マーケットを信じてる

神戸の滝川高校の生徒が、いじめを苦にして学校で飛び降り自殺しました。学校はずっと“いじめはなかった”と言っていたけれど、ここにきて同級生が恐喝未遂等で警察に逮捕とのこと。

この事件でちきりんが注目しているのがネットの動き。web2.0というものを、今までは概念的にしか理解してなかったけれど、今回は実際にその効用を見られて非常に興味深いです。

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現時点において、新聞やテレビなどの既存マスメディアは、高校名も被害者、加害者名もすべて伏せ、「神戸須磨区の私立高校」と報道しています。

一方ネットメディアにおいては高校名は秘密でもなんでもなく、どこにでも表記されています。それどころかネットでは、まだ逮捕されていない生徒も含め、容疑者生徒の氏名、経歴、住所、人によっては写真も開示されています。

真偽のほどが不明なので内容は書きませんが、主犯格の生徒については、名前はもちろん、彼が所属するクラブ、推薦入学が決まっている関西の有名私立大学名、写真、この学生が両親と暮らすマンション名、そのグーグル地図、彼女の名前、彼女の大学名やバイト先名とその地図、まで公開されてました。

彼女まで公開されてるかといる理由は、脅し取った金で主犯生徒と一緒に豪遊していたから、ということらしいです。

この事件、最初に生徒一人が逮捕され、その子の供述によって一昨日に新たに2名が逮捕されました。そして、さらに逮捕可能性のある生徒がいます。ネットでは、どの人が今逮捕されていて、どの人がまだ逮捕されてないかリアルタイムでわかるようになっており、逮捕情報が既存マスメディアで流れるとネットでも情報が更新されます。


従来は巨大掲示板で、滞留せずに流されていたこういう情報が、今は“まとめサイト”の登場により圧倒的に簡単に、しかもわかりやすい形で一般の人の目に触れるようになっています。

まとめサイトは、誰でも更新できるので、基本的には“編集責任のない”サイトとして存在しています。(もちろん警察権限をもってすれば誰が何を更新したかは特定できるでしょう。)他の分野でもかなりの人気で、実際いいアイデアだと思います。

たとえば主犯の生徒の写真は、元々はその生徒が所属していたスポーツクラブのHPに掲載されていたものですが、そのスポーツクラブはかなり早期にこの生徒のページを削除しました。ところが削除前にこの画像を保存していた人がいて、その画像がまとめサイトには掲載されているのです。

スポーツクラブ側も、主犯の子はまだ逮捕されていないのに早々とこの子のページを削除したわけですから、現地では「誰が逮捕される可能性があるか」について、関係者はよく理解している、ということでしょう。


また、滝川高校は学校のサイトに関して、トップページだけを隠す、という子供じみたことをやっています。(トップページにアクセスすると、「アクセスが集中していて表示できない」というメッセージが表示されます。)ところが、トップページ以外のページは全部(直接URLを指定すれば)全く問題なく見られます。それを見つけた人がまとめサイトにURLを全部貼り付けているのです。

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さて、ちきりんがおもしろいと思った点は、このまとめサイトの独自の倫理観、です。ここには主犯格はじめ容疑者側の情報は執拗に、そして、やりすぎな程に開示されてます。実際ちきりんも“住所はないんじゃないの?”と思います。

また、主犯格の生徒の彼女の情報もいかがなものかと思います。チリのアニータさんみたいなもんですが、(脅し取った金だと知っていたなら)倫理観は問題ですが、犯罪とまでは言えないでしょう。少なくとも実名をだされるようなことをしているとは思えません。


また、滝川高校の校長、担任教師も実名とその時々の発言がまとめサイトに開示されています。マスコミはこれらの教師の名前を開示していませんが、ちきりんは、これは開示して当然だと思います。校長は最初「(被害者の)○○クンは心が弱かった」みたいな話を学生集会でしています。こんな人を教育者と呼ぶなんてありえません。被害者が自分の子供だったら、どんな気持ちがするか、親の気持ちを考えたことがあるんでしょうか?


が、最も注目に値するのは、このサイトに被害者の情報が一切ないことです。その名前も、住所も、写真ももちろんありません。

明らかに、それを守ろうという意思があるんです。



誰に?

