“ガイアの夜明け”というテレビ番組で、“膨張する中国ニセモノ”という特集を見ました。
中国には日本の家電や欧州のブランドもの、ハリウッドの映画までニセモノが溢れていますが、それらの商品が今や中国から更にアフリカにまで輸出されている、という話でした。輸出と言っても大がかりなものではなく、アフリカの個人商人が中国にやってきて買い付け、船便で送るというスタイルで、中には不良品をつかまされる商人もいるようでした。また、おきまりの「中国のコピー品と戦う日本メーカーの知財部」も登場していました。
この番組をみてちきりんが感じたのは、“グローバル市場とグローバル市場の戦い”ってことでした。“新たに勃興したグローバル市場が、先進国主導の元祖グローバル市場に挑戦している”ように思えたのです。
そもそも中国の工場がなぜコピー品をつくる能力があるかといえば、最初に欧米や日韓の企業が中国に工場を建てて、そこで商品(正規品)を作ったからです。中国で製造するために、調達ルートを整え、製造機械を現地に持ち込み、働く人を訓練して、出荷・販売のルートや手法まで確立した。その結果、中国の工場は「本物を作る能力と仕組み」を一式、手に入れました。そしてそれは同時に「偽物を作る能力と仕組み」を一式、手に入れた、という意味でもありました。
ちなみに、メーカー直営工場は別として、下請けの下請けくらいの工場だと“正規品を作っている工場が、非稼働日や真夜中にラインを動かしてニセモノを製造する”という例もあるくらいで、この場合、製造というプロセスに限ればニセモノと本物は実際はなにも違わないんです。
また日本メーカーの中には、ニセモノを作っている工場を摘発しようと見つけ出したところ、その工場の生産性が非常に高いことに驚き、「ニセモノを作るのをやめて正規の工場として契約しないか?」ともちかけた例さえあると聞きます。時にニセモノか本物かというのはそういうレベルの話であって、つきつめれば真偽の差は“発注元メーカーのauthorizationの有無のみ”だったりするわけです。
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さて、そもそもなぜ欧米、日韓の企業が中国で製造するようになったかというと、「中国人の人件費で作って欧米・日韓の物価で売ることで、より大きな利益を得たい」と思ったからです。日本で作るとコストが3000円、売価が4000円なのに、中国で作ればコストが1000円になり、値下げして3000円で売っても利益は倍になる。値下げで販売数が増えれば、利益は倍以上になるでしょう。
グローバル市場における物価の違いを利用して利益を増加させようとした。つまり“裁定取引”による利益を狙ったわけです。そしてそこで生み出された利益を株主へ配当し、欧米や日韓の本社で働く自国民の高い給与にも充当しました。これがいわゆる“グローバリゼーション”です。今日はこれを“ひとつめのグローバル市場”とよんでおきましょう。
次に裁定取引市場の特徴です。こういう市場では、裁定機会が縮小して最終的に消滅するまで次々に新たな裁定者がでてきます。中国で一個1000円で作ったものを、発注元の欧米・日韓企業が先進国で3000円で売っているとすれば、「じゃあ、オレ達はこれを2000円で直接売ろう」と思う人がでてくるのはごく自然な話です。
ここでもしも欧米・日韓側が最初から2000円を大きく下回る価格で売っていたら、中国側はニセモノを作るインセンティブが得られません。摘発の可能性、没収の可能性、ニセモノ工場だっていろんなリスクを織り込んで商売をしているので、1000円で作ったものを1200円でニセモノとして売る、では商売が成り立たないからです。
つまり、ニセモノ市場が発生する理由のひとつは、“欧米・日韓の発注企業の鞘抜き額が大きすぎるから”だと言えます。あまりに大きな額を抜こうとするから“一定のリスクをとってその中間価格でニセモノを売る”という商売に経済合理性が発生してしまうのです。
メーカー側は「“あまりに大きな額”なんて抜いてない。正当な開発費分だ!開発の苦労分を価格に上乗せするするのは当然だ!」と言うかもしれませんが、日本における開発者や本社の人件費&諸費用のレベルを前提としての“正当性”なんて、それこそグローバル市場において正当化できません。
さらに、製造業者が販売者として市場参入したことで価格が大幅に下がり、そもそも正規品の市場が成立し得ないアフリカにまで新たな市場が作られはじめました。この派生的に発生した市場は“二つ目のグローバル市場”とでも呼ぶべきものです。
