自分の人生がどうしてこうなってしまったのか、僕にもわかりません。自分なりに一生懸命やってきたつもりだったのに・・
就職活動の時、社会に出るのはすごく不安だった。大学に入った時もそうですけど、僕は友達を作るのが苦手です。新しい場所になかなか馴染めない。朝、大学に行っても、どこにいけばいいのか。それがわからない。だから行かなくなっちゃいました。そして、留年しました。
もちろん授業があれば教室に入ればいいんだけど、みんなあちこちに座って楽しそうに話をしてるでしょ。僕はどこに座ればいいんだろうって。わからない。一人で座ると、みんなが僕のことを見ている気がするんです。あいつ、また一人だな、って。そう言われている気がして。
授業が終わった時もそうです。忙しそうにすぐに出ていく人もいるし、その場で友達と話し始めて熱心に相談してるグループもある。僕は、僕はどうしたらいいんだろう、っていうのがわからない。立ち上がって出て行こうか。授業は終わったんだから。でも、教室を出てどこにいく? 学食? 売店?
どこに行っても風景は同じです。みんなグループでなんだかんだ話してる。とても忙しそうなんです。僕はどこに行けばいい?
3年になって研究室に入ってから、少し楽になりました。研究室だと人数も少ないし、先生もひとりひとりに対応してくれるから。学部生とはいえ理系だから論文を書かないといけないし。それは個別に指導してもらうわけだから、僕も先生と個別に話す必要があります。
僕にも初めて大学で“用事”ができたんです。“話す人”ができたんです。だから、学校に行っても迷わなくてよくなった。今までは、学校に着いたとたんに「どこに行けばいいんだろう?」って思ってた。でも研究室に入ってからは、それがなくなりました。「研究室に行けばいいんだ」って分かったから。
それまでは誰かに「おお、久しぶり、どこ行くの?」って声を掛けられただけで、すごく困ってました。どこに行けばいいんだろう、どこに行くっていえばいいんだろう、って。
何気なく声をかけてくれた人が戸惑ってしまうくらい、僕は緊張してしまう。でも研究室に入ってからは全然困らなくなりました。「ああ、これから研究室に行くんだ」って言えばいいんですから。
話を戻しますね。3年生の時、就職をするか院に進むか、みんな進路を決めるんです。僕は最初、大学院に行こうと思ってたんです。大学に残って研究者を目指したいって思いました。最初にも話したけど、社会に出るのは怖かったです。僕なんて全然やっていける気がしなかったです。だから院に行きたかった。
でも先生に相談したら、就職の方がいいんじゃないかって言われました。大学院に行っても今は食べていくのがすごく大変だって。アカデミックポストはすごく限られていて、進学しても仕事が見つからないよって。
それはそうだと思うんです。僕もそういうことはいろいろ聞いて知ってました。でも、僕が聞きたいのはそんな正論じゃないんです。大学院に進めば、まだ当面は先生に指導を受けながら生活できます。それは僕にとって、次の5年間、自分と向き合って話をしてくれる人を確保できる、ってことを意味してるんです。
近所の人や、高校の時の同級生に会った時に「どうしてるの?」って聞かれたらすぐに答えられるでしょ? 「電子回路の研究をしてるんだ」「今から大学に行くところなんだ」って。
大学で誰かに会っても「研究室に行くんだ」と言えばいい。もう、怯えなくていいんです。誰かに「どこにいくの?」「これから何するの?」って聞かれた時に、どう答えればいいか分からなくて不安になる必要がなくなる。
先生は「進学しても就職できない」と言ってたけど、そんなのわかってたし、寧ろその方がいいじゃないかと思ってました。だって大学院を出たり、博士号をとっても就職できない時代なんだから、僕が就職できなくても、僕のせいじゃないでしょう?
みんな、「ああ、今はアカデミックポストが限られていて大変だよね」って言ってくれる。実際先輩を見ているとそんな感じだった。
アカデミックポストが手に入るのは、先生みたいにお父さんも大学教授だったとか、東大を出てるとか、そういう人だけなんです。それか、もちろん天才みたいな人とか。
僕なんか、僕のレベルの大学なんかで博士号を(もちろん、もしもとれたら、ですけれど)とっても、就職できないのはわかってました。
でもそれでいいと思ったんです。だって、最初から就職するのが難しい道を選んでおけば、就職できないのは僕のせいじゃないんだから。
先生の言うことは正論でした。僕のためを思って言ってくれたんだと思う。就職するべきだって。だけど、僕に必要なのはそんな正論じゃなかった。
僕は、僕を守ってくれる何かが欲しかったんです。僕を守ってくれる“立場”というか。昔だったら母親とか、高校だと担任の先生とかがいるでしょう?
