広島、アウシュビツ、そして 731

9月に中国の東北部、旧満州エリアを旅行して数多くの歴史記念館を訪れました。

今日はそのうちのひとつ、七三一部隊陳列館をご紹介しましょう。



(中国語、英語、日本語、韓国語、モンゴル語、そしてロシア語です)


七三一部隊は、ハルビンの郊外で生物・細菌兵器の研究開発をしていた旧日本軍の秘密部隊です。

河に細菌を流して中国の街に感染症を広めたり、マルタ(丸太)と呼んでいた捕虜や犯罪者、時には一般人をも含む外国人(中国人、朝鮮人、ロシア人など)を対象に人体実験を繰り返したと言われており、

wikipedia の「731部隊」ページにも、戦後、日本人を含む当時の関係者が生々しく証言した「ありえないくらい非人道的な行為」が、これでもかってくらい書かれています。


こちらが当時の写真。広大な敷地に多くの建物があったようですが、


敗戦直前に日本軍が(証拠隠滅のため)大半の建物を爆破したので、今はごく一部しか残っていません。


七三一部隊はリーダーであった軍医の名をとって石井部隊とも呼ばれます。


同記念館の説明によると、石井氏は敗戦の情報を得るとさっさと日本に逃げ帰り、戦犯として捕まるのを怖れて死亡したことにし、偽の葬式までおこなったとのこと。(ホントに?)

wikipedia によれば、生物・細菌兵器の研究結果をアメリカ軍のみに提供することで、戦犯になるのを免れた、ともあります。


現在この地には、ものすごい立派な記念館が作られており、当時の(破壊されてしまった)建物跡や実験場の復元も進行中です。


というのも、中国は今ここを世界遺産登録すべく、準備を進めているのです。

ご存じのように、戦時中、同様に非人道的な行為が行われたアウシュビッツや広島の原爆ドームは、すでに世界遺産に登録されています。

生物・細菌兵器の効果を人体実験で確かめていたと言われる 731部隊址の世界遺産申請は、中国政府にとっては当然やるべきこと、なのでしょう。


巨大な記念館には多彩な資料や物品の展示があり、たとえば、こちらは研究をしていた細菌の一覧。


おどろおどろしいマスクとか、


噴霧器


顕微鏡


細菌培養に使われた容器などが展示されています。


こちらは細菌を詰めた爆弾らしいのですが、


マルタを板にくくりつけ、同心円上に配置して真ん中で爆弾を破裂させ、何メートルくらいまで細菌が感染するか、みたいな実験をやってたらしい。


敷地内で実験が行われた場所の保存も進んでいます。


こちらはマイナス 20度以下となる厳寒の冬に、丸太の手足に氷水やお湯を繰り返し浴びせて凍傷にかからせたという証言に基づく模型。目的はシベリアで日本軍兵士が凍傷になった時の治療法を研究するため


こちらは、河に細菌の培養液を流し、川下の街でどれくらいの人に被害がでるかを実験したという関係者の証言をもとに作られた模型。実験ではなく日中戦争の作戦として使用されていたとも。


まんじゅうなど食べ物に細菌を注射してマルタに食べさせ、感染した患者を解剖して感染状況を確認していたという証言もありましたね。
記念館では当時の日本人関係者の証言テープが、日本語のまま音声で流されています。


なお、部隊は撤退時、建物を破壊しただけでなく、実験材料として拘束していたマルタも全員、焼き殺した言われています。


★★★


こちらは気球(模型)なんですけど、これに先ほどの細菌爆弾を乗せ、アメリカ大陸(西海岸)まで飛ばせないかと考えてたみたい。

細菌兵器と核爆弾という違いはありますが、今の北朝鮮とほとんど同じこと考えてたわけですね。アメリカからみれば、ほんと迷惑な極東の国々って感じでしょう。


その他、敷地内にはなにやら不気味な形の建造物が残っており、


どうやら毒ガスの地下貯蔵庫だったみたい。


物資や人を運ぶために敷かれていた列車の線路も残っていました。


なんか・・・どっかに似てない?



