最近モノが高くなってると、多くの人が感じてると思う。おもしろいのは、日本ではその現象を大半の人が「物価高」と呼ぶこと。別の言葉で言えば、これを「インフレの兆し」と認識する人が他国に比べて圧倒的に少ないってのが特徴だと思う。世界のニュースでは既に「広範囲のインフレが起こるのではないか」という言い方なのにね。
この差はひとえに「日本人にとってインフレというものが、非常に“遠い”存在だから」なんだろうと思います。そもそも過去15年もの間この国はずうっとデフレ傾向にあったわけで、今35才以下の人なんてモノの値段が毎年あがっていくという世界が想像さえできないのでは?
じゃあそれより年上の人はインフレを知っているのか?というと実はそーでもない。消費者物価指数をみると、今生きている人が経験できている範囲だと、昭和48年(1973)から52(1977)年あたりに物価はかなり上昇している。
S45(1970) = 7.7%
S46(1971) = 6.1%
S47(1972) = 4.5%
S48(1973) =11.7%
S49(1974) =24.5%
S50(1975) =11.8%
S51(1976) = 9.3%
S52(1977) = 8.1%
S53(1978) = 3.8%
S54(1979) = 3.6%
S55(1980) = 8.0%
これによると昭和48年初に1000円だったランチは、内容が変わらないまま5年後には1837円になってたということ。結構な上がり方ですよね。ちなみに当時35才だった人は今66から70才。もうそろそろ日本では「インフレの痛みを実感した」という世代は(経済活動範囲からは)いなくなりつつある。今“物価上昇”を報道する記者もキャスターもそういう時代を全く知らないし、経営者層からもそろそろ引退。
ところで上の数字って、前後の期間でも3%以上の物価上昇率。今二十歳くらいの人だと「これ日本の話ですか??」ってくらい違和感ある数字なのではないかと思うです。
だってここ15年くらいの日本はインフレどころかデフレ(マイナス)年が半分くらいあるし、プラスの年でもせいぜい1.5%とか、ほとんど物の値段は上がらない、という時代が続いている。なので、今の日本では「インフレという言葉自体になじみのない人が大半」という状況なのは不思議でもなんでもないことだと思います。
★★★
なんだけど、この「物価高」というのと「インフレ」ってのはその意味するところが大きく違う。
ひとことでいえば「物価高」ってPL問題なんだよね。“損益計算書問題”もしくは“家計簿”問題と言ってもいい。しかし、インフレというのは“BS問題”なわけです。貸借対照表、もしくは“借金と貯金の問題”なわけ。
たとえば現状を「モノの値段が高くなる!」と認識するなら、「無駄遣いをやめよう」とか「少しランクの低いものを買おう」とか「日常の節約」が対応策になる。つまり「家計簿問題」なわけですね。
でも、「インフレがくる」と認識すれば、「数年後と考えていたけど今年マンション買おう!」とか、「生命保険、解約しよう!」とか、はたまた「定期預金解約して株と金にしよう」とかそういうことを考える必要がある。貸借対照表的対策が必要になるわけ。
これは個人も企業も同じです。経営者だって「利益を出すことを考えるのか」「資産と資金調達のミックスを見直すべきか」という「考えるべき範囲」の違いがでてくる。
なので、私たちが対処すべきなのは、迎え撃つべきなのは「物価高」なのか「インフレ」なのか?ってのは、結構大事なことなわけ。「どっちでも同じでしょ。節約が大事なんでしょ。」ってことではないわけです。
★★★
で、これから日本もインフレになるのか?ってのには、ちきりんもまだわからない。ベトナムとかいくつかの国では既にインフレです。が、日本がそうなるか?と言われると、まだなんとも言えない。
しかもこの国の財政・金融当局は、世界もびっくりするくらいの「インフレ嫌い」で有名だ。「大不況は来てもいいからインフレだけにはするな」なんて考えている中央銀行は日本にしか存在しない。おかげさまで日本は長期間にわたり不況で長期間にわたり氷河期だが、インフレとは縁遠い生活を享受しているわけだ。
というわけで、先進国でもアメリカあたりはやばそうだな、とは思うけど、日本は「最後」になりそう。またその率も、あまり高くないかもとは思います。まあ、どーなるかってのは誰にもわかりませんし、ちきりんも予想屋ではないので、この辺でやめときます。
ただ、前回のインフレの時期を見てください。オイルショックの時なんです。そう、(超インフレ嫌いの当局が支配する)日本までインフレに巻き込まれるのは基本的に「石油が尋常でない値上がりをした時」なんです。
で、ええっと、今の日本の“物価高”は何が原因だっけ?