研究室に入ってからは“指導教官”が僕にとってそういう人だった。僕にはそういう人しかいなかったんです。だって友達なんてどうやってつくったらいいのか、わからないんですから。
最初の会社は、先生が見つけてくれました。こういうところを受けてみろって。学校にきていた資料から見つけてくれたみたいです。合格するって思いませんでした。こんな人間を採用する会社なんてないですよ。だから、ありえないって思ってた。だけど合格しました。内定がでたんです。
もしかしたら、先生が別の、化学の先生とかに頼んで推薦をしてたのかもしれない。デキる学生との抱き合わせ推薦だったのかしれませんね。そうじゃないと僕なんか内定しませんよ。
先生は・・・僕を大学から研究室から追い出したかったんだと思うんです。僕みたいなのにこれからまた何年もつきあうなんてうっとうしいなって思ったんじゃないか。そんな気がしました。
僕は、勧められたから就職活動をしたけど、でも本当は大学に残りたかった。だからどこも内定しないでもいいやって思ってました。その方がいいなって。
でも内定しました。先生が裏で手を回したからだと思う。なんでそんなことをするのか。僕を追い出したかったんだな、ってことしか思いつかないですよね。
仕事は、勉強したこととは全然ちがっていて。工場で不良品の検査とかをする仕事です。
なんか、よくわかりませんでした。これを僕がやってるって意味が。それに、会社って大学より面倒なんです。大学だったら誰とも話さなくても、一人でご飯たべてても何にも言われないでしょ。でも、会社の人ってすごくうるさいんです。
部署の人が、みんな一斉に昼ご飯を食べるし。同じ食堂で。それで皆、なんだかんだ話しかけてくるんです。僕は全然、話しかけられたくないのに。
「週末は何してたんだ」とか聞かれるのは最悪ですよね。別に何もしてないし、なんでそんな僕をいじめるような質問を、みんなでご飯を食べている時に聞く必要がありますか?
学食みたいに広ければ、離れてひとりでぽつんとご飯を食べてればいいけど、社食ってすごく込むんです。逃げる場所が全然ない。地獄みたいでした。
辞める理由があったと思うんです。僕の勉強したのは電子回路で、仕事は食品関係です。全く関係なかった。だからそれを理由にして辞めればいいと思った。だって、学んだコトを活かした仕事をしたい、っていうのは変じゃないでしょう?
だから先生に相談したんです。そしたら「辞めるな。頑張れ」って言う。「そんなにすぐに辞めたら誰も雇ってくれないぞ。これから大変になるぞ。」って。「少々、学んだことと違う仕事でも、やっている間におもしろくなるかもしれないだろ」って。
また正論です。
馬鹿げてますよね。僕は元々大学院に残りたかったんです。先生が勧めるから就職した。でも就職してみてダメだとわかったら、戻ってくるのが当たり前でしょう?
僕は先生が「そうか、すまん。就職を勧めて悪かったな。わかった、大学院に戻ってこい」って言ってくれると期待してた。だから辞めたんです。会社を。
でも、そうはならなかった。だから僕は言ったんです。「だって電子回路の勉強をしたのに、食品の会社の仕事なんてやっても意味がない」と。
だって、これが“僕が辞める理由”ですから。母にもそう言ったし、他の人にもそういいました。だってこれなら“言える理由”でしょう?
そしたら先生は・・・電子回路も扱っているメーカーを、っていうか町工場みたいな会社ですけど・・を紹介してくれました。でもそれは僕が期待していたこととは全然違いました。僕が期待していたのは「わかった、院に戻ってこい」っていう言葉だったのに。
なんでそう言ってくれなかったか。よくわかりますよ。だって、僕だってイヤですよ。僕みたいなのにつきまとわれたら。うっとうしいじゃないですか。こんな暗い奴。
後は同じことの繰り返しでした。ただ、条件はどんどん悪くなりましたね。もっと小さい会社に、もっと安い給料でって。最初の会社なんて今から考えると天国みたいでした。だって1ヶ月も研修がありましたから。小さな会社に行ってみて、びっくりしました。入社したその日から仕事、なんです。
同じことを繰り返して、結局バイト生活になりました。
全然食べていけないですよね。月に数万円しかもらえなくて食費にも足りないくらいでした。足りない分は母親が助けてくれてたけど、でもいつまでもそんなことしてたら情けないじゃないですか。
「大学院に行くから授業料を出して欲しい」なら言えるけど、だってそれなら恥ずかしいコトじゃないですからね。でも、働き始めているのにずっとお小遣いをもらうなんて。
先生はずるいです。大学院に残っても仕事はないっていう。それが僕を院に入れてくれない理由なんです。だけど、自分はちゃんと大学院に残って仕事を得ている。自分にはできているのに、どうして「お前にはできない」って言われないといけないんでしょう? おかしいでしょう?
もちろん、先生みたいになりたいなんて思っていません。生まれも違うし、頭も違う。先生はすごく明るくて、皆に好かれていて、学生からも人気がありました。
あんなふうに自分がなれるなんて思ったことは一度もありません。僕が望んでいるのはそんなだいそれたことじゃない。でも、自分ができていることを「お前には無理だから、別のところに行け」って言うのは、ひどいと思いました。そう思いませんか?
先月、最後の相談に行った時もそうでした。先生は僕にいいました。「すぐに辞めないで、もう少し頑張れ」って。先生は全然わかってなかった。だって、僕は頑張っていたのに。もう限界だっていうくらい頑張っていたのに。
わかっています。僕の人生が上手くいかないのは先生のせいなんかじゃありません。僕の、せいなんです。
でも、先生はバカですよ。先生は、僕を大学院に入れてくれさえすればよかったんです。仕事なんか見つからなくてもよかった。そんなことを心配してくれる必要はありませんでした。僕は、僕を犯罪者にしてしまった先生を、一生許せないかもしれません。
※このエントリはフィクションで、現実の事件とは一切関係がありません。