“ヤミ専従”摘発が意味すること

7月以降、“ヤミ専従”摘発のニュースが相次いでいます。
以下ニュースからの抜粋です。(青字とか太字にしたのはちきりんです。)

自民、公明両党は1日、公務員が休職許可を得ずに労働組合活動に従事する「ヤミ専従」の撲滅に向けた国家公務員法改正案を議員立法で衆院に提出した。ヤミ専従の背景となっていた短期従事制度の廃止や労使交渉の内容の情報公開が柱。

元記事:http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090702AT3S0102101072009.html

無許可で組合活動に従事する「ヤミ専従」問題で、農林水産省は17日、関与した職員やその上司ら計1237人を処分すると発表した。一度の処分としては異例の規模。組合活動中に支払われた約25億円に上る給与の返還も求める。

1日7時間以上の組合活動を年間30日を超えて行っていた23人は停職1カ月。減給が114人、戒告が208人で、懲戒処分の対象者は計345人。このほか訓告や厳重注意、口頭注意、他省庁への出向者なども含めて処分した。

元記事:http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090718AT1G1703Q17072009.html

国交省で12人ヤミ専従、違法活動932人


国土交通省の出先機関・北海道開発局で、過去3年間にヤミ専従を行っていた疑いのある職員が12人いることが31日、同省の調査で分かった。


 このほか、常習的なヤミ専従とまでいえないものの、勤務時間中に無許可で組合活動に従事していた職員も932人に達した。いずれも国家公務員法に違反する行為で、国交省は近く、第三者による調査委員会を設置、関係者の処分や給与返還請求を行う。


(中略)

総務省では、社会保険庁のヤミ専従問題発覚後の昨年5月にも、全省庁にヤミ専従調査を指示しているが、国交省は「ヤミ専従はなかった」と回答していた。

 読売新聞の取材に対し、全開発は「職場にはヤミ専従はないと認識している」としている。

(2009年8月1日03時08分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090801-OYT1T00033.htm

社会保険庁は31日、給与を受けながら労働組合活動に従事する「ヤミ専従」を行っていたとして、職員2人を2カ月減給の懲戒処分にしたと発表した。元職員1人のヤミ専従も判明したが退職しており、処分できなかった。同庁は3人が不正受給した約5600万円の返納を求める。

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090801AT1G3102Q31072009.html


この話、自民党と民主党、どっちへの打撃が大きいのか判断が難しいなあと思います。


まず民主党。彼らがこの一連の動きにたいして笑えるほどナンにも言及しないことがすべてを表していますが、上記記事にもあるようにヤミ専従とは、公務員が国民の税金から給与やボーナスを受け取りつつ、事実上仕事をせずに“組合運動”をやっている状態をさす言葉です。

で、“組合運動”って何なのでしょう?

いったい仕事時間中にどんな組合活動をしてるんですかね。上記の記事を見ると「すごい人数だな」と思われるかもしれませんが、実際にはこんなの氷山の一角です。桁の違う数の公務員が全国でヤミ専従組合員として毎日毎日、何年も何年も(仕事せずに)“組合活動”をやってるわけです。


で、具体的にその組合運動って何?って話になる。



このヤミ専従がなぜ7月から一気に摘発され始めたかを考えると明らかですよね。


8月の一ヶ月間、すごい人数の“ヤミ専従”の人が必死で“組合活動”をすれば、相当数の“ポスターを貼ったり”“個別の家のポストにビラを配布したり”“依頼電話を掛けまくったり”“候補者の車の運転を担当したり”“サクラとして集会で拍手したり”ができるから、でしょう。

7月中にこれらを取り締まり、社保庁については「ヤミ専従で処分を受けた人は、日本年金機構に変わる時に再雇用しない」くらいの圧力をかけておけば「8月の組合運動の総量」を相当程度、抑えることができる。すなわち、「組合が支援している政党」の選挙活動に打撃をあたえ相手陣営の勢力拡大を阻止できる。これがここに来て一斉にヤミ専従の摘発を始めた最大の理由でしょう。

自民党も必死です。



そもそも“ヤミ専従”問題の本質は、与党自民党による「野党対策費」です。

昔は(戦後から60年代までの政治の時代は)、組合は本気で権力(なり経営者側)と対峙していました。権力側も本気で労組を潰そうとしていました。でも、その後の高度成長の中で経営者側と労組はお互いに利益のある“強固で甘いなれ合い関係”を築いていきます。そしてそれはそのまま「権力側の自民党」と「労組が支持する野党側の政党」の関係の変化を表していました。

