選挙前になると政治家って常に「高齢化が進んでる上に経済的にも苦しい、超かわいそうな農家を守り抜く所存でありますっ!」と言い出しますよね。
その一方で、マスコミが拾ってくる農家の声の中には、農政への批判も少なくありません。
というわけで、農業経済学がご専門の本間正義東大教授がテレビ番組*1で使ってらした日本の米農家に関する資料を見てみましょう。
<2007年 水田農家の所得等>
作付面積 | 農家戸数 | 経営主の年齢 | 総所得 | 年間農業所得 | 農業経営費 |
---|---|---|---|---|---|
ha | 万戸 | 歳 | 万円 | 万円 | (10a)万円 |
0.5ha未満 | 59.1万戸 | 66.7 | 441.5 | -10.5 | 16.9 |
1未満 | 43.2万 | 65.7 | 477.3 | 3.6 | 13.7 |
2未満 | 24.6 | 64.4 | 446.6 | 45.3 | 11.4 |
3未満 | 6.7 | 62.3 | 467.3 | 137.1 | 10.4 |
5未満 | 3.9 | 61.4 | 474.8 | 191.9 | 9.8 |
7未満 | (-) | 58.3 | 486.5 | 275.8 | 9.2 |
10未満 | 2.1(7ha未満を含む | 58.7 | 613.6 | 324.0 | 8.6 |
15未満 | 0.5 | 55.7 | 729.2 | 530.9 | 8.5 |
20未満 | (-) | 52.6 | 857.8 | 730.9 | 8.2 |
20以上 | 0.2(20ha未満を含む | 53.3 | 1266.4 | 1,101.9 | 7.7 |
合計 | 140.3万戸 |
めっちゃおもしろいデータですね。*2
まず一番左の欄をご覧ください。この欄にある作付面積ごとに、いろんな数字が分けて集計してあります。
上からの 2段( 0.5haと 1ha未満の農家)を合わせると、1ヘクタール未満の農家の戸数は 102万戸もあり、全体の農家( 140万戸)の 73%にも上ります。
つまり、圧倒的に小規模な農家が多いってことですね。ちなみにカリフォルニアの米農家は 50-100ヘクタール級の作付面積が普通です。
しかもこの人達は農家のように見えて、実は農家ではありません。
だって彼らの“年間農業所得”を見てください。10万円の赤字と年間 3.6万円の黒字です。(これらは収入ではなく利益に当たる額です)
一年間農業をやってこれでは食べていけませんが、総収入欄を見ればわかるように、農業以外の収入は結構あります。
農業外収入として考えられるのは、家族の誰かが郵便局、役場職員、学校の先生などとして働いている給与か、もしくは田んぼの一部を駐車場やアパートにしていたり、スーパーやコンビニ、パチンコ店などのロードサイド店に敷地として貸しており、土地の賃料収入があるのでしょう。
総収入は 500万円弱ですが、農家って基本は持ち家だし、米、野菜も自家栽培だったりするので、それだけあれば食べるのに支障はないと思われます。
てか年齢からみて、年金も既にもらってそうだしね。
さて、一番右側の生産効率を表す農業経営費というところも見てください。
一定面積あたりの田んぼにたいしてどの程度の経費がかかってるかという数字ですが、
作付面積の大きい農家に比べて、小さな農家は倍以上のコストがかかっています。だから赤字なわけですね。
でもこの数字を見る限り、農業は、面積が大きくなれば生産性が倍になると証明されてます。
“ちまちま”してるから赤字なのであって、農地を集約すればコストは半分にできると証明されているんです。
つまり、別に外国から安い米を買わなくても、農地を集約するだけで、日本の米は今の半額にできるはずなんです。
経営主の年齢も見てください。これら作付面積の小さな農家の経営主年齢は今や 70才に近い。
でも規模が大きな農家の経営主の年齢は、大企業の社長より若いくらいです。高齢化問題とは農業の話ではなく、“小さな農家”の話なのです。
まとめてみましょう。
平均 68才の人が、ごくごく小さな田んぼを持っていて、めっちゃ非効率にお米を作っています。米作りでは年に 3万円儲かるだけですが、昔田んぼだった一部の土地をパチンコ屋に貸してるんで、その賃料で生活できてます。
この人達は本当に農家なのでしょうか?
“農家”じゃなくて、“田んぼももってる地主さん”とか、“米作りが趣味のおじいさん”と呼ぶべきなんじゃないの??
こういう(自称?)農家が 102万戸(全体の7割以上)あるんです。
夫婦でやってるんだろうから、102万戸ってのは有権者数換算で 204万人分です。おばあちゃんも同居してたら、102万戸 → 306万票となり、別居してる長男夫婦も「いずれは俺たちが相続する農地だし」と思っていて、親と同じ投票行動をとるなら・・・510万票になります。
ここで各県別の有権者数を見てみましょう。*3たとえば東京都の有権者数は 1024万人です。しかし投票率が低いので、前回の衆議院選の投票者数は 659万票です。
極小農家の利害関係者の票は 510万票、彼等の投票率は非常に高いので 85%と仮定すると、実票数は 433.5万票です。
東京都の全投票者数が 659万票。これって、いい勝負だと思います?
もうひとつ落とし穴があります。
それは一票の価値です。極小農家があるようなエリアは、東京にくらべて一票の価値が 2〜4倍も大きいのです。ここでは中をとって 3倍とすると、
・極小農家の利害関係者の実質的な票数= 1300 万票
・東京都の実質的な票数 = 659 万票
ありゃま〜
東京は圧倒的に有権者数の多い都道府県です。それとくらべても、極小農家は倍の票をもっているのです。
最初の表で、水田農家の総戸数が 140万戸とありました。日本全国の世帯数は 4900万戸くらいですから、農家は日本全体の 2.8%にすぎません。
極小農家の 102万戸で計算すると 2%だけです。ところがそれが票になると、極小農家と関東圏全部の政治力が同じになってしまうのです。
しかも実際には票だけではなく、農家は農協を通して選挙の手伝いをしてくれます。
ポスターを貼らせてくれたり、講演会のサクラとしてやってきてくれる。大都市の有権者がそんなことします?
