コリン・パウエル氏の絶望、その深さ

昨日のインタビューの中でパウエル氏は、マケイン氏に決定的に失望した理由としてペイリン氏を副大統領候補に指名したことを挙げた。

ペイリン氏はアラスカ州知事とはいえ、アメリカにおけるアラスカ州知事なんて日本における杉並区長みたいなもんなわけで(大阪なら八尾市長くらいか)“いきなり副大統領は無理やろ?”と皆が思った。

単なる一地方の政治家で、“ゴミの分別を徹底しましょう”くらいの行政政策に適した人だが、国防やら米国経済の舵取りを担当するにはいかにも力不足。

そんなことは百も承知のマケイン陣営がそれでも彼女を副大統領に指名した理由は明らか。


オバマ氏は民主党の候補者として確定するまでの間、ヒラリー氏と五分五分の熾烈な戦いをやっていた。

マケイン陣営は(副大統領にペイリン氏を選ぶことで)ヒラリーを支持した大量の“女性票”を民主党から奪いたいと考えたんでしょう。

「あなたたちが熱望した女性の大統領の夢は、オバマに潰されました。でも共和党に投票すれば“女性の副大統領”は実現しますよ! しかも、オバマを見返せますよ!」と。


この作戦は最初ほんのちょっとだけ成功したかに見えた。

でも化けの皮はすぐにはがれ始めた。

ペイリン氏は、石油価格高騰で経済的に立ち直ったロシアが、再度アメリカの仮想敵となりつつある現状について意見を求められ、“ロシアはアラスカのお隣さんよ。仲良くしなくちゃ”みたいな脳天気な回答をしてみせた。

これにリーマンショックがとどめをさした。

彼女にこの難局を乗り切る手腕は全くない。世界中の人がそう理解したから。


★★★


でも、世間よりももっと早く、このペイリン氏の副大統領候補指名に衝撃を受け、怒り、絶望した人たちがいる。

そのうちの一人がパウエル氏でしょ。

なぜか。

理由はマケイン氏が「人気を得るための道具として女性を利用した」から。


アメリカにはアファーマティブアクションという考え方がある。

今は賛否両論があるが、一時期はかなり広く支持されていた差別問題解決策のひとつだ。

簡単に言えば差別を受けている人、たとえば女性やマイノリティの受け入れ枠を設け、できあがりの比率を最初に設定してしまう、という差別解消法のこと。

大学は女性を最低限○人入学させる、黒人を○人、ヒスパニックを○人入学させる、という感じ。公務員的な仕事への応募者の採用でも、マイノリティ枠を作る。


この方法では当然それぞれのグループ内で“異なる競争率”が存在する。

名門大学を受けられるような成績の黒人が非常に少ないエリアにおいては、黒人であれば白人よりも圧倒的に一流大学に入学しやすい、ってこと。

この制度、「逆差別だ」と怒るマジョリティ側の人間からも、そして実はマイノリティ側からも評判がよくない。

ちきりんの友人も「どんな努力をして得たものでも、“いいよなおまえは。肌が黒いからこの大学に入れて”と言われてしまう」と困惑してた。

「何をしても色眼鏡で見られる。血のにじむような努力をしてもズルイと言われる。あんな政策一刻も早く廃止して欲しい」って。


ライス氏もアファーマティブアクションには反対してる。

「自らの経験からいって効果がない。」と。

確かに人の 2倍も 3倍も頑張って逆境を克服し、恵まれた立場の白人よりも高い成果を残してきた人たちにとっては、余りに失礼な政策だったのだろう。


そして、おそらくパウエル氏だって、ずっとそういわれ続けてきたに違いない。

白人の同僚達にとって「コリンが俺たちより早く出世するのはアファーマティブアクションのために決まってる」という言い訳できることは自らの精神の救いになる。

そしてそんなことをほのめかす同僚達をパウエル氏は“一発殴って”きたわけではない。

彼はいつだって「そうだね。確かに不公平な面もあるよね。でも僕も一応ちゃんと努力したんだ」と静かに話してきたんでしょう。


★★★


ペイリン氏は、女性でなければ副大統領候補に選ばれることはなかっただろう。

マケイン氏は、「女性にもチャンスを与え、女性の能力も認めている、寛容な白人男性」になるために、“能力はなくても女性であるという理由で”ペイリン氏を選んだ。


ちょっと考えてみて欲しい。

もしもオバマ氏がヒラリーに負けていたら、もしもヒラリーが民主党側の候補者だったら、マケイン氏はどんな人を副大統領に選んだだろう?


黒人の若者?


能力はないけれど“肌の色が黒い”という点だけで選ばれる、40代の黒人男性?

いかにも何も知らない、無知で無能な若い黒人男性が現れて副大統領候補になったかも?


「俺たちはおまえ達のおもちゃじゃねえ」

というパウエル氏の心の声が聞こえてくるよね。


パウエル氏が失望したのは、ペイリン氏の無能さではない。マケインのくだらない判断でさえないかもしれない。

彼が失望したのは、未だにこの国において、国のトップの座を目指そうとする人が、黒人や女性やマイノリティら“その他の人たち”を、

自分の人気取りのために、自分の寛容さを示すために、利用しようとしていることだった。


「誰でもいいのだ、肌が黒ければ」「誰でも同じや、女やったら」

この傲慢な態度に必死の努力をして這い上がってきたパウエル氏はホントに吐き気がしたんだろうなと。思うわけ。


★★★


もうひとり、このアラスカのおばさんの起用に絶望したであろう人がいる。


それはヒラリークリントンだ。

彼女もまた、ひとつの歴史の扉を開くために何年も何年も想像を絶する努力をしてきた。

たかだかホワイトハウスにいる間だけでさえ、下半身のコントロールもできないアホな夫の醜態を、笑顔を振りまいて耐え抜いてきたのは、いつか米国初の女性大統領となるという野心があったでしょ。

加えて、
保守的で伝統的な家族観が支持されるアメリカで大統領候補者になるには、「苦況においても常に夫を支え続けた妻」という姿が必要だったから。

さらには、
自分の大統領選の応援をしてくれる“元大統領の夫”が必要だと思ったから。だからあんな屈辱を受け入れて、耐えて、頑張ってきた。

それなのに、自分の票を横取りするために選ばれたのは、買い物かごをさげて近所のうわさ話に興じるレベルの田舎の主婦のような人だった。


ヒラリーにとって、マケイン氏の判断はどう映っただろう?

「女であれば、それでいいのさ」「中身も実績も努力も、なんも関係あらへん」、とマケイン氏とその参謀は考えた。

「ヒラリーの票は、このおばちゃんで頂けるぜ。だってどっちも同じ女やろ?」と。

「ヒラリーとペイリンに何の差があるって? 何もないよ。」と。


ヒラリーの絶望が想像できる?


人生を賭けて必死の努力を何十年も続けてきた人たちのその思いを、マケイン氏はばっさりと切り捨てた。

強者にとって弱者がどれほど見えにくいものなのか、これらの件はすごくよく語っている。


★★★

共和党の古い世代の白人指導者達が、“女子供と有色人種”をどのように見ているか、あまりにも明確にマケイン氏は世界に示してしまった。

パウエル氏も、ライス氏も、ヒラリー氏も、実力で頂に上り詰めようと血のにじむ努力をした人たちは皆、深く深く傷ついたと思う。

その絶望の深さが、慎重に慎重を期して生きてきたパウエル氏をして、オバマ氏支持を明言させたのだ。


とちきりんは思っている。


終わり



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