「クラウドソーシングが未来の働き方を変える」シリーズ、今日は、企業からみたその意義について、(コスト削減ではなく)オープンイノベーション & オープン・プロブレムソルビングに関する事例をご紹介します。
参考図書は下記です。
クラウドソーシングの衝撃 雇用流動化時代の働き方・雇い方革命 (NextPublishing)posted with amazlet at 15.12.17比嘉邦彦 井川甲作
インプレスR&D (2013-06-21)
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イーライリリー社は、2001年、研究開発上の問題解決のために、INNOCENTIVEというクラウドソーシングサイトを立ち上げました。同社は世界トップ10に入る(武田薬品工業より大きな)製薬会社です。
このサイトでは現在、様々な企業が自社内で解決できなかった問題を公開し、それにたいして優れた解答を提示した登録メンバー(SOLVERと呼ばれています)に報奨金が払われます。
2012年時点で 200ヵ国(世界のほぼすべての国!)から 25万人が登録しており、これまでに 1200万ドル(約12億円)の報償金が支払われ、(ちきりん的にはこれがすごいと思うのですが、)課題の解決率はなんと 50%を超えています。
ちなみに企業が提示する課題は、「浮遊粒子の中から、イソジアン酸を発見する方法を知りたい」といったレベル。もはや私には、これがどれくらい専門的なのかさえわかりません。
このサイトの価値は、「ある分野で、業界のトップ企業が解けずに困っている問題でも、他分野の研究者や技術者が簡単に解決できる場合がある」ことを利用し、異分野技術の活用によって研究開発の生産性を向上できる点にあります。
たとえば上記の本では、イタリアの殺虫剤工場で品質管理を担当していた女性が、消費財メーカーの研究開発上の問題を解決した事例が紹介されています。
実際、機械系メーカーには機械系技術者が、製薬会社には化学系研究者が、パソコンメーカーにはIT技術者が集中して在籍しています。でも、何か画期的な製品を創りだそうという時、他分野で一流の人が持つスキルや知識が有効なことは、よくあるはず。
こういったサイトの回答者には、研究者・技術者だけでなく、学生や、特定の溶剤を何十年も使って商売をしてきたという塗装業者だったり内装業者だったりみたいな人たちも含まれます。
引退した科学者、家庭に入ってしまった元技術者の女性、先進国とはまったく気候条件が違う地域で、昔から使われてきた伝統的な手法を知っているふつーの人などが、世界企業の最先端課題を解決できる可能性さえあるのです。
しかも INNOCENTIVE では、問題を解決した人の73%が、最初からその解決方法を知っていたと回答しています。
発注側だって、一流の研究者を多数抱える技術系企業なんですよ。そういう人たちが「自社内で解けない」といって公開した問題の 50% × 73% = 4割弱の解を、世界のどこかにいる誰かが(すでに)持っているのです。
このようにクラウドソーシングは、企業内の単純作業コストを劇的に下げるだけでなく、研究開発分野の生産性をも劇的に向上させるプラットフォームになりえます。
先日、コスト削減に関するエントリでも書きましたが、欧米のライバル企業がこういった手法を使って研究開発を進めるのに、日本企業が相変わらず、自社や協力会社の技術者だけと一緒に研究開発をしていて、それらのライバル企業に太刀打できるのでしょうか?
もしもあなたが技術者で、「これさえできたら、実験のコストが大きく下がるのになー」とか、「この部分だけがネックなんだけど、いい方法が見つからないかなー」と思っていたとします。そういう時、こういうマーケットを使ってみたいと思いませんか?
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さらに、単純作業のクラウドソーシングを画期的な新商品開発に活かすことも可能でしょう。たとえば、食品メーカーがインドで受け入れられる食品を開発したいと考えたとします。
彼らが日頃、どんな食品を食べているのか、家にはどんな食材や調味料があるのか、そういったことを知りたいと考えた時、今ならどんな方法でそれを調査するでしょう?
こういった調査に、インド専門のマーケティング会社を雇って調査を依頼したり、グローバルなコンサルティングファームを雇えば、コストは安くて数百万、時には数千万円に上ります。
しかし、クラウドソーシング市場を使って、「インド家庭の冷蔵庫を開けたところの写真を撮って送ってくれたら一枚1ドル」とか、「食卓の写真を毎日撮って送ってくれたら、一枚0.5ドル」といった発注をかければどうでしょう?
GPSスタンプ付の写真なら、地域まで特定でき、どの地域で、どんな食材が、どのように食べられているのか、専門の調査会社に依頼するよりはるかに安く、しかもめちゃくちゃ早く、ビビッドな情報が手に入るはずです。
洗濯機を開発しているなら、「洗濯の様子をスマホで写真にとってアップしてくれれば一枚 0.5ドル」でもいいでしょうし、アパレル企業なら「あなたのクロゼットの写真を撮って送ってください」でもいい。
医療機器メーカーなら、インドや中国やアフリカの開業医に向けて「診療所の写真を送ってほしい」と呼びかけるのもありでしょう。どんな環境でどんな機器が使われているのか、写真なら一目でわかります。
写真を1ドルで1万枚集めても、たった100万円です。専門の調査会社を雇うコスト、社員ひとりが現地に出張するコスト、現地事務所を開くコストと比べても、格安ですよね。
P&Gがこうやって、世界各地の人が求める商品の情報を、スピーディにビビッドに低コストで集め始めた時、花王とライオンはそれに対抗できるのでしょうか?
韓国や中国の飲料メーカーがこうやって、南米やアフリカ向けの商品開発を始めた時、日本の飲料メーカーは(社員を現地に出張させたり、商社と協力して現地情報を集めるくらいの方法で)それに対抗できるのでしょうか?
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私たちの未来の働き方はどう変わっていくのか、クラウドソーシングなどの新たな動きも踏まえ、「未来の働き方を考えるためのソーシャルブックリーディング」 (ツイッターで話し合う機会)を、2013年 9月14日(土)の午後から夕方にかけて、開催します。
みなさま、ぜひご参加ください。