私が政治家だったら、まちがいなく「米価を補助金で支え、コメの関税自由化には断固反対! 現行の 770%の関税を維持して一切の輸入を拒み、ついでに戸別所得保障も!」もちろんやります。
当然ですよね。
★★★
さて、これら小さな水田を持つ“自称農家”の方々は、なぜ 70才近くにもなって全く儲からない農業をやめないのでしょう?
他の収入も十分にあるにも関わらず。なんで?
理由は、「子孫に美田を残すため」です。
子孫に美田を残すためには、
(1) 相続コストを安くする = 農地や、農業に必要な資産の相続税は、特別に優遇されている
(2) 維持コストを安くする = 農地であれば、固定資産税などの税金も格安
(3) オペレーションコストを下げる = 赤字は個別保証などで補填してもらう
ことが必要になります。
彼らが 70才近くになっても重労働の米作りを(形だけでも)止めないのは、農業を止めると相続税も固定資産税も優遇されなくなり、息子が土地を相続する時に多額の相続税がかかってしまうからです。
だから形だけでも、米作りは止められないのです。
そして、農業を継がず近くの街で働いている彼等の息子らまでが「農家の親と同じ投票行動をとる」のもまた当然です。だって彼等こそがこの美田の相続権利者なのですから。
こうして 102万戸の票が 1300万票に化けるのです。
★★★
次に、農業所得が総収入の大半である=「農業で食べている」本物の農家をみてみましょう。
上の表では、 10ヘクタール以上 15ヘクタール未満のところで農業収入が 530万円となり、総収入の 7割を超えています。
彼らこそが、本当の意味での“農家”ですよね。そして彼らこそがテレビのインタビューで「農家は困っている!」と憤っている人達です。
彼らは農地をもっと買い増して規模を拡大すれば、より効率的に米を作ることができ、儲けられるようになります。
しかも周囲には、維持&相続コストが安いから一応、米を作ってるという零細・高齢農家(?)がたくさん存在しています。
これらの自称農家は、農地の維持・相続コストが優遇されていなければ、当然、農地を手放します。
そうすれば、本当に農業で食べている人達がその農地を買い、より競争力のある農業が展開できるのです。
しかし農地は売りにでたりしません。超非効率でもいいから農地として保持しておいて息子に譲るほうが得だからです。
将来、息子が家でもたてる時に、パチスロ屋の敷地として売るほうがいいのです。
私は別に「企業に農地を売れ」とか「農地を宅地や商業地にしろ」と言っているわけではありません。
「自称農家の農地を、農業で食べている本物の農家に売りましょう」と言っているだけです。だから自然破壊も起らないし田園風景も破壊されません。
食料の安全保障とやらにも問題はありません。むしろ生産性が高いので、米の生産量は増えるはずです。
ではこれらの「本当の農家」の主張を、政治家は聞いてくれるでしょうか?
もう一度、上表を見てください。
7ヘクタール以上の農家の戸数は合計で 2.1万戸、20ヘクタール以上に限れば 2千戸しかいません。これでは全く政治力にならないです・・・。
しかも彼らは農水省の減反政策にも苦しめられています。
彼ら“本当の農家”がより多くの米を(安く)作り始めると、米の値段が下がり、効率の悪い“自称農家”の赤字額がより大きくなってしまいます。今は 10万円の赤字ですが、100万円の赤字になるかもしれない。
そうなると、政府が自称農家に払う補填費用も増えてしまう。それを避けるため、農水省はまじめにやってる農家に「減反しろ!」というのです。
農水省が支援しているのは、本業の農家では無く、農業票につながり「農政族」を当選させてくれる自称農家のほうなのです。
もう一度計算しておきましょう。
「美田を息子に残すために、相続のその日まで(死ぬまで)趣味的米作りをやっている自称農家の票」= 1300 万票
[102万戸 × 5人(利害関係者)× 85%(投票率)× 3倍(一票の価値)]*4
「農業で食べている本当の農家の票」= 21万票
[2.8万戸× 3人(利害関係者)× 85%(投票率)× 3倍(一票の価値)]
「東京の有権者のうち投票する人の票」= 659万票*5
こういう現実を知れば、誰が政党の政策担当者であったとしても、所得保障など、まずは極小農家に最も有利な政策を提示し、農業を本当に支えている本格的な農家の人達(=本物の農家)のことなど、眼中にも入れないことでしょう。
民主主義って・・・こういうことなんです。
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*1:番組名は朝日ニュースターのニュースの真相。なおデータの大元は農林水産省の「農業経営統計調査」「農林業センサス」
*2:8月27日付けの日経新聞、経済教室では、同じく農業経済が専門の神門善久明治学院大学教授が、同様の問題について寄稿されています。そこでは、日本の稲作農家 200万戸、うち稲作が主な収入源である農家は 8万戸となっています。なにか定義が違うデータがあるのでしょう。ただし、趣旨は本エントリと同様で、ちきりんが“自称農家”と呼んでいる農家を、神門教授は“偽装農家”とまで呼ばれています。学者の方の言葉遣いとしてはかなり辛辣でびっくりです。
*3:http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin44/pdf/h17sousenkyo_050911_04_01.pdf
*4:一般的には“農業票”は 900万票から 1000万票と言われることが多いです
*5:http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin44/pdf/h17sousenkyo_050911_04_01.pdf