この部隊が行っていたことについて「中国とロシアのでっちあげだ! この部隊は感染病の研究をしていただけだ!」と主張する日本人もいます。

「だったらなんで敗戦が明確になり、日本に逃げ帰る直前、すべての建物を爆破したんですかね?」って感じではありますが、

今後、世界遺産への登録申請が行われれば、展示内容が史実に基づいているかどうかについて、ユネスコの審査が始まります。

もちろん日本政府も、明らかに虚偽と思われる証拠や資料については抗弁をするでしょう。


また、731部隊については戦後に調査をしたアメリカとロシアに、日本人当事者による音声での証言テープを含む豊富な資料が残っています。

だからしっかりした調査が行われれば、中国と日本の間の水掛け論に終わることなく、厳しい事実が明らかにされるはず。

つまりそういったプロセスを経て世界遺産への登録が認められれば、展示内容に対する国際的なお墨付きが与えられるわけで、中国としては寧ろそれが目的なのだと思います。



広島の原爆ドームもアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所も、二度とこのような悲劇を繰り返さないため=人類を戒めるための「負の世界遺産」として登録されています。

なので登録にあたっては、ここの展示が日本への憎悪を高めるためではなく(=反日教育施設ではなく)、生物・細菌兵器の非人道性を伝えるためという目的に沿っているか、という視点での検証も行われるはず。


そういえば記念館には、小学生や中学生が学校のプログラムの一貫としてたくさん連れてこられていました。これをもって「反日教育だ!」と考える人もいるかもしれません。

でも広島の原爆ドームと記念館だって、日本では修学旅行定番の目的地です。つまりポイントはそこではなく、展示内容やその方法の妥当性にあるのです。

そして世界遺産への登録審査手続きでは、まさにその点が問われます。



また、日本側には「あの部隊の研究で日本の医療は大きく進展した」という意見もあります。

たしかに人体実験ができれば(てか、人権を尊重する必要がなければ)今でも、医療の進展スピードは大きく上げられるでしょう。

マウスなど小動物での実験を経ることなく、いきなり人間で実験できるわけですから。

でも、医療を含め科学技術の進展は人の命より大事なのか−−−それを科学者に問い続けるのも、731部隊記念館の、そして広島の記念館の目的なのだと思います。


世界遺産に登録されれば注目が集まり、(日本人が押し寄せるかどうかはわかりませんが)世界中から観光客が訪れるはず。

欧米からの旅行者には、日本では広島、中国では 731部隊記念館を観てまわるというコースも考えられます。

アウシュビツ、広島、そして 731 は「戦時中に行われた、許されざる非人道的な行為が行われた場所」として並列されることになるのです。


世界が注目する前に自分も見ておきたいと思う方、日本からなら哈爾浜(ハルビン)まで飛行機で 3時間 + 車で 1時間半ほどであり、週末に訪れることだって可能です。

ただしものすごく巨大な記念館なので、行かれる場合は内部の見学に 2時間半、外部の建物の見学に 30分から1時間、合計 3時間から 4時間くらいは確保しましょう。

世界遺産登録で話題になる前に、すくなくとも「 731部隊、それなに?」状態からは脱しておいたほうがいいかもしれません。



そんじゃーね



731部隊に関して書かれた本も文庫、新書など読みやすい形でいくつか出ていますので、さくっと読んでみてもいいかもしれません。

731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く (新潮文庫)
青木 冨貴子
新潮社
売り上げランキング: 160,886


七三一部隊 (講談社現代新書)
常石 敬一
講談社
売り上げランキング: 210,987


新版 悪魔の飽食―日本細菌戦部隊の恐怖の実像! (角川文庫)
森村 誠一
角川書店
売り上げランキング: 95,762


→ こちらはキンドル版もあり

ネットでもコツコツと資料を積み上げて分析されてる方があります。
→ 日中戦争 小さな資料集 ゆうのページ


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