というわけで「昭和48年〜52年みたいなインフレがきたらどーなるの?」ということを書いてみるです。
★★★
国と企業へのインパクトももちろんあるのですが(特に国家財政には大きな影響がある)ここではそれはパス。ちょっと複雑なのでね。個人の話をします。
非常に困るのは、こういう人です。
(1)過去10年以内に大企業や公務員を退職してその退職金で食べているとか、向こう10年以内に定年予定で、つとめているのは大企業か役所で、退職金がかなりでる予定で、その退職金で引退後20年暮らしていこうと思っていた人。
(2)マンションを買おう!と思って、もしくはお店を出したい!とかいって、こつこつ貯金をしてきている人。
(3)遺産や、田畑を売ったお金が銀行口座にごっさりと存在し、それで食べているプチ資産家。
結構困るのはこういう人です。
(4)年金で食べている人。
(5)社会福祉で食べている人。
まあ、困る部類に入るのは、
(6)給与が硬直的な会社で働いている人=公務員やメーカー系大企業などもここに入るでしょう。(貯金も資産もたいしてもってない、という人)
あまり困らないのは、
(7)給与が物価に連動する企業で働いていて、若くて資産はない、という人。
(8)その日暮らしで働いている人。
(9)自給自足の人(持ち家で、畑の野菜食べてるとかね)
割とラッキーなのは、
(10)頭金ゼロでちょい無理目なマンションかったばかりで35年ローンを抱えてる人
(11)自営業で最近かなり借金がたてこんでる人
(12)ちょこまかした借金のある人。もちろん貯金はない。
得する可能性があるのは、
(12)これに乗じてもうける人。売り惜しみとか、アパートの所有者で家賃をガンガン値上げするとかね、基本的にはモラルのないことやる人です。
★★★
まとめると、
勝ち組やまじめな人が損をし、
負け組にはあまり関係なくて、
悪い人が得をするかも、
となるわけです。
また年齢で言えば、圧倒的に年配者に不利で、若年者に有利です。
これで日本政府がインフレを忌み嫌う理由がわかりますよね。「インフレは、日本で“徳”とされている価値観をぶっ壊す可能性がある」からです。「こつこつまじめに働いて、貯金をする」ということのばからしさを存分に教えてくれる。だからインフレには意地でもしたくない。
なんだけど、上に書いたようにこの価値観の逆転こそがインフレによって引き起こされます。ちなみに「悪い人」なんていうのはたいしていません。インフレで儲けられるレベルの悪人なんて相当の人だけなんです。大半の人は最初の2者のいずれかに属する。そして、簡単にいえば、「勝ち組と負け組は逆転する」というのがインフレの意味。
お金のない人、借金のある人、給与が毎月(毎日ならなおよい)かわる人の方が、退職金たっぷりの会社に何十年も勤めてきたり、年に一回だけ春闘で給与が変わるようなところにいるより得(損が少ない)ですよ、って世界がくるわけ。
★★★
誰かが言ってたじゃん。「希望は戦争」って。戦争にでもならないと社会階層の逆転が起らないって。でも、一定以上のインフレがくれば起りますよ。その方が穏当だし、少なくとも今の状況から言えば「ありそう」な感じです。
まあ、本当にインフレがくるかどうかは微妙だと、ちきりんもまだ思ってる。わかりません。ただ最近、この件に関して世界の感覚と日本の感覚がかなり違うなあと感じることが多くてね。日本人って「バター買いだめ」とか「節約」とか、家計簿対策ばっかりだよね。全くBSに目を向けない。
今頃インドの人は金を買いまくっているし、インフレを理解している国の人達は、貯金を切り崩したり新たに借金して工場建てたりしてるわけ。
個人も企業も、日本は対策が圧倒的にPL側に偏ってる、と思う。
それは結局、私たちがインフレ・バージンだから。なんだと思う。
いざという時、どー振る舞うべきか、ちょっとだけ考えとく?
そんじゃあね