よく聞く「ゼロベース思考」の意味は、「固定観念や既成概念にとらわれることなく考えましょう」というもので、ちきりんも『自分のアタマで考えよう』の中で「知識と思考の分離」と称して同じことを言っています。
ですが、「ゼロから考える」という思考手法には、もうひとつ重要な側面があります。それは、「既存制度を前提とせずに、あるべき論(あるべき姿)を考えよう」というものです。
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たとえば税制について考える時、「消費税が低所得者に不利というのはホントなの?」と考えるのが前者です。
「消費税は逆累進的だから低所得者に損な制度」というのは“常識”らしいので、それに「ほんと?」と疑問を投げかけるのは「固定観念や既成概念に疑問をもつ思考」です。(これはこれで重要です)
一方、「既存制度を前提とせずに、あるべき論を考える」というのは、「自分は、そもそもどういう税制が望ましいと思っているのか」と考えることです。
たとえば「税金なんて一切不要」というのもひとつの考え方です。この人は「税金のない社会」(=国家というものが成立する以前の原始社会みたいな?)を「あるべき姿」として唱えているわけです。
他にも「税金は消費税一本でいい!」という考え方もあるし、「収入全部、国家が召し上げて必要に応じて配分すべし!」という考えもありうるでしょう。後者は税率100%であり、共産主義的な制度となります。
これらの「あるべき姿」には“現実性”はありません。だからといって「あるべき姿を考えること」に意味がないわけでもないのです。
現実を離れ「もしも、なんの移行措置も考える必要がなく、かつ自分が全権をもっていたら、どんな制度にしたいか?」について考え、それを語れば、その人が目指す方向にどんな世界があるのか、明確になります。
そしてそこから、その人の「制度設計の思想」を読み取ることができます。
たとえ現実的には「現状の制度をどう修正するか」について議論する場合でも、議論する人がそういった「自分なりの基本思想」をもっていることはとても重要です。
思想のない人に制度設計をやらせると、話があっちゃこっちゃにぶれ、常に“足して二で割る”結論になってしまうからです。
★★★
ちきりんは、みんな「自分の本丸」についてくらいは、一度、最低でも1日くらいかけて「あるべき論」を考えておくべきと思っています。
たとえば学生なら、「もしも自分がゼロから大学を設計できるとしたら、どんな大学を作るだろう?」と考えてみてほしいのです。
全権が自分にあり、なんの制約もなく制度設計をしてもいいといわれたら、どんな入試を行い、どんな基準で先生を集め、教える科目は何にしますか?具体的な選考方法を考え、必須授業の科目名やシラバス、想定教授のプロファイルを書きだしてみるのです。
「日本の大学もアメリカの大学みたいにこうすべき」とか、「もっとこういう授業をやってほしい」というのは、「現状を修正する意見」です。そうではなく、「法律も文部省の規制もなんも考えなくていいから、自分がこうあるべきと思える大学を作れ」と言われたら、どういう大学を作るのか?
そう考えるのが「あるべき論を考える」ってことです。
社会人も同じです。周りに会計士の人がいたら、「企業会計と監査制度って、ゼロから設計したらどうあるべきだと思う?」って聞いてみて下さい。最近の司法制度にぶーぶー文句を言っている弁護士に「あなたがゼロから司法制度を設計できるとしたら、どんな制度を作るの?」って聞いてみればいいんです。
もちろん一般企業で働く人でも同じです。「この業界のやり方は古すぎる。もう持たない」と言っている人がいたら、「じゃあ過去のしがらみを一切離れて貴方がゼロから設計できるとしたら、どんな姿が理想なんですか?」と聞いてみましょう。
ちきりんは今までこの質問をいろんな人に聞いてきました。自分の専門分野であっても「あるべき論」を考えたことがある人(したがって、すぐに答えられる人)はそんなに多くありません。というか、「あっ、一回も考えたことがなかった!」という反応の人はまだ“マシ”な方です。
一部の人は、「そんなこと言ってもいろいろ制約もあるし」「それは法律で決まってるんで」・・・など様々な理由をつけて「あるべき論を考えることさえ拒否する」んです。
「どうせ変われない理由があるんだから、あるべき論を考える必要はない」という発想は、典型的な「思考停止」です。
せめて自分の業界、自分のビジネス、自分が所属する組織に関してくらいは、「自分がゼロから設計できるならこうする!」という意見を持っておいてほしいです。
ちなみにみなさんは「自分がゼロから税金制度を作っていいよ」と言われたら、どんな税制を作りますか?
「ひとりで、ゼロから教育制度を作っていいよ」と言われたら、どんな学校やカリキュラムを作りますか?
「賛成!」「反対!」ではなく、そういう意見を持つことこそが、大事なんだと思います。