足りてるの?足りてないの?

最近、“救急患者があちこちの病院で受け入れを拒否され・・”というニュースをよく聞きます。原因のひとつとして“医者不足”が挙げられるのですが、本当に医者の数が不足しているのか、どうもよくわかりません。

それが根本的な原因だというなら解決方法は明確で、“大学の医学部定員を増やす”という以外に方法はありません。そして、医学部の新設は難しいでしょうが、定員を少し増やすくらいは可能なはずです。

ところが「医学部の定員を○割増やすべきだ」という主張は、メディアでも国会議論でも、また医者の業界団体の主張としても、ほとんど聞くことはありません。医者を増やすと医療費が増えると怖れる厚生労働省がこの話を無視しがちなのは理解できるのですが、他の専門家もこのシンプルな解決方法を積極的に主張するわけではないところに、この問題の複雑さが垣間見えます。

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二番目によく聞くのは、「医者の絶対数は不足していないが、偏在が問題である」という意見です。ところがこれもはっきりしない話です。

たとえば“過疎地の医者不足”という話はよく聞きますが、よく報じられる“救急受け入れ拒否”の多くは東京や大阪など大都市の事例です。偏在とは「ある所では余っているのに、別の場所では足りない」という意味ですよね。過疎地でも東京でも医者が足りないとすると、いったいどこで医者は余っているのでしょう?


診療科別で医者不足がよく喧伝されるのは産婦人科や小児科ですが、一方どこかの診療科で医者が余っているという話を聞いたことがあるでしょうか?外科も内科も麻酔科も、医者が余っているとは聞きません。

感覚的に「競争が激しそう=供給側が多そう」と感じるのは、コンタクトレンズ店併設の眼科と、美容整形外科ぐらいですが、偏在が本当なら、解決には“分野ごとの適正人数と現状の人数、その格差”が記された一覧表が必要なはずです。しかし、そういう基礎的な情報さえなかなか手に入りません。

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また単純な“不足”“偏在”問題だけでなく、、様々な社会や生活スタイルの急激な変化がこの問題の背景にあるようにも思えます。

まず需要サイド(患者側)において、夜の活動レベルの増加が考えられます。昔に比べ、今は夜でも車の交通量も多く、働いている人も遊んでいる人も増えています。夜の救急患者数は相当伸びているでしょう。

また、核家族が増え子供の数が減ると、ちょっとした異変でもお母さんは赤ちゃんを病院に連れていく以外ありません。医者に会うまで「医者に行く必要があったかどうか」判定できないからです。

昔は多くの女性が20代前半で第一子を生んでいたのに、今や30代前半の初産は普通になっています。助産師さんや単科の産婦人科ではなく、脳外科などを併設した大病院でないと対応できないお産も増えているでしょう。このように、医療ニーズ自体が大きく変化していると思われます。


一方の供給サイド(医者側)にも多くの変化がありました。昔は医局の教授が若手の医者を“適切に配属”することによって、それなりに大変な職場にも医者が配置されていたかもしれませんが、今や医者向けの転職サイトまで存在する時代です。

個々人の医者も、自分なりのキャリア形成やワークライフバランス、住みたい地域などを検討しながら働く場所を選ぶようになるでしょう。そうなれば当然、人気のある場所と人気のない場所が生じます。

また、ある医者の方が「女性が医学部に増えたのが医者不足の原因」と発言されていましたが、たしかに家事や育児を担当することの多い女性は、男性の医者ほどの労働時間はとても働けないでしょう。特に、一部の勤務医の労働時間は尋常ではないと言われており、他の産業同様“滅私奉公”的な働き方を要求する職場は、女性でなくても敬遠されがちになるのは当然です。また、夜の患者が増えても真夜中に働きたい医者が同じペースで増えるわけでもありません。

このように、需要サイドから見ても供給サイドから見てもここ数十年で大きな変化が起っているのに、制度設計自体がそれについていけていないのではないかと思われます。


また、勤務医vs.開業医という構図についても、ポルシェを3台持っている、というようなお金持ちの開業医の話も聞くと同時に、設備投資費用を回収するレベルの収入が維持できず、経済的に行き詰まる病院も多いとも聞きます。

いったい医者は足りているのかいないのか、偏在しているのかいないのか、報酬が十分なのかそうでないのか、日本の医療は崩壊しつつあるのか、海外の富裕層に売れるほど高品質なのか。この業界全体で何が起っていて、どんな問題を解決しないと状況が改善されないのか、本当に見えにくいです。

医療は誰もが関心のあるテーマだし、日本は先進国の中でもすばらしい医療制度をもっている国です。制度疲労を起こしているのは確かでしょうが、もう少し問題が整理され、一般の人にも広く正しい問題意識が共有されるとよいのにと思います。

日本企業の国際化や競争力の話であれば、ネット上でも多くの人が参加して議論をしています。医療制度問題の不幸のひとつは、おそらく医療関係者のコミュニティ内だけで議論が行われ、広く現状認識と議論が拡がらないこと。議論になるのは何か大きな問題が起った時だけで、その時にはマスメディアの単純化された極端な報道だけになってしまっていることではないでしょうか。

過重労働に苦しむ医者の方や、受け入れを拒否されて彷徨う患者さんの問題が放置され続けるのは悲しいことです。問題を解決し、これからも自信を持って世界の人に誇れる医療体制であってほしいものです。

そんじゃーね。