あたしは常々「ツイッターはすごく市場的だ」と言ってます。
価値あることを呟いたりリツイートしていれば、無名の人でもフォロワーが増える。
反対にそうでなければ、少々有名だったりテレビに出たりしていても、フォロワーは増えない。
フォロワーの数は、その人の価値を表す株価のようです。
もうひとつ、ツイッターの市場性を高くしているのが、ブロック機能です。
発言が評価されてフォロワーが増えるという方向とは反対に、「この人とつきあいたくない」と思われると、どんどんブロックされてしまう。
この機能も極めて市場的。
人気のないお店は客が来なくなり、淘汰されるのが“市場的”というのと同じ意味でね。
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市場には、フィードバック機能があります。
たとえばブロックされた人は、ブロックされることで初めて「自分の発言が他者にどう聞こえるのか」について、学ぶことができます。
実生活ではそういう機会はほとんどないため、これはとても貴重な学びの機会です。
たとえばAさんがBさんにブロックされた場合、Aさんは、「あっ、こういう発言をするとブロックされるんだ!」って学べる。
そしてその後は、(他の人にもブロックされたくないと思うなら)どのように発言すればいいか、考えることができます。
でもリアルな環境だと、こういう明確なフィードバックはなかなかもらえません。
リアルな環境では、Bさんは“すっとその場を離れる”とか、“次回からAさんの近くにやってこない”という行動をとるだけなので、Aさんは自分が“ブロックされている”ことにさえ気がつけないんです。
ネット上でいろんな人からブロックされている人は、リアルな社会でも周りの人から密かに距離を置かれている可能性が高いと思います。
でも、リアル社会では、そのことは本人にはほとんど伝わりません。
それがわかるのは、あからさまに「お前、嫌い!」と言い合うような小さな子供の世界だけで、
大人の社会では、相手に対して明示的に「私はもうあなたとコミュニケーションしたくありません」と伝えるなんて、ほとんどないでしょ。
そんなことするの面倒だし、文句言われて逆ギレされたら鬱陶しいもん。
だからリアルな世界ではは、人はなぜいつも他者が自分から去ってしまうのか、なぜ自分のネットワークはあまり拡がらないのか、いつまでも理解できないんです。
ところがツイッターなら明示的にブロックされるから、それらがすぐに理解できます。
「なんと! こういう言動をすると、コミュニケーションを拒否されることもあるのか!」って。
なお、「なぜブロックされたのかわからない」と言ってる人は、昔、学校で散々弱い子をいじめておきながら、「いじめた記憶はない」って人と同じです。
イジメに関しては、多くの場合いじめてる側はその意識が薄い。
同窓会で自分をあからさまに避ける人がいたとしたら、その理由は「いじめられた側だけが、それをよく覚えているから」でしょう。
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なお、自分の言動の結果、誰かに拒否されたとしても、言動を変える変える必要などない、と考える自由は誰にもあります。
「いくらブロックされようと言いたいことを言う」のもひとつの考え方だから。
特にネット上では、同じようにブロックされた人同士が集まり、それらの人だけで仲間の輪を形成することも可能ですからね。
なのでリアル社会とは異なり、「他者に拒否された自分」でも仲間を見つけられます。そういう仲間と快適に過ごすというのも、ひとつの選択肢なのです。
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大事なコトは、ネット上ではブロック機能のおかげで「言動を変える、変えないというふたつの選択肢が自分側にある」「その選択をするためのフィードバックが明示的に得られる」ということです。
これがリアル社会とは異なる、ネットコミュニティの大きなメリットだと思います。
リアルな社会だとフィードバックが直接的じゃないから、選択肢がふたつあることにすら気づかず、言動を変えるチャンスを逸して、いつのまにか 100人もの人が自分を避けている・・・みたいなことが起こりえるし、
それに気づいた時には既に手遅れで、リカバーができなくなってたりもします。
昔、尊敬する上司が言ってました。「厳しいことがどんなにやさしいことか、そのうちわかる」と。
誰かに拒否されたことがわかるツイッターと、それがわからないリアル社会と。どちらが「やさしく」どちらが「厳しい」のか。
実は「明示的に拒否されたことが分かるネット社会」のほうが、よほど優しい社会だとも言えるのではないでしょうか。