30代半ばで、誰もが知る有名企業に勤めるB君と話す機会があった。
この年代は大学を出る1994年〜2003年が就職氷河期で、非正規雇用のまま転々とする人も多く、ロスト・ジェネレーションと呼ばれている。ところがB君は「ロスジェネなんてありえない。僕なんかむしろ“金の卵”ですよ」と言ってた。
聞いてみると、確かに就職活動は厳しかったらしい。B君も一流大学の卒業生だけれど、OB訪問をしたら自動的に内定がでたバブル時代とは異なり、それなりにまじめに活動しないと内定はもらえなかった。
留年していたり、麻雀しかしてなかった友人の中には、大企業はすべて落ち、無名の中小企業に就職した人もいたらしい。
でも、元気ではきはきした好青年でサークルなどの活動歴もあり、学生時代から英語も熱心に勉強していたB君にとって、就職活動は「大変だったけど、頑張ればなんとかなった」というレベルだった。
で、「金の卵ってなに?」と聞くと、「今、僕らの世代は会社の中では金の卵扱いなんです」と彼は説明してくれた。多くの日本企業は、彼の前後併せて10年間くらい、極端に採用数を絞っている。だから世の中ではその世代で、正社員になれずにあぶれている人が多いわけだけど、反対に企業の中では、その層が圧倒的に薄くなっている。
最近は多くの日本企業が、実質的な仕事の担い手である30代若手社員の不足に悩んでいる。「数年前から景気がよくなってきて、仕事は忙しい。でも新卒採用を増やしてもすぐに仕事ができるわけではないでしょう? 30代半ばのマネージャーとして独り立ちできる一人前の人材が、圧倒的に不足してるんです。」
B君は続けて説明してくれた。「しかも僕らの世代は、上の世代より“でき”がいいんです。一つ上のバブル入社世代は大量入社でレベルが揃ってない。数が多いからポストも足りず、部下がいない管理職がごろごろいる。部下をもたないから、人を育てる、動かす、という、いわゆる組織スキル、管理職スキル、もっといえばリーダーシップを鍛える機会を与えられずに年をくってしまってます。」
「そんな先輩世代と違って、うちの世代はポストが余るくらい人が少ない。だから早くから年齢不相応に重要な仕事が回ってきてました。バブル期の人が40歳でやってた仕事を30歳で担当してたかんじです。なので仕事は大変だけど、おもしろいしやりがいがある。経験値やスキルも上がります。」
「それに僕らの世代は就職時に大変だったから、みんなよく勉強します。英語も自費で習ってるし、会計も週末に学びました。
年齢的にもう外では通用しないバブル世代と違って、結構外のチャンスもあるなあって思います。正直、自分がバブル就職組でなくてよかったと思います。僕だってバブル入社世代なら今頃ダメサラリーマンだったでしょうから。」
「会社は中途採用をしないの?」と聞くとB君の回答は、「“足りない世代”を外から補おうとするのは無理なんです。だって、この世代でまともな会社に入っている人はみな僕と同じです。仕事はおもしろいし待遇はいいし、誰も転職しようと思わない。」
「だから中途採用の募集に応募してくる人の多くが、不安定な職場で数年ごとの細切れの経験しか積んでなかったり、トレーニングも受けてない人達です。全然、訓練されてないというか。僕もよく面接しますけど、ちょっと同世代とは思えないほど未熟というか、なにも学んでない人もいます。」
「そりゃあそうですよね。どの企業も、彼らに成長機会を与えてこなかった。今頃、人手不足だから外から採ろうったって、派遣やら非正規雇用で働いてきた人たちじゃ、とてもじゃないけど即戦力にはならないです。というわけで、外からも補えない状況なんで、とりあえず、会社にとって僕らの世代はまさに“金の卵”なんです。」
ふーん、なるほどね。そんなことになってるんだ・・
しかも「僕らの世代は安泰です。」と彼は続ける。
