充たされ、次に人々が精神的な満足度を求めるのはごく自然なことです。ただ精神的な満足の充足には、圧倒的に多様な商品が必要になります。重いものはほぼ全員が重いと感じますが、何を美味しいと感じるかは人によって違いますよね。心は体より非画一的です。だから心の満足を求めると、商品はとめどなく増えてしまうのです。

★★★

そんな“溢れるモノ”に流されまいとする人の中には、欲望=悪と捉える人もでてきます。「贅沢は人を堕落させる」と考えたり、都会から田舎に引っ越して自給自足の生活を志向する人もいます。

でも、ちきりんは欲望自体は悪いことだとは思っていません。より楽しいモノ、より便利なモノ、より美味しいモノ、よりワクワクするモノを手に入れたい!と思うのは、経済にも豊かな生活にも、個人の人生にも大事なことだと思っています。


けれど最近は時々、「自分はニセモノの欲望を押しつけられているのではないか」と感じるのです。供給側企業はよく「隠れたニーズを掘り起こす」という言い方をしますが、実際には潜在的な欲望が発掘されているのではなく、たいして欲しくも無かったモノを、欲しい!と思わされているのではないでしょうか。

手に入れた時とても嬉しかった商品を後から眺めてみても、時に「これがそんなに欲しかったのだっけ?」と思えることがあります。マーケティングや広告、もしくは「売れている」「皆が熱狂している」という話に惑わされて、むやみに手に入れたくなったものが、本当に自分が欲しかったものなのか、わからなくなるのです。


欲望とは「何かを心から欲しくなる気持ち」のことです。ところが、ものすごく何かを欲しいと十分に感じる前に、多すぎる選択肢が目の前に提示されてしまい、しかも手に入ってしまう。

供給側(ビジネス側)が先回りして「私たちが欲しそうなもの」を提示し、ご丁寧にクレジットカードだのキャッシングだのまで用意してくれるので、「欲しい!」という強い気持ちを持たずとも簡単に手に入ってしまいます。

でも、欲望とは「モノ」のことではなく「欲しいと思う感情」のことです。私たちは、モノは簡単に手に入れるかわりに、欲望を取り上げられてしまっているとは言えないでしょうか?


最近ちきりんは、「外から押しつけられる過剰な欲望を排除して、自分のピュアな欲望を取り返したい」と思うようになりました。これは「過剰な欲望を抑えたい」という話ではありません。そうではなく「自分のオリジナルな欲望」と「作られて付着させられている偽物の欲望」とを峻別したいのです。

そうしないと、自分のオリジナルな欲望がかき消されてしまう、このままでは溢れるモノに囲まれて暮らしながらも満足できない生活になってしまう、という危機感がでてきたからです。

自分が本当にほしいもの、心から嬉しいこと、どうしても手にいれたいものをピュアに感じたいし、手に入れて心から満足したい。

でもそれは、棚に大量に並べられて「どれにしようかな」的に見つかるモノでは決してないし、次々とクリックして買い物かごに入れていけば手に入るものではないように思えるのです。

きっと、多くの人が同じように感じてるんじゃないでしょうか?


ねえ