もちろん「そういう行為は知的財産権を尊重していない。違法だ」と欧米・日韓側が自分達の法律に基づいて訴えるのは当然だし、正当な行為だと思います。しかし、そのニセモノの摘発や撲滅にかかる費用、手間は発注側が負担するわけで、摘発側もまた“経済合理性の範囲でしか摘発しない”という行動をとります。
つまり、相当大規模に、かつ“自社商品を買ってもらえる可能性のある市場”においてコピー品が出回った場合だけ対策をしているのが現状であって、そもそも自社製品を買う余力もないアフリカの国までいってコピー品を摘発することのコストを正当化することはできません。
「法律でニセモノビジネスを潰すべきだ」という主張は正当ですが、正規品メーカー側だって経済合理性がないと思えば法律違反を敢えて見逃しているんです。つまり、ニセモノ工場側だけでなく発注側メーカーもまた、法律ではなく経済合理性にもとづいて判断や行動をしています。
まとめれば、「欧米・日韓の企業が製造コストと販売価格の間に大きな(大きすぎる)差を設けている限り、ニセモノはなくならない」ということです。
となると、ニセモノがなくなるのは、中国で知財法が厳しくなった時でも、中国人が知的財産の概念に目覚めた時でもなく、たんに“製造コストと正規品の価格差が小さくなり、ニセモノビジネスが経済的に旨味がなくなった時”だということです。別の言葉でいえば、ニセモノ市場を潰すのは、(知財法などの)法律ではなく、市場合理性であるという話です。
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では今後、発注元企業は“鞘抜き額”を小さくしようとするでしょうか?もし、中国側に自社製品として同様の商品を売り出すメーカー(ニセモノメーカーではなく)がでてきて、その企業が製造価格のすこし上に販売価格を設定し市場を侵食しはじめたら・・・発注元企業も販売価格を下げることを迫られるでしょう。自国より圧倒的に成長率が高い中国市場でシェアを奪われるのは大きな問題です。
つまり、“中国で作ってアメリカで売る”なら今の価格設定でもいいですが、中国で作って中国で中国人向けに売りたい!と思えば、販売価格は下げざるをえなくなります。(インドで車を売りたければタタ自動車の価格との整合性が求められる、という話です。)
そうなると次はどこに影響がでるでしょう? 現在、“中国製造・先進国販売”というグローバル裁定取引から生まれた利益は、一部が株主へ配分され、一部が本社で働く先進国の人の給与として支払われています。
なので、まずは開発部門を含めた自国本社の人件費を、製造国の人件費と同じレベルまで下げる必要がでてきます。本社機能を一部、海外に移転するとか、現地人に事業の一部を担わせる(管理職や経営者を日本人ではなく現地人にする)という話です。最も極端な例で言えば“本社の海外移転”ですね。
あと、投資家が要求する期待値を充足するためには、利益率が縮小した商品を販売数の増加で埋め合わせるしかありません。そうなると“消費者の数が多い市場”への進出が不可避となります。ひとことでいえば、ターゲット顧客層を(日米欧だけでなく)インドや中国、アフリカを含む40億人に据え直してビジネスを再構築する、という話です。
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中国のコピー品市場、それがアフリカにまで拡がって新たな市場を作り始めているというのは、「欧米、日韓の企業がグローバル裁定を利用してボロ儲けしていたら、製造工場側もグローバル裁定市場に参入してきて儲けようとし始めた」ということを意味してします。ちきりんには、この話は“知的財産保護の問題”などには思えません。これは“市場の合理性”の話、“市場がグローバルに効率化していくプロセスそのもの”に思えます。
“先進国企業による、グローバル市場を活用した裁定取引”の時代が過去10年であったとしたら、、次の10年は“途上国企業による、グローバル市場を活用した裁定取引”の時代になるのかもしれません。こういう市場のダイナミクスは考えるだけでワクワクします。人は市場を“活用”はできるけど、市場を“コントロール”したりはできません。これから何が起こるのか、めちゃおもしろい。
そんじゃーね。
関連過去エントリ
・グローバリゼーションの意味 - Chikirinの日記