ワークライフバランスってさ

しばらく前から“ワークライフバランス”という言葉をよく聞くようになりました。背景として、「現在の日本では“ワーク=仕事”に配分される時間が長すぎて、“ライフ=個人生活”への時間配分が少なすぎる。」という問題意識があるのでしょう。

ただワークライフバランスが語られる時、“微妙な違和感”を感じることもよくあるので、それをまとめておきます。


(1)過重労働とワークライフバランスは別の話

日本では、労働者が余りにも過酷な労働環境下におかれ、過労死やうつ病の増加が問題になっています。サービズ残業や“みなし管理職”問題も、社員の忠誠心の範囲とはとてもいえないレベルの酷さです。

残業代を払わない、有給休暇を取らせないなどは違法行為であり、異常な労働時間を強いるのは時に“人権問題”でさえあります。労働法規違反は犯罪としてきちんと取り締まるべきです。

ワークライフバランスとは、“病気にならない程度に働く”ことではありません。カタカナの流行言葉を持ち出すまでもなく、まずは適法な労働環境を確保することが必要です。


(2)“いいところ取りの議論”は無意味

この話はたいてい欧州との比較で語られます。フランス、ドイツ、スウェーデン、イタリアなど欧州に住んだことのある人が、彼の地のワークライフバランスがいかにすばらしいか強調します。

一方韓国では一昔前の日本のような“ワーク偏重”の傾向もまだ強いけれど、注目されるのは「いかにサムソン電子に国際競争力があるか」という側面ばかりです。アメリカのトップエリートも日本の経営者よりよほど大変な環境で働いているように思えますが、それらが取りざたされることも多くありません。

技術革新やアイデアの独創性ではシリコンバレーにかなわないと嘆き、ワークライフバランスでは欧州に比べて余りにも見劣りするとぼやき、成長可能性において中国やインドと比べものにならないと悲観する。そんな国際比較をすることに意味があるでしょうか。

必要なことはまず、私たちが全体としてどんなタイプの社会を志向しているのか考えることです。


たとえば欧州の多くの国では消費税は20%に近い水準です。これは徴税面でも「ワーク(仕事からの所得税)ではなく、ライフ(消費生活からの消費税)に重点をおいた税制」といえます。一方で所得税や法人税の高い日本の税制は、今でも「ワークから付加価値が生まれる」という思想に基づいています。

また欧州では、ベビーシッター、家事ヘルパー、介護職、サービス業など人手のかかる産業に、低賃金で働く移民が大量に流入しており、それにより社会のインフラ・コストが低く抑えられてきました。これも人々が、(残業時間など)ワークの時間を減らしても、生活が維持できる理由のひとつです。

このように国のあり方というのは総合的な設計であって、“いいところ取り”の議論は意味がないのです。


(3)「9時-5時の仕事をすること」=ワークライフバランスではない

ワークライフバランスとは、「一切残業をせず、9時-5時の仕事をすること」なのでしょうか?多忙な仕事をすることは「悪いこと」なのでしょうか?

たとえば「めちゃめちゃ働く5年間」→「主夫として子育てに専念する2年間」→「9時-5時で働く3年間」→「めちゃめちゃ働く5年間」→「一年間放浪、もしくは留学」のように、人生全体としてバランスをとるのも、ワークライフバランスと言えますよね。

年間でみても、「無茶苦茶働く9ヶ月」+「南の島でぼんやりの3ヶ月」の方が、一年中通して「9時-5時」よりバランスがよいと思う人もいるはずです。

また仕事内容や時間が同じでも、在宅勤務になるだけで、十分にワークとライフのバランスがとれる人もあるだろうし、会社員を辞めて自営業となり、スケジュール管理が自分でできるようになるだけで、たとえ労働時間が長くても「いいバランスだ!」と思う人もいるはずです。

ワークライフバランスという概念を“残業時間”とか“週当たり労働時間”のような偏狭な定義の中に閉じ込めず、個々人がその時々に自分にとってのベストバランスを追求できるような労働市場を作っていくことが重要なのです。

★★★

つきつめて考えれば、ワークとライフがバランスできない理由は、ワークの生産性が低いか、ライフの生活コストが高いかのどちらかです。

仕事の生産性が低いと長時間働く必要があるし、生活コストが高すぎると残業を増やしてでも収入を得る必要が出てきてしまいます。

だからワークライフバランスの改善には、生産性の向上と生活コストの切り下げの、少なくともいずれかが必要です。


生産性をあげるには、個人、組織の両方のレベルで仕事のやり方を変える必要があります。無駄な会議や決済プロセスを省き、ITを利用してより短い時間で従来と同じ収入が得られるようにするのです。

また生活コストを下げるには、お金をかけない生活様式に転換したり、格安な社会インフラを整備する必要があります。

具体的には子供の大学進学費用は本人に借りさせるとか、あまりにオーバースペックな社会インフラを見直して低価格化させるなどです。


ワークライフバランスというのは、個人の人生の設計の仕方や社会のあり方、企業や産業の生産性の問題などと深くつながっています。

「長時間働くことにより初めて生活が成り立っている人」が多い社会をそのままにして、いくら声高にワークライフバランスを叫んでも、なんら具体的な解決にはなりません。景気が悪化すれば「喜んで長時間働く!」という労働者が市場に溢れてしまうのですから。


そんじゃーね。