医療って何なのか、ちょっとは知っておきましょう

ホテルのプールサイド@クアラルンプールで読んだ本がおもしろかったのでご紹介。

2011年にでた本で、私が買った昨年の段階で既にベストセラーになっていました。長い間“積ん読く”になってたのですが、今回ようやく読み終えました。


大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)
中村 仁一
幻冬舎
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著者の中村仁一氏は 1940年生まれ、京大医学部卒で、現在は老人ホームの付属診療所の所長です。

本のタイトル『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を文字通り受け取ると、現代医療への不信を煽る本にも思えますが、内容的には、サブタイトルである 「自然死」のすすめ の方が正確です。


病院好き、薬好き、予防や“早期発見”大好きの日本人に、医療を過信するな、命と健康に関する決定権を他人(病院や医者)任せにするなと説き、人間が生き、病気になり、老いて死んでいくというメカニズムの本質を、ユーモアたっぷりに説明されています。

毎年毎年、律儀にインフルエンザの予防接種を受け、それでも罹患したらすぐに病院に行ってタミフルを処方してもらってるという方には、目から鱗が落ちる内容かもしれません。


解熱剤で熱を下げたり、咳止めで咳を止めたり、下痢止めで下痢を止めると、病気の治りが遅くなることは、最近はよく言われています。

傷口をむやみに消毒しないほうがよいことも、一般の人に知られ始めています。

それらを含め、病気とそれに対する治療方法のメカニズムを包括的に理解できる良書です。


★★★


以前は成人病と呼ばれていたものを“生活習慣病”と呼び換えることで、「病気になったのは自己責任だ!」=「お前の生活習慣が悪いから病気になったのだ!」という思想が導入されたという指摘には“はっ!”としました。

健康診断の基準値は「健康な人の 95%がこの範囲内の数字である」という値に設定されているので、反対に言えば、5%の人は健康であっても検査結果が基準値を外れてしまう。

したがって、2項目の検査結果が両方、基準値内の人は 0.95 の 2乗で 0.9025(90.25%)しかいないし、30項目の検査を行えば、定義上 8割の人がなんらかの数値で「基準値外」と指摘されることになる、とか、

抗がん剤が認可される基準なども、数字での説明があるため、とても説得力があります。


特に、高齢になってからの病について、その多くが「老いという自然現象」であるにもかかわらず、「それは病気である」 → 「したがって治療をすべきであり」 → 「治療をすれば治る可能性がある」と続くロジックの微妙さ(欺瞞?)の指摘には、深く頷けます。

自分が「老いている」と認めたくないため = いつか必ずやってくる死への道を順調に進んでいるだけなのだと認められず、「これは老いではなく、病気なのだ。だから治るはずだ。お前は医者なのだから治療して完治させてくれ。それができて当たり前」という気持ちにつながるのかもしれません。


また、自分で意思決定ができなくなったとき、延命措置は不要と考える人もいますが、延命措置とは具体的にどのような医療行為のことなのか、それらを拒否すると何が起こるのか、ちゃんと理解している人はどの程度いるでしょう?

著者は「いっさいの延命措置を拒む」というイメージ的な意思表示ではなく、それぞれの医療行為の意味を理解したうえで、何は許容し、何は拒むのか、明確にしておくべきと説きます。(各医療行為の説明も載っています) 

さらに(こんなこと、考えたこともなかったので驚きましたが)「救急車を呼ぶ」ことは何を意味するのかについても、理路整然と語られます。


★★★


今 30代、40代の方は、自分が深刻な病気にかかる可能性はまだ低いでしょう。でも 10年以内に、自分の親がそういった状況に直面する確率は低くありません。

そしてその時には、病気にかかった親本人ではなく子供である自分たちも、否応なく治療の方針決定に関わることになります。

たとえ今は両親が健在であっても、父親が倒れれば、母親の多くは、息子や娘に助言を求めます。

医療機関は手術を含め様々な医療行為に関して、リスクを説明したうえで家族の同意を(明示的に)求めてくるため、母親も自分ひとりでは判断ができなくなるからです。

その時、どういう判断を下すのか。どういうアドバイスを(母親などに)するのか。


親が倒れたという一報は、必ずしも親孝行を尽くしてきたわけではない(年齢だけは十分に大人であるはずの)息子・娘たちをパニックさせます。

病気や医療行為や薬について、ネットで急ごしらえの勉強をすれば、それらの内容やリスクはある程度、理解できるでしょう。

けれど、判断に必要なのは治療方法や薬に関する知識ではありません。


必要なのは、老いるということ、病気になるということ、死ぬかもしれないということを、どう受け止めるかという覚悟であり、それにたいして“自分は”どう対処するかという方針です。

ビジネスパーソンの多くは、自分や家族が大病をしたときにはじめて医者や病院とかかわりを持ち、病院という場所とそれまで自分が生活してきた世界の常識の違いに驚きます。(文末の過去エントリをご覧ください)

妻を出産途中に亡くした夫は、「出産で死ぬなんてありえない。どうしてくれる! 訴えるぞ!」と病院に詰め寄り、医師側は(言葉には出せないけれど)「出産とは命がけの行為なんです」と考えている。

ベースとなる考え方が大きく乖離した世界において、医療行為について、治療方法について、自己決定を貫くのは容易ではありません。


生きていくうえで、自己決定が大事と考える人はたくさんいます。誰かに指示された通りに生きていきたいなんて、思ってないですよね? それを突き詰めれば、病気になった時の治療に関する決定権も、自分で持っていることが必要になります。

本書の内容を鵜呑みにする必要はありませんが、そういったことを自分で考えるための基本的な知識が手に入ります。


自分が、そして自分の大切な誰かが大きな病気になる“前に”読んでおくといいんじゃないかな。


そんじゃーね



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<過去関連エントリもぜひご覧ください>
すれ違う前提(医療編)