「最近も新卒の面接にかり出されますけど、就職がここ数年楽になってるでしょ。だから受けてくる学生に覚悟がない。“あれはできますか?”“どういう条件ですか?”とか甘いことばっかり言っている。でも会社は人が足りないから、僕から見れば“ありえない”と思う学生にまで内定を出すんです。」
「自分の会社にこんなのが入ってくると思うと暗澹たる気分ではあるけれど、でも一方では、僕らの世代は本当に安泰だと思わされます。あいつらなら下から抜かされる心配もないですから。」
成果主義、実力主義の導入に伴い、B君の世代は、一つ上の“甘えたバブル入社組”をどんどん下克上している。会社も「実力さえあれば、バブル期入社のアホな先輩なんか追い抜かしまえ」と発破を掛けている。しかも、外部からライバルが入ってくるわけでもないし、下から抜かれる心配もしなくていい。「会社が存続する限り、僕らは“勝ち組確定”です。」B君は自嘲的にだけれど、笑みを漏らして語る。
「役員まではまず間違いないですよ。たぶん僕なんかでも。」
そんな大企業で、そんな若い年齢で・・・・そんなこと言えちゃうほど・・・なのね・・・びっくり。
「今度、海外に行かせてもらうことにしました。子供も小さいうちに行ったほうがいいし。交渉、とまではいかないけど、自分がどういう部署でどういう仕事をやりたいかという希望は、僕だけじゃなくて同期は皆どんどん積極的に会社に伝えてますね。結構聞いてもらえたりするんですよ。」
「転職? あまり考えません。一時的に給与が上がるところはあるだろうけど、最近は好景気でボーナスもいいし仕事もおもしろい。将来も高値安定が見えてますから。」
ちょっと気を許したのか、破顔のB君。
あまりにも「ロストジェネレーション」のイメージからかけ離れたB君の姿ですが、これが、数は少ないけれど実際に存在する「ロスジェネB面」とも言える人たちです。
★★★
B君にとって、「たまたま社会にでるタイミングが不況期であったために、俺たちは不遇に落ちた!」と叫ぶ同世代の人達はどう見えるのか、聞いてみた。
「時代が悪かったのは事実ですから、自己責任とまで言う気はないです。もちろん“一定の能力差”はあったんでしょうけど、他の世代に生まれてたらここまでの格差にはならなかったはず。そういう意味では、ロスジェネ世代は、日本で一番“格差が激しい世代”だと思います。」
なるほど。
「能力のない奴の遠吠えだ。自己責任だ」という意見と、「自己責任論なんてありえない。時代がひどいのだ」という両極端の両方の意見が“いずれも”この世代の人たちからでてくるのは、この格差の大きさのせいなのだろう。
しかし・・B君の余裕は、ものすごくいびつな余裕といえる。
同世代の多くの人たちは、正規雇用の場を得られないとか、得られた人も、ひどい抑圧にさらされて、身体的、精神的に傷つけられる。そういう人たちが同世代に多くいることこそが、B君の余裕につながっている。
「同期の大半が悲惨で、ロスジェネと呼ばれる世代に属しているからこそ、同世代にライバルがいない」状態になっているわけです。
多数決で、数が多い方に注目するなら、この世代は“ロスジェネ”です。でも、客観的、中立的に描写するなら、それはロスジェネではなく、「最も格差の激しい世代」と言うべきなんだと思う。
本当の勝ち組はバブル世代ではなく、ロスジェネ世代の中に存在してる。そして、この「同じ世代の中の格差と対立」は、一生継続する。彼らが40代になっても、50代になっても、そして60代を超えても。てか、年齢が上がれば格差はむしろ拡大するんだろうな。
現在でさえ驚愕するような格差があるこの世代は、“ごく一部の時代の勝ち組”と“大多数のロスジェネ”に分断されている。そしてそのふたつのグループの論争(能力か、時代か)を、私たちは向こう30年聞き続けることになる、んだと思う。
ふううううんん。