皆に、です。

なぜならこのサイトは、誰にでも更新できるんです。ところが誰も、被害者についての情報を書かないのです。当然だけど、これはすごいと思いました。

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倫理感というより、仲間感かもしれないとも思います。ネット上で長時間暮らしている人達の多くは、容疑者側の生徒(スポーツ推薦で一流私大への推薦入学が決まり、おしゃれな彼女がいて、親と超高級マンションに住んでいる)より、いじめられて自殺した側の生徒(仲間に金を絞られ日雇いのアルバイトまでして金を貢ぎ、先生に声を掛けられても何もいえず、学校から飛び降りてしまう)の方にシンパシーを感じる人達なのでしょう。

でも、こういう“独自の情報規制”が、マスコミのように“申し合わせて、明示的に報道ルールを決めている業界”よりも妥当性が高いルールを決めていたりすると、これはなかなかおもしろいよね、と思います。

たとえば高校名の報道。最初に書いたように、新聞もテレビもこの高校の名前を一切報道しません。これは誰を守ってるんでしょう?被害者を守ってる???加害者の生徒を守ってますか?

ちきりんが思うに、一番守られてるのはこの高校です。これからまさに中学、高校受験の季節であり、大学受験の季節です。高校名が発表されたら、京阪神の親御さん方はこの高校に(こういう校長や教師がいる学校に)自分の息子を入れたいと思うでしょうか。

大学側の入試担当者も同じです。この高校からの推薦応募者は、当然ちゃんと調べたいですよね。合格させた後に逮捕されると自分の大学の名前も報道されちゃうわけですから。

基本的に少子化で学校はどこも大変なのに、高校名がどどどんとマスメディアに全国報道されちゃうと、潰れても可笑しくない状況になってしまいます。滝川高校はそこそこ伝統ある私立進学校なんですけどね。

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まとめると、一般マスコミは、高校名、被害者名、加害者名など全部伏せています。逮捕された子の名前も19才なので報道しません。これは彼らが決めた業界ルールです。

一般のネットは、被害者名、被害者のプライバシーに関すること以外はすべて公開です。こっちは自然形成されたルールです。


一般マスコミは、いじめの事実を隠匿しようという行動に走った教師の情報もあまり報道しません。この点もネットとは大きく姿勢が違います。いじめの隠匿は犯罪ではない、ということです。刑法上、なんの罪もないんです。だから報道できない。

一方、ネット側は刑法上の問題を問うているのではないです。「こいつら許せるか?」という基準です。


ちきりんは、マスコミのルールがおかしいとは思いません。19才と20才は大きな差ではないのですが、今回は殺人ではなく自殺です。追い込んだ、かもしれないけれど、殺したと言えるかどうかは微妙です。だから新聞やテレビが加害者の名前を報道しないことは、わからなくはないです。

が、ネットは明らかに「ルールはどうあるべきか」「何を目的としたルールなのか」ということを世に問い始めています。対案を出し始めている、と思うのです。

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まとめサイトには「今やるべきこと」というセクションがあり、「脅迫、暴行等の証拠を集めろ」という指示がでています。証拠を集めれば逮捕、起訴、実刑判決に持ち込める、と。

また、主犯の生徒が推薦入学が決まっている大学名が公開されている理由は、「たとえ逮捕を免れても、お前がぬくぬくと大学生活を送ることは許さない」という意思と言えるでしょう。

もちろん容疑者宅の自宅住所を公開することにより、伝統的なアクション(その自宅への嫌がらせ行為)を指示はしないまでも助長している部分はあります。

なんだけど、「今やるべきこと」もそれなりに進化を遂げている、と思います。


この前の麻生さんの応援に集まった人もそうなんだけど、ネットの中から現実世界への呼びかけが始まり、かつ、その行動に、一定の進化がある、と思うんです。

ちきりんが、マーケットメカニズムを信じているのは、こういうことなのです。烏合の衆が一番エライ。利己的で、即物的で、単純でなんにでもすぐ影響を受けまくる、アホな民が、集団としては一番エライ。と思わせてくれた事件でありました。


んじゃね。