欧州の行動原理とその目指すところについて

中東シリアやアフリカから欧州に押し寄せる難民について、先日 こちらのエントリ 「国境が壊れる! @欧州」 を書きました。

ヨーロッパは相変わらず大わらわのようですが、ここにきて次々と始まったのが、欧米先進国の積極的な難民受け入れ表明です。


続々と鉄道駅に到着する難民を、数千人ものドイツ人が歓迎したことを称賛し、「難民に優しくしたことを謝れというなら、そんな国は私の国じゃない」とまで言い切ったドイツのメルケル首相。

今後 5年間で 2万人を受け入れると表明したイギリスのキャメロン首相に、来年からシリア難民 1万人を含む 8万人以上を受け入れると発表したアメリカ。(通常の受入数は全体で 7万人程度)


アフリカ側からボロ船で押し寄せる難民を、人道的措置として救助しまくってるイタリアに、難民受け入れに難色を示す旧東欧諸国を「同じ価値観を共有できないなんて、共同体のメンバーとは言えない」と一括したフランスのオランド大統領。

欧米のトップは、なぜここまで難民受け入れに積極的なんでしょう?


ご存じのように、これらの国では近年、急増する移民や海外からの労働者が引き起こす様々な社会問題が頻発し、国民感情としては必ずしも「移民・難民の受け入れ、大歓迎!」ではありません。

自分の国に他国の人を受け入れたくない、治安が悪くなりそう、テロが起こるのでは? といった不安や嫌悪感は、アメリカを含むすべての西欧諸国にも根強く存在しています。

つまり難民の大規模な受け入れは、必ずしも西欧の政治家にとっても「確実に選挙にプラス」なわけでもないんです。

それなのにナゼ欧米先進国はここまで積極的に、難民の受け入れを表明するのでしょう?


★★★


その理由として考えられるのは、

1.純粋な人権意識から

欧州には学校で人権について深く学んできた人も多いし、移民や難民の支援をする NPO も多々あるので、純粋に「助け合うべき!」と考えてる人もいるんでしょう。

また、キリスト教的な価値観からの、弱者保護の意識もあるのかもしれません。


これは、最も「性善説」側にたって考えた理由ですが、とはいえ、それだけでここまで積極姿勢になってるとも思えませんよね。他には一体どんな理由があるんでしょう?

2.国際人権コミュニティでの“物言う立場”確保のため

欧米は、中国やトルコなどにたいして「他民族を迫害するな。人権意識が薄い国は先進国とは認めないぞ!」的な非難を頻繁に行っています。

人間だけじゃなく、イルカ漁が残酷だとか、クジラを守れだとか、動物保護のためにも他国に遠慮無くモノを申します。

そんだけ言っといて、食うや食わずやで戦火から逃れてきた移民をフェンスで追い返したりしたら、今後ずっと中国からもトルコからも、「言ってることと、やってることが違い過ぎでは?」と言われかねません。


西欧諸国の中には、経済力や今後の国力見通しにおいて、既に中国には全くかなわないと自覚している国もあります。

そんな中、「それでも自分たちのほうが、圧倒的に上位の国なのだ」と示せる分野はとても貴重であり、数少ないそういった分野の中に、「文化」や「民主主義」、「人権尊重」といった分野が含まれてるんです。

ここが「中国と同じ」になってしまったら、もはや国際社会ヒエラルキーの上位にとどまることはできません。だから少々つらくても、人道的な措置を止めるわけにはいかないのでしょう。

3.先進国クラブにおけるピアプレッシャー

中進国&後進国からどう思われるか、という視点とは別に、「先進国仲間からどう思われるか」という問題もあります。

国連の安全保障理事会にしろ G20 にしろダボス会議にしろ、欧米諸国のリーダーはしょっちゅう顔を合わせ、会議をしたり食事をしながら、世界の問題の解決方法を話し合っています。

そんな中に一ヵ国だけ「金は出すけど難民は一切受け入れない」みたいな国があると、その国の首相は肩身が狭くなり、堂々としてはいられません。


貴族のコミュニティにおいて慈善事業をしない人が蔑まれるように、エリート達が集まるコミュニティでは、そういったことがとても大事なんです。

「俺たちはみんな、つらくても責務を果たしてる」という感覚が、彼らの連帯感と矜持を支えている。

これは、日本で被災地支援などに携わっている人などにも、よくわかる感覚だと思います。

よく集まる仲間の中にひとりだけ、「みんなよくボランティアなんて行くね? 俺は金は出すけどボランティアにはいかない。危ないし」みたいな人がいたら、どー思います?

