街の風景が変わる

2009年11月26日、日経新聞の一面トップ記事の見出しは「JTB、国内200店閉鎖」だった。200店という数は全体の2割にあたるらしい。流行り言葉を借りれば「販売チャネルの組み替え」であり、旅行は「店舗の窓口で売る商品」から、「ネットで売る商品」に変わっていく。

「何を今さら」という人もいるだろう。しかし、業界最大手の企業が、これだけの規模(既存店舗の2割)で、当然に人員削減を伴うであろう、チャネルの組み替えに踏み切ることの意味は決して小さくない。だからこそ「一面トップ記事」なのだ。

旅行業界に関して言えば、「有人店舗からネット」への本格的なシフトが起るかどうかは、楽天トラベルや一休ドットコムが決めるのではない。JTBの決断がそのレバーを引くのだ。


同じ日の33面には「ネット時代の報道拓く」という記事がある。日経新聞が来春に電子新聞を創刊する、ことの特集だ。まだ料金などの詳細は発表されていないが、構想としては、
・無料と有料のニュースの開示範囲を変える
・過去データのリンク付けなど、ニュース報道に新たな付加価値をつける
・紙の新聞の購読料とのセット販売を促進する
ということらしい。


ビジネスに関する膨大なデータベースを持つ日経新聞ならではの試みだが、果たして今後も「紙の新聞」が生き残ることができるかを決する“最後の試み”になるだろう。

毎日新聞は共同通信に参加し、地方の支局や記者を整理する方向のようだが、さすが朝日新聞と読売新聞は動きが遅い、と変なところで感心する。

最初の記事では「業界最大手のJTBが動くことの意味」を書いたが、ここでは「最も傷の浅い日経新聞が動くことの意味」がポイントだ。


上記のふたつは11月26日の記事だが、その前日の日経新聞12面には「米グーグルの電子書籍 来年、日本で有料サービス」という記事があった。書籍の電子化については世界中で著作権に絡む様々な駆け引きがあり、これからもまだ一悶着ありそうだが、それでも、この1年で相当大きな動きが起きているように思う。


さらに、11月28日号の週刊ダイヤモンドの特集は「ネット通販」だ。昨年、通販全体の売上が8兆円を超え、百貨店全体やコンビニ全体の売上げを抜いているのだが、その通販の中で驚異的に伸びているのが「ネット通販」だというものだ。

そりゃあそうだろう。今や何を探しても楽天市場に引っ張って行かれるし、アマゾンは本から鍋から家電からブーツまで売ろうとしている。生地のアップから様々な方向から撮った写真まで、ファッション雑貨、アパレル販売サイトの拡充振りもめざましい。

あまりに充実した家電の価格比較サイトなどを見ていると、そのうちビッグカメラなどの量販店は「サンプル展示用店舗」になるのではないか、と思える。

それにしても通販売上がコンビニや百貨店の売上げを超えているとはあらためて驚く。しかも5年後には、その二つの合計より大きくなっていてもおかしくない。


上から「旅行」「新聞」「書籍」「一般小売り商品」に関する記事を紹介してきたが、その背景はひとつだ。すべての消費が、街中に存在する既存チャネルからネットにシフトし始めている。そのうち車のような高額商品でさえネットで販売されるようになるだろう。

日本の個人消費は300兆円強だが、そのうちいわゆる「店舗で販売される商品」の合計を100%とすれば、いったい何%がネット販売に流れるのか?その影響は、世の中の光景を一変させるほど大きいだろう。

朝日新聞が潰れますよ、程度の話ではない。古くからの商店街がシャッター通りになったように、「百貨店を中核店舗とするターミナル駅近隣の商業圏」や、この10年で日本の隅々にまで増殖した大規模な「ショッピングモール」が、その姿を変えてしまうかもしれない。


めっちゃ、おもろいやん!


と思います。「マーケティング」ということの概念も大きくかわるだろう。ちきりんがずうっと前にビジネススクールに学んでいた時、マーケティングの基礎を学ぶこととは「コトラーのマーケティングの本を読む」ことだった。

しかし今や「ネット販売についてのマーケティング」を学ばずしてマーケティングを学んだとは言えないだろう。そして「ネット上でのマーケティング」とは、大量のアクセス・トラフィックを専用のソフトで分析することから始まるものであり、それらは今までの伝統的なマーケティング分析とはかなり異なったものとなる。

広告論や販売手法に関するノウハウも同じだ。5年前にそれらを学んだ人の知識は、これから一気に時代遅れになるだろう。


今、起っていることは「普通の人がネットでモノを買い始めた」ということだ。一部のネットやITに詳しい人ではなく、「マス」が動き始めたということだろう。そしてそれは「人の行動が変わった」のではなく、「世代交代」ということから起っている。

すなわち、若い頃からネットに触れてきた世代が、40代になりはじめ、消費の大層がそれ以降の世代によって担われるようになってきたのだ。

今はまだ、日本の貯蓄を独占する60代以上の人達はJTBの窓口で旅行を申し込んでいる。だから、JTBは残す店舗をそういう人向けにチューニングしていくだろう。「高級感のあるカウンターでベテラン社員が高額クルーズのご相談をさせていただくための店舗」だ。

しかし、そういう店舗の寿命も既に見えている。今の40代が60代になりかける15年後には、それらもネットを通して売れるようになっていくだろう。

(12/2追記:三越は社員の4分の1が早期退職すると発表した。“社員の4人に一人”が退職する事態は、まさに百貨店という“店舗”が直面している危機を象徴している。)


NOVAは一足早く潰れてしまったけれど、英会話学校なんて10年後に存続し得ると思えない。今やスカイプを使って、家でいつでもネイティブの講師(もちろん日本にいるわけではない)とチャットしながら英語が学べる。「英会話学校」という「店舗」など要らないのだ。当然、そんなものを地価の高い日本に維持するコストをのぞけば、その料金は今より圧倒的に安くなる。


ネットは「街の風景を変える」だろう。


というのが、今日の結論だ。販売という機能を失う店舗に求められる(新たな)機能とは何なのか。「販売」ではなく、なんらかの「販売に伴う付加価値を提供する場所としてのリアル店舗」はその存在意義を急速に先鋭化することになるだろう。「チャネルマネジメント」という言葉の意味も大きく変わるはずだ。


これはちょっとおもしろいじゃん。


と思う。