政策こそネットでチェックするべき?

過去2回のエントリで“横の壁”と“縦の壁”について書いたのですが、ふたつのエントリは綺麗に、“理論と実例”となっています。二つ目の“縦の壁”のエントリに関する読者の方の反応に、“ネットにおいて横の壁が低すぎるため、無意識に壁を乗り越えて集まった様々なセグメントの方の意見”をみることができるのです。


具体的には、既存の社会で下記のように分断された3つのセグメントがあります。


それらの方々がネット上のブログでは同じエントリを読み、それぞれのコミュニティの常識に基づいてコメントをつぶやいていらっしゃいます。



ちきりんが社会人になってすぐの頃、先輩から「月曜の日経新聞の一面記事には、世間の意見を聞くための記事が多いんだよ」と教えられました。土日は経済活動の多くが止まるため、月曜日は記事が少ない。そこで余った紙面スペースに官僚や政治家が「国民の意見を聞きたい政策案」を載せて、国民の反応をみる、という話です。

「消費税アップを政府内で検討しはじめた」とか「国民統一番号制度を○○年から導入か」みたいな記事を官僚や政治家側がリークすることによって日経の月曜日一面に載せる。それにたいして、企業や一般の人から「とんでもない!」という大反発が起きるのか、静かに納得してもらえるのか、はたまた無関心にスルーされるのか、という反応を見て、その政策が国民に受け入れてもらえるか、次の選挙に響くかなどの参考にするわけですね。

当時、なんでこんなことが可能か(可能だと思われていたか)というと、「経済政策に意見を持っていて文句を言う可能性のある人は、たいてい日経新聞を読んでいる」という前提があったからです。

横の壁のエントリで書いたように、既存メディアは特定のセグメントだけが読んでいるので、情報の発信者は意見を聞きたいセグメントが読んでいるメディアに、その情報を発信すればよかった。酒タバコに関する政策変更(分煙に関する法律や税制など)についてなら、一般(男性)週刊誌に広告や情報を載せて、より関係の深いセグメントの意見を集める。これも同じ方法ですよね。

ところが、状況は大きく変わりつつあります。現在では起業するなど活発に経済活動を行っている人でも日経新聞を読まない人はたくさんいます。すると日経にリーク記事を書いてもらっただけでは世間の意見がもれなく集められません。


既存メディアを使った“世間の意見の調査”においては、下記のプロセスがふまれます。

(1)どのセグメントの意見を聞きたいかを考え、
(2)そのセグメントが読んでいるメディアを特定し、
(3)そのメディアに情報を載せて、反応を見る

しかし、最初から「この案件に関係するセグメントはこういう人達だ」ということが理解できていないと、この方法は使えません。


このことが引き起こした大失敗が、電気用品安全法(PSE法)問題です。中古の電気製品に特定の安全チェック検査を義務づける法律で、2006年以降はその検査をうけていない中古品の流通が禁止されることになりました。しかし、かなりの高値で取引されることもある昔の名器的な楽器の流通市場が消滅してしまうとか、中古家電を売っているリサイクル店はみんな倒産するぞ、というような問題が直前にクローズアップされ、法律は事実上の失敗法律と認定されました。(経済産業省も立法の失敗を認め、その後の改正などが行われています。)

この問題が、霞ヶ関が立法を行う時にどうやって「世間の意見」を取り入れているか、という方法論の話とつながります。彼らは日本を代表する家電メーカーとは太いパイプを持っていて、一緒にエコポイント制度を設計するなど、しょっちゅう一緒に制度を考えています。

しかし彼らのセグメントには、「霞ヶ関と経団連大企業」だけが含まれており、廃品回収業に近いような中古リサイクル店や、アンティークの楽器を愛でるロックミュージシャンは、そのセグメントに含まれる人ではありません。そういうセグメントの存在さえ知らなかったので、「彼らが使うメディアを探して、そこで意見を問わないといけないね」という発想さえ無かったのでしょう。


であるならば、すなわち、「そもそもこの法律に関係するセグメントには、どんなセグメントがあるの?」ということ自体がわからないのであれば、セグメント間の壁が薄いネットメディアに情報を流せばよいのです。

ネットはそういう使い方に向いてるんです。ターゲット層が決まっているなら固定セグメントと強固に結びついた既存メディアを利用し、「どんなセグメントの人がいるの?」も含めて調べたい場合は、横の壁が低いネットメディア、と使い分ける。

もちろんまだまだネット自体を使わない人もいるので社会全体がカバーできるとは思いませんが、それでも多くの人に影響のある政策立案の場合はまさに後者のやり方が向いているのではないでしょうか。


過去においては、政府の政策に反応する人の多くが日経新聞を読んでいたのでしょう。でもいまやそんな時代ではありません。価値感は多様化し、意見を聞くべきセグメントを最初から特定することさえ難しい時代になりました。霞ヶ関からは見えないセグメントがあちこちで増殖しているのです。

であれば、「こういう法律や制度を作る予定なんですけど」とネット上で問えばいいのです。そうすれば放っておいても様々なセグメントの人が集まってきて、勝手に文句をつけたり、驚愕したり、時には炎上させてくれます。大問題だ!とコメントをつけてリツイートしてくれる人達もいるでしょう。それにより「おお〜、こういうセグメントがあるわけかあ!」ということがビビッドにわかります。


セグメントの壁に守られた“ターゲットメディア”と、横の壁が非常に低い“アンターゲットメディア”、使い分けるのが大事かもって思ったよん、というお話でした。


そんじゃーね