ヤミ専従は今に始まった話ではありません。何十年も前からそうだったわけです。しかし“左系野党”との穏便な関係を維持するために自民党はそれをずっと見逃してきました。これって費用は「国民の税金」です。この件を“見逃す”行為により、自民党の予算を使うことなく野党に恩が売れる。自民党はそう考えていたのでしょう。

そして組合が応援している多くの“左系”の政党は、この恩恵を長く、“ありがたく”頂戴してきたわけです。だって自民党と違って、彼らには大企業からの献金はありません。こういう「税金からの活動費補填」は彼らの活動の非常に重要な資金源だったのではないでしょうか。


55年体制とかいうけれど、実際には高度成長の途中から「保革対立」はある種のフィクションとなっていた。「政権を本気で狙わず“反対パフォーマンス”で存在意義をアピールする」野党、国民の税金を使って野党を子守&懐柔する自民党。その関係を象徴するひとつが、この“ヤミ専従黙認方針”だった。

ところが今は自民党は本気で「政権を取られる」と感じています。だったらいつまでも“買収費用”を野党に与え続ける必要はありません。さっさとヤミ専従問題にもメスを入れよう、という話になったのでしょう。しかも8月の選挙月、ヤミ専従員が自由に動けるかどうかは非常に大きい。そうでなくても選挙情勢はとても厳しいわけで、“まずは専従の活動を止めないと・・”と考えたわけです。


上の記事で赤字にしたところを再度抜き出したので見てみましょう。
総務省では、社会保険庁のヤミ専従問題発覚後の昨年5月にも、全省庁にヤミ専従調査を指示しているが、国交省は「ヤミ専従はなかった」と回答していた。

ここが一番おもしろいですよね。これは何を意味するのでしょう?そう、「昨年の5月には自民党にも官僚組織側にも、この問題を表面化させる意思も必要性も全くなかった」ということを意味します。ところが一年後の今は「状況が完全に変わった」のです。だから突然千人規模の処分を行った。一年前には「いない」と言っていたのに今は千人を処分。ほほお!って感じです。


また民主党は「官僚の天下り」「随意契約」などを指摘して「税金の無駄遣い」と声高に叫んでいます。それなのに自分達に便益が回ってきている“ヤミ専従”という大きな“税金の無駄遣い”については一切何も言わない。自民党としては「いい加減にしろよ」という気持ちになるのも自然なことです。

今まではお前等も俺たちと一緒に税金を無駄に使って楽しくやってきたじゃないか。それなのにいきなり“税金の無駄使いを正す”とかいって政権を取りに来るのはルール違反だろう?」というのが自民党の本音なのでしょう。

今までずうっと一緒に「万引き」してきたA君とB君。ところがA君はいきなり「先生、B君が万引きしています!僕はそういう行為を撲滅したい。」とかいって生徒会長に立候補した、みたいな感じでしょう。


なお、どうやらこの問題、野党側は黙殺するようです。なにしろこれだけ摘発が続いているにもかかわらず、官僚問題には常に舌鋒鋭く切り込む長妻議員を初め、民主党の政治家でこの問題に積極的に言及する人は皆無なんですから。(民主党以上にヤミ専従の恩恵を受けていると想像される共産党、社民党ももちろん何も言わない。威勢のよい辻元議員の意見とか聞いてみたいモンですよ。)


ただ、国民側からみれば“漁夫の利”ではあります。元々自分達が払った税金であるとはいえ、巨額の無駄遣いが是正されるのは悪くありません。ヤミ専従の大量摘発は、与党と野党の蜜月の時代の終焉を示しています。それだけでも“政権交代”の意義がある。




自民党の焦燥は相当のものだし、その巧みさもなかなかです。一方で「無駄を徹底的に潰す!」と叫ぶ民主党の厚顔さもまたすばらしい。

まあ、ちきりんとしては、自民党の姑息さの方に軍配をあげようかな。民主党は本気で政権を狙うなら、まだまだ“自らの血”を流す必要のある部分が相当ある、ってことだろう。と思います。


そんじゃーね。




追記)関連記事を見つけたので、“組合が何をやってるか”"組合が権力側とどれくらいツルんでいるか”詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。猪瀬直樹氏の、農水省の組合活動に関するコラムです。http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090707/165395/?P=1