貧困とは?

貧困問題を考える時の第一歩は、“貧困の定義”です。

どういう状態を貧困と呼ぶか合意できないと、現状の貧困レベルを測ることも、必要な対策をとることもできません。

貧困の定義を考える時には、2×2の整理が必要です。

最初に、相対的貧困と絶対的貧困のどちらで考えるかという選択。次に、母集団をグローバルに考えるか、日本で考えるか、という選択ですね。


たとえば「グローバルな絶対的貧困の基準」の場合、「まともな家も洋服もなく、その日の食べ物に困っている状態」とか「一日1ドル以下で生きている人」等と定義されます。

「グローバルにみた相対的貧困」だと、「世界の真ん中の経済状況の人の、半分以下の収入で暮らす人」となります。

いずれの基準でも、日本人で貧困に該当する人は非常に少なくなります。

「アフリカでは多くの子供が餓死しているのに、高校に進学できないくらいで甘えるな!」という意見は、貧困の定義としてグローバル基準を採用した場合にでてくる言葉なわけですね。


反対に、「世界に貧しい人が多いとか、日本の貧困問題には関係ない。日本人である限り、日本という国の豊かさを平等に享受できて当然」と考えれば、基準はローカルで考えるべきという話になります。

日本の憲法では第二十五条に、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれてるので、この“最低限度の生活”を、日本における最低限度の生活と理解するってことですね。

で、次に「相対的貧困」と「絶対的貧困」のいずれを問題視すべきか、という点についてはどうでしょう。

相対的貧困は「日本人のうち真ん中の所得の人の半分以下の所得で暮らす人」という定義で、これだと日本の貧困層は 15%程度と言われています。

貧困率 15%というとずいぶん高いように思えますし、実際に国際比較でもアメリカに次いで高い率となっています。

しかし、相対的貧困率は年功序列賃金の影響を受けるなど、数字としての意味合いに疑義も挟まれています。*1

また、相対的に貧困でも、生活にはなんの問題もない場合もあります。

たとえば月 10万円の年金収入で暮らす高齢者は、退職金を含め何千万円の貯金やローンの終わった一戸建てをもっていても、年収 120万円なので、相対的貧困層です。

このように相対的貧困率はそのまま鵜呑みにしていいのかどうか、ちょっと難しい数字です。

というわけで、ちきりんは「日本に貧困問題は存在するのか。それはどの程度深刻なのか?」ということを考えるためには、

「日本という国における、絶対的貧困レベルとはどういうものなのか?」を定義する(考える)必要があると思っています。

★★★

ところがコレ、簡単なことではありません。

以前、生活保護の母子加算廃止に反対する母子家庭の母親達が「子供の習字レッスンをやめざるを得ない」と記者会見で発言し、ネットで批判をあびました。

その母親らの一部が茶髪だったことも反発をよんだようです。「俺たちの税金で髪を染めてるのか?」と。

この話は“貧困の定義”についての意識の違いを表しています。

ある人達は日本における貧困について「最低限の衣食住が手に入らないレベル」であると思っており、義務教育以外の習い事や髪を染めるコストは“最低限の生活には関係のない贅沢な費用”だと考えてるわけです。

これは昔からある議論で、生活保護の申請をする時に持ち家はもちろん、どんなにおんぼろでも自家用車があってはいけないと言われました。

また生活保護を受けている人が、酒やタバコを楽しむことにも一部に批判があります。こういった意見によれば、嗜好品に回すお金の余裕がちょっとでもあればそれは貧困とは言えない、ということなのでしょう。

しかしながら今の日本において“生きていくのに最低限必要なカロリー”だけが摂取できてれれば貧困とは呼ばない、と本当に定義すべきでしょうか? 


この問題が難しいのは、貧困の定義がそのまま「税金で助ける必要がある人達」と理解される、という点にあります。

彼らを助けるための税金を払っている人達も、かならずしも余裕のある生活をしているわけではなく、自分自身、嗜好品や子供の習い事を諦めたりしています。

そういう人達にとって、自分の払った税金が他人の酒やタバコに使われるのは納得がいかないというのも、心情的にはよく理解できます。


数は少ないですが、本当の意味で(=摂取カロリーが足りなくて)餓死する人は日本にもいます。(たとえばこういう事例です→http://sekakata.exblog.jp/6684335/)こういう状態を「絶対的貧困」と呼ぶことには議論の余地はないでしょう。 

しかし「生きていくのに最低限必要な摂取カロリーだけが入手できれば貧困ではない。テレビがなくても死なない。洗濯機がなくても手で洗えばいい。1週間くらい風呂に入らなくても病気にはならない」と言われて、「その通り!」と賛同できる人も多くはないと思います。

というわけで、次は「日本における貧困状態とはどんな状態のことなのか。すべての人に保障されるべき最低限の生活とはどんなものなのか?」について考えていきたいと思います。


んじゃ!


続きはこちらです)→ http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080222

*1:各国の相対的貧困率:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4654.html