男と女

少し前に求刑が行われ、再度世間の耳目を集めている例の事件は、ミーハーちきりんの超のつくお気に入り。そう、「セレブ妻が外資系エリートの夫を殺害、ばらばらに切断して・・・」という事件ね。“セレブ妻”も“外資系エリート”も“どこが?”ってのはさておき、事件の中身の方は非常に興味深い。


何がおもしろいって、双方離婚したがっていたのに離婚が成立せず、殺人に至っているってことです。なんでさっさと離婚しないのさ???ってのがわかりにくい。

たとえば妻はずうっと別れたがっていたけど夫が別れてくれないとか、その逆とか、んで耐えられなくて・・・ならわかるけど、このケースはどちらも別れたくて、しかも別れることになんの障害もなく見える・・・そんなん(殺さなくても)別れりゃいーじゃん!?である。

しかも片一方が怒りに震えて惨殺をするくらいもう一方のことを憎んでいたのに、やられた方はそれに気がついていなかった、少なくともそういう危機感をもっていなかった、ということです。

自分を殺したいと思うほど憎んでいる人と一緒に住むって、それだけで結構怖い気がする。安心して寝られる?本当に危機感があれば、別の家(愛人の家とか)で暮らしていたと思う。あの家に帰る必要はない。若い男性一人だよ、どこででも寝られます、実際。でも彼はあの家に住んでいた。彼女の異常な性格か、もしくは、そこまで高まった異常な怒りに、気がついていなかった、ということだ。

これも「なかなか気がつかないものなのだ」ということなのか。ちょっと不思議な気がします。

★★★

歌織被告は裁判でも一切反省してないと言われている。夫に対して「一切謝ってない」らしい。「正しいことをした」という姿勢なんだって。


そこまで憎むって、どーよ?


と思うよね。火曜サスペンス、土曜ワイドとかだと、「昔の恨みを20年も持ち続け復讐する」というストーリーがよくあります。この「自分の人生を無駄にしてでも、誰かに復讐する」というのは、相当の恨みがないとできないと思う。普通なら、さっさと離婚して気分悪いことは忘れて、新しい生活を楽しもう!と思うだろう。でも今回のケースでは歌織氏は、「たとえこれから数十年塀の中で暮らすことになったとしても」「殺してよかった」と思っているように感じます。

ここまでの恨みが「どーやって形成されるのか」というのが、すごい興味深い。世の中の大半の人は、そこまで誰かを憎むことはおそらく一生ないと思います。


歌織氏は以前、夫に殴られ鼻の骨を折られている。正面から男性に本気で顔面を殴られれば、そうなるのかもしれない。こんなことされて別居も離婚もしないこと自体、ちきりん的にはびっくりだが、実際にはこういう家庭はそこそこある。家庭内暴力を受けている女性の多くが、何度もその被害を受けている事実がそのことを物語る。一回鼻の骨を折られて離婚するなら、次の被害は受けなくてすむ。実際にはそうではない。

「殴られても殴られても、この人はあたいがいないとだめなんや」の世界なのか、「経済的理由」なのか「子供のため」かわからないが、まあ、そういう家は結構あるらしい。

しかし歌織氏の場合、子供のためではないし、経済的な理由も今ひとつ考えにくい。彼女は結婚直前まで住んでいたアパートの家賃をすべて愛人に負担してもらっていた。今回だって、誰かしら、その人の家に転がり込ませてくれる男性を見つけることはできたと思う。本気で探せばね。

なんでそーしていない?

なんで一緒に住み続ける??

殺したいほど憎い人と??

★★★

さて、ここからはちきりんのミーハー仮説。「単に別れりゃいーじゃん状況」が、なぜに「悲劇の惨殺になってしまったか」という“理由”に関する仮説。


「夫が、お金を惜しんだ」
最初はこれだと思った。

ふたりは歌織氏が鼻の骨を折った後、「公正証書」を作っている。今後、彼が彼女に暴力をふるったり浮気をしたりしたら300万円払うという内容で。そもそもこんな公正証書を作る時点で夫婦関係が成り立っているという感じはしないんで、そんなもん作るより別れろよ、と思うよね。かなり滑稽な夫婦ではある。

が、とにかくまずはこのために夫の方は「自分に好きな人ができたから別れたい」という言い方では離婚できなかった、のだと思う。300万円が惜しいか、用意できない、という理由で。(実際にはこれも用意できたと思うよね〜。惜しかっただけでしょう。)

反対に歌織氏側は「その証拠を必死で確保しようとしていた」わけです。電話の記録とか調べて証拠を集めていた。ただし彼女は殺人に走るわけだから、彼女にとってはお金は優先順位は高くない。しかし彼の方にとっては、お金が結構重要だった。

「300万円払ってでも離婚する」ではなく「300万円払わずに離婚する」ことを目的とするから、相手から離婚したいと言わせる必要があった。自分からは言えなくなった。関係が破綻していながら(殺される前に)離婚が成立しなかったひとつの理由はこれだと思う。片方が「離婚したい」と言えない状況だった、ということ。


一方、歌織被告の側からみると「夫が幸せになるのが許せなかった」ってことなのかな、と思う。離婚したら、夫には仕事があり、次の妻があり、それなりに幸せな生活が見えている。(自分だって離婚したら今より幸せになれる可能性は十分にあったと思うけど、それとは全く関係なく)相手が幸せになることが許せなかった、わけですよね、きっと。

したがって、彼を幸せにする可能性のある離婚を、彼女は望んでいなかった。彼女の望みは「相手が“自分と同様に”“できれば自分以上に”不幸になること」だった。


そう、ここで明確になったわけ。ちきりんは最初に「殺人犯と屍になるよりは、さっさと離婚すればいいじゃない?」と書いた。だけど、実際には夫も「離婚したい」とは言わず、妻も「夫が幸せになる可能性があるという理由で、離婚を望んでいなかった。」

