“極論”という方法論

「パラサイトシングル」や「希望格差社会」などの言葉で有名な山田昌弘氏が、新聞のコラムで「今の“就活”問題を解決するには、大企業や役所が30才以下の若者を雇うことを禁止すればよい」と書かれていました。

すべての若者をまず中小企業で働かせ、その上で大企業や役所に入りたいなら30才で転職すればいいという意見です。

就活をする学生は、社会についても働くということについても、また「自分のこと」もよくわかっていません。価値観が未分化なそんなタイミングで「一生を決めるレース」に参加すれば、大半は無難に大企業を目指すでしょう。

そして同じゴールを目指して全学生がレースをすれば、優秀な人ほど、安定的で保守的な大組織に吸収されていきます。自由に発想することの意義も、リスクをとって行動することの小気味よさも、知らないままに。


一方、いったん全員が中小企業やベンチャーに勤め、社会の基本的な仕組みや自分の職業適性を知った上で30才で就職活動をすれば、今のように大半の学生が大企業や大組織を目指すとは思えません。

8年働けば、その間に銀行員とも役所の人とも大企業の人とも仕事上のつきあいが発生します。そしてそれが自分のやりたい仕事か、好ましいと思う働き方か、リアリティをもって理解することができるでしょう。

また、30才になれば結婚したり親になる人もでてきます。家庭のあり方も含め、自分がどんな人生を送りたいか、わかってくるでしょう。そうなれば仕事選びの基準は23歳の時より圧倒的に多様化するはずで、誰も彼もが同じ山の頂上を目指すことはなくなるでしょう。

そう考えれば、確かにこれはなかなか良い案に思えます。しかし新卒一括採用の不合理やデメリットの解消方法として「大企業や役所が30歳未満の人を雇うことを、法律で禁止すべき」という意見はあきらかに「極論」です。

それが実現できない理由はすぐさまいくつも挙げられるし、そのデメリットも簡単に列挙できます。素直でまじめな多くの人には、この意見は暴論にも聞こえるでしょうし、実現不可能な「机上の空論」と誹られるはずです。

それでもちきりんは、こういった「暴論・極論という方法論」が好きです。なぜなら暴論や極論には、「何が問題なのか」という核心を明確に浮かび上がらせる効果があるからです。上例でも、一見無茶にも聞こえる意見を通して、山田氏が「何が問題だと感じているか」が非常にビビッドにわかります。

★★★

堀江貴文氏も、いつもコトの本質をついた鋭い発言が多いのですが、彼の発言にもこの「極論・暴論の妙」をよく感じます。

以前、彼がベーシックインカム制度を支持する理由のひとつとして、「20万円の給与を貰ってマイナス30万円の価値の仕事をしている人がたくさんいる」と言っていました。

大半の人は福祉的な観点からベーシックインカムを語りますが、彼の考えでは「ベーシックインカムの導入により、社会に害悪を及ぼす仕事をしている人を排除できること」がベーシックインカム制度のメリットだというのです。

この「くだらない仕事をしている人には、お金だけ払って遊んでいてもらいましょう。」という意見を、多くの人は暴論、極論として批判するでしょう。

けれど重要なのはその中心にあるメッセージです。今の日本には、給与をもらって、高い能力を発揮して一生懸命働き、その上で社会に「マイナスの貢献」をしている人がたくさんいます。しかも下手するとそういう人が「権力の要」にいます。しかも多くの場合、彼らは自分たちが社会の進化の邪魔をしているという感覚をもっていません。

この、「お金を払ってでもそういう人には仕事を辞めてもらった方がいい。それくらい、これは大きな問題なのだ」というメッセージを伝えるために、「極論・暴論という方法論」が非常に効果的なのです。


★★★


ちなみに、この「極論という方法論」は、リーダー向きの思考方法です。

組織の上に立つ人にとっては、細かいことより先に、まずは進むべき道を大きく示すことが重要です。右に行くのか左に行くのか、何が問題で何が目指すべきものなのか、それを大胆に明確に示すこと。それがリーダーに求められることです。

「A案は○○の点ではよいが△△の点ではこういうデメリットがあり、××の点でみるとこうである。一方のB案は・・」こういう思考は実務家の思考です。そもそもこれでは、国として、組織全体として、どちらの方向に進もうとしているのかさえわかりません。大きな方向性が示されることはなく、ひたすら詳細を詰めることに執心する人が上に立つ組織の不幸さについては、日本人ならみんなよく知っているでしょう。

リーダーに求められることは、実務家に求められる資質とは違います。上に立つ人には批判を恐れず、「何が最も重要なことなのか」だけを明確に主張できる、大胆な極論をどんどん語ってほしいと思います。



そんじゃーね


関連エントリ:ベーシックインカムの世界


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/