4.歴史問題への対応策として

さらに、こういった姿勢を示すことで、国民も「自分の国は国際社会での責任を果たしている」という誇りを持つことができます。

これは特に、他民族を迫害した深刻な歴史を抱えるドイツにとって重要です。

ドイツ人は今でも、ナチスのユダヤ人迫害について目を背けることが許されていません。

そんな人達にとって、自国が世界でもっとも難民に寛容な国であることは大きな救いになるし、国際社会で立場を確保していく上での、有効な免罪符になります。

彼らは、過去の行いに対するどんな謝罪や補償よりも、今この時点で困窮する他民族の人達を積極的に支援することが、過去の歴史に向き合う姿勢を世界へ示す、有効な手立てだと考えているのでしょう。

5.事実上の少子化対策

最後がコレです。「転んでもただでは起きない作戦」とでも呼びましょうか。

西欧先進国はどこも、少子化・高齢化という問題に直面しています。

もちろん日本よりはかなりマシなレベルですが、どの国も、自国民の女性にたいする出産支援だけでは人口を維持できるかギリギリです。


そんな時、「必死で働いて豊かになりたい!」という気持ちに溢れた人達を(どうせ受け入れないといけないなら)、自国の労働力不足、少子化対策、国力維持のために活用すればいーんじゃないか、と考えた。

一番あからさまなのがイギリスで、子供ばっかりシリアから連れてくるとか言っていて、これなら幼少時からイギリスの教育制度の中で育てられるので、言葉や価値観の問題も、テロが紛れる可能性も極小化できます。

こんなの難民支援というより、完全な少子化対策&人手不足対策みたいです。


背景には、ヨーロッパが戦後ずっと抱えてきた「世界における存在価値の消滅対策」があります。

戦後、日本が経済大国として台頭し、世界を表す言葉が「欧米」から「日米」に変わりかけた時、欧州は強い危機感から、一気に欧州の経済統合を加速させました。

結果、「日米」に傾きかけた世界を「日米欧」に戻したのです。


ところが今また世界は「次はアメリカと中国の二大パワーの時代」みたいになってきました。欧州の苦悩は続きます。

次の50年、100年間が「中&米」ではなく、「中米欧」でありつづけるためには、なにが必要か?


ひとつはアメリカのパートナーとしての、中国と欧州の明確な違いを印象付けることであり、もうひとつが人口と社会活力の維持(高齢化防止)です。

中国との違いとしては、前述した「人権や文化への深い理解と寛容さ」が、そして、社会の活力維持のためには、若い国民の増加が不可欠です。


移民の出生率が高いアメリカは、先進国で唯一若年層の人口が維持できる国です。これまでも、シリア移民の息子として生まれたスティーブ・ジョブズを始め、各国の移民から数多くの才能を得てきています。

欧州のリーダーたちも、このまま「平和に老いていく道」を受け入れるより、多少の混乱を伴っても「若さと活力を維持し、米国との差を少しでも縮めたい」と考えたのかも知れません。

「日本はアメリカより欧州型の社会を目指すべき」みたいに言う人もいるけど、他民族の受け入れに関しては、海外からの門戸を閉ざし、「豊かなる衰退」への道を選んだ日本の判断とは(欧米の判断は)大きく異なりますね。


★★★


以上、必ずしも国民の大多数が諸手を挙げて歓迎するわけでもない難民を、ここまで欧米諸国が積極的に受け入れようとしている背景を、私なりに考えてみました。

とはいえ、こういった積極姿勢は今後、ふたつの問題を引き起こします。


ひとつは国内における移民・難民と、もともとの自国民の摩擦激化です。

特に国内の貧困層にとってみれば、自分たちが享受できた福祉予算と仕事の機会を難民と分け合うことになるのですから、抵抗は必至でしょう。


もうひとつは、さらなる難民の増加です。前に「保育所の待機児童はなぜ減らないか」というエントリを書きましたが、これと全く同じ構造が、難民問題にも存在します。

「西欧は難民を積極的に受け入れてくれる!」とわかった瞬間に、今はまだシリアにいる難民が、ドイツに向かって歩き始めるからです。


そもそも、シリア難民は 400万人と言われており、その大半はシリア国内や、レバノン、ヨルダンなど周辺国にとどまっています。

今、欧州に到着している人の何倍もの難民が、まだ現地近くにいるわけです。彼らがもし西欧に向けて歩き始めたりしたら、それこそ大パニックです。


だから、今回の「積極的な難民受け入れ表明」と同時に西欧諸国が始めること、それは、「元を絶つ」こと、すなわち、「早急にシリアの混乱を治めなければ!」ということです。

具体的には、ひとつが IS(イスラミック・ステイツ)を本気で叩きにいくための軍事出撃の強化であり、

もうひとつが、アサド大統領と反政府ゲリラの間で続く内戦を終結させろと、(双方を支援している)米国とロシアに政治的な圧力を強めることです。

軍事的な施策と外交的な施策。まさに国際問題を解決するための二大手段ですね。


日本もそれに協力するのかって?


知りません。てか、そんなこと私に分かるわけないじゃん。

安倍さんにでも聞いてみたら?



 そんじゃーね!



http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/