ふたりとも離婚を望んでないのだから、離婚なんて成立しえない。当たり前っちゃ当たり前だ。しかし皮肉でかつおもしろい。


二人ともお互いを愛してもないし、一緒に生きていきたいとも思っていない。
しかし「ふたりとも離婚を望んでいない。」


おもしろいよねえ


とも言えるし、「そんな家庭はごまんと存在する」とも言えるか。

★★★

さて、その一歩前に踏み込んで考えてみましょう。

歌織氏は、なんで鼻の骨を折られる暴力をふるわれても結婚生活を続けることを選んだか。わけのわかんない公正証書まで作って、婚姻関係を続けようとしたか。

これが一番のポイントだと思う。そもそも封建時代の抑圧された時代じゃないんだよ。夫の暴力があっても堪え忍び、みたいな時代ではないでしょ。彼女だってそういう「耐える女」じゃないよね。なんで我慢する?なんでこの時点で離婚しない?


そこにはやっぱり「結婚で幸せになる」という呪縛があったという気がします。「なんらかの方法で幸せになる」ではなく「結婚で」「幸せになる」という「手段限定の幸せへの道」に彼女がこだわったのだ、と思います。

「結婚で幸せになる」ことが目的なのに、この馬鹿夫は自分を幸せにしてくれない。「結婚で幸せになること」が目的なんだから、離婚したらそもそも意味がない。「結婚で幸せになる」ことが目的だから、暴力と浮気をしないと約束させて「結婚生活を継続する道を選んだ」んでしょう。


だから彼女に、単なる浮気相手とか合コン相手ではなく「俺と結婚しよう!」と言ってくれる人が現れていたら、この悲劇は避けられたんだろうなあ、と思うのです。でもそういう人は現れなかった。彼女を「結婚で幸せにする」ことができる可能性のある人は唯一「現在の夫」である被害者だけだった。その「唯一、自分を幸せにすることができる立ち位置にいる人」がその義務を果たそうという気がない。それが許せなかった、ということかと。思います。

自分は鼻の骨を折られるけがをしても「結婚で幸せになるために我慢した」のに、この男はその義務を果たそうともせず、自分だけが幸せになろうとしている。「私の幸せ」を奪った男が「自分だけ幸せ」になろうなんて、ありえない!

これが「殺したことを後悔もしない」ほどの憎しみの元、なんだと思います。

★★★

夫の方は、相手が自分をそこまで憎んでいる、と全く理解していなかった。「彼女も本音では離婚したがっているんだろうが、自分が300万円を払わないと離婚には合意しないだろう。いやもっと慰謝料を要求されるかも。」くらいに思っていたんじゃないかな。

彼は「彼女の望み」が「離婚」でも「お金」でもなく、「自分が不幸になることである」とは考えていなかったと思う。

さらに、彼女が(鼻の骨を折られてさえ結婚生活を続けているということと併せて考えても)そこまで自分を憎んでいるとも全く想像できなかったと思う。


彼がとても単純だったとか鈍感だったというわけでもないだろう。ごくごく普通の男性と同様に、こういう女性のことが理解できなかっただけだ。「嫌な男と暮らし続けるより、大金もらって別れられたら幸せだろう、あいつも?」くらいに考えていたかもしれない。

だから彼女のいる家で酔っぱらって眠り込んでしまうことに「リスクがある」などとは全く考えなかった。彼女の怒る理由も「俺が浮気してるから」くらいに考えていただろう。浮気したからって夫を殺すような奴はいないし、あいつだってそんなアホなわけがない。

彼が彼女の求めるものが何か、気がつくチャンスはあった。それは「公正証書を作ってまで婚姻関係を維持することに彼女が同意(もしくは提案)した時」だ。なんで「そこまでして婚姻を維持したい」と彼女が考えたのか。そこをもっと深く考えていれば。そこまでして維持したいと思う婚姻関係に彼女が求めているものはなんなのか?と、もう一歩考えていたら。

「殴られはしたが、俺のことがやっぱり好きだから?」などと思っていたのだとしたら、ほんとうお笑いだ。ここで気がついていたら、彼の運命は変わってかもしれない。(離婚したら「二人とも不幸になる」という当時の状況であれば、歌織被告も離婚に合意したかもしれない。)

★★★

そういう意味では、300万円を惜しんだ彼がこの夜、たとえ「1000万円払うから離婚してくれ」と提案していても、同様に殺されていた可能性はある。この段階まできて、彼が殺されないですんだ方法はあるのか?

彼女が望んでいることを理解し、「結婚で幸せになる」ことを実現してくれる誰か別の男を見つけてくる、もしくは、彼女がそういう人と出会うように助ける、それを待つ、ということしか方法がなかったと思う。上の仮説で言えばね。


そんなの無理だよね。

残念でした、という感じか。

★★★

まとめるとさ。「彼が殺されない結末にいたるシナリオ」がありえるのは、以下の3点で違う行動をとっていた場合だ。

(1)彼女と結婚しなかった場合。
(2)殴って出て行った彼女に戻ってこいといったら「公正証書を作ってくれたら戻る」と言われた時点で、「この女やば。やめよ」とピンときていた場合。
(3)離婚するためには「相手に結婚相手を見つける必要がある」と理解し、その手はずを整えたり、待ったりしていた場合。(それ以外では、自分が「彼女と同じくらい」不幸になるしか、彼女が納得する道はないと理解して)





後になるほど、過ちのリカバリーは難しい。


という、あまりにも一般的な結論だ。


ふむ。


そんじゃね。