日本がなんど沖縄を踏みにじってきたか、数えてみた

先週、沖縄にGoToし、あらためて沖縄、ってか琉球地域の歴史について勉強してきたので、そこで学んだことをまとめておきます。

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あたしが学んだこと、それは、「日本はこんなに何度も沖縄を蔑ろにしてきてたんだ!」ってことでした。

いったい日本は何回、琉球・沖縄を踏みにじってきたのか、数えてみましょう。


1.琉球王国という独立国を、突然、日本の領土にした

まずは歴史のおさらいから。

もともと沖縄は 1429年から1879年まで450年も続いた「琉球王国」という独立国でした。

そのころの東アジアには、
・日本(室町時代から安土、そして江戸時代)
・中国(明や清王朝)
・朝鮮(李王朝)
・沖縄(琉球王国)
などの国があったわけですね。

このうち国力的、文明的に圧倒的だったのは中国で、他の国はせっせと中国の王朝に貢ぎ物をしたり使者を送って国として認めてもらったり、技術者や宗教関係者を送って修行させていました。

日本も琉球王国も李氏朝鮮もそうした国のひとつだったわけです。

これらの国の間には軍事的な衝突もあり、古くは1274年、1281年に日本はモンゴル帝国からの攻撃を受けてるし(元寇)、豊臣秀吉は1593年と1597年に朝鮮に出兵したりしてます。

琉球王国に関しては、1609年に薩摩藩が侵攻・侵略しており、それまで清にだけ遣えていた琉球王国は、その後は清と日本の朝廷の両方に遣えるかたちとなりました。

両方に遣えることで「日本と中国間の交易の拠点となって栄える!」みたいな作戦だったんだと思います。

最終的に琉球王国が滅びたのは、明治政府が「琉球処分」を発し、「日本の領土である沖縄県」とした1879年(明治12年)のこと。

すでに国力が衰えつつあった清は、日本が琉球王国をさらっていくのを黙ってみているしかありませんでした。

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沖縄平和祈念公園

ちなみに日本は琉球王国を併合した 30年後の 1910年(明治43年)に朝鮮も併合。日本の領土(植民地)としています。

当時の日本は「サムライ社会から脱し、富国強兵に邁進して欧米に比肩する近代的な強国になる!」とひっしコイてた時期なわけで、

琉球王国や朝鮮、そして台湾を日本の領土として組み込んでいったのは、その一環だったということでしょう。

このように「日本による琉球地域への横暴」は、1879年の「琉球処分」=事実上の併合から始まります。


2.同化政策を強制し、文化的に否定した上、差別した

この後、日本は琉球王国を「文化的」に滅ぼそうとします。
具体的には、

・強制的な改名=琉球王国に引き継がれてきた独特の名前を、むりやり「日本諷」の名前に変更させる政策です。

・方言や沖縄固有の宗教的慣習などの禁止=琉球の文化や風習は日本のそれと比べて「野蛮で遅れたもの」とされ、あらゆる分野で日本本土の風習に変更するよう強制されました。

・しかも、同化政策の一方で差別は続きます。当時の日本本土では「琉球・朝鮮お断り」などと言われ、家が借りられなかったり結婚を反対されたり。

沖縄出身の人は(朝鮮出身者と同じように)自らの出自を「劣った出自・恥ずかしい出自」として隠しながら生きることを強いられます。

なおこの同化政策、日本は琉球だけでなく、朝鮮、台湾などすべての植民地で同じように推進しています。


3.本土を守るため戦場とし、本土のための犠牲にした

太平洋戦争が起ると、日本は資源をもとめて東アジアや南方にどんどん進出。しかし開戦から 2年もするとジリ貧となり、撤退戦を余儀なくされます。

より南方にあるチュークやグアム、サイパンなどが米軍の侵攻により陥落すると、次の地上戦の舞台となったのが沖縄です。

このとき日本政府は「まったく勝ち目がないのはわかっているが、沖縄では最後のひとりが死ぬまで戦い続け、一日でも敵が本土に上陸する日を遅らせる」という方針をとります。

身も蓋もない言い方をすれば、「日本民族より劣っている琉球民族は、日本民族を守るためにできるだけ降伏せず、最後のひとりが命を落とすまでそこで戦ってろ」ということです。

下記は米軍が沖縄に上陸する日の写真ですが、これを見るたび、ほんとにゲンナリします。こんな上陸のされ方をして勝てるはずがない。

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沖縄に上陸する米軍

沖縄の地上戦では 20万人以上がなくなっていますが、その半分は沖縄の民間人です。

中部に上陸した米軍が那覇までやってきたときに降伏していれば、被害者はもっと少なくて済んだでしょう。

でも日本軍は降伏せずに南部に逃げます。

すこしでも降伏する日を遅らせ、「天皇陛下が住んでいる本土を1日でも長く守るため」です。

これにより、戦火を避けて南部に避難していた一般人までが戦火に巻き込まれました。

当時の沖縄の人の証言の中には「米兵は民間人だとわかると捕虜にはするが殺さない。でも日本軍は、子供が泣くと米兵に見つかるといって日本人の子供を撃ち殺す。だから米兵より日本兵のほうが怖かった」というものさえあるんです。

米軍は「民間人に危害は加えないから早く投降しろ!」と言っていましたが、日本軍は「投降したら虐殺される。天皇陛下のために自ら命を絶つのが大和魂だ!」と民間人を巻き添えにしました。

こうして、死ななくていい多くの一般人が命を失ったのです。

米軍による本土への侵攻を、たった数週間おくらせるためだけに。

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多くの人が身を隠した壕。自然の壕はガマと呼ばれ、沖縄各地に残る


4.日本が独立するときも放置

その後、日本は無条件降伏し、国土全体がアメリカをはじめとする連合軍に占領されます。

いわゆるオキュパイド・ジャパンですね。(当時の日本で作られたものは made in occupied Japanと記されています)

その後、日本政府は必死で復興を目指します。

そして6年後。吉田首相が1951年にサンフランシスコで連合国との講和条約を締結。ついに日本は悲願の独立を成し遂げます。

んが!

この時に独立できたのは本土などだけで、奄美諸島や沖縄、小笠原諸島は独立できず、アメリカの統治下に置かれたままとなりました。

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海軍の指令壕@那覇の中で疲れ切る兵士たち

このうち奄美諸島は数年後に日本に返還されてますが、小笠原諸島は15年以上(1968年に返還)、沖縄にいたっては米軍統治下から解かれるまで 20年もかかりました。(1972年に返還)

なんでかって!?

朝鮮戦争が起ったからですね。

アメリカは日本との戦争が終わったあと、すぐに朝鮮半島でソビエトや中国など共産主義陣営との戦争を始めます。

ようやく日本から独立できたと思ったらいきなり戦場にされた朝鮮もかわいそうですが、その戦争のため、軍事基地としての価値が高まった沖縄もほんとうにかわいそうでした。

戦争でボロボロにされた沖縄は、次は朝鮮半島をボロボロにする戦争の拠点基地とされてしまったのです。


5.返還の際も米軍基地とその特権は放置

1972年にようやく日本に返還された沖縄ですが、その返還はけっして「米軍統治からの解放」ではありませんでした。

占領中に整備拡大された多くの米軍基地は、返還されることなく残り続け、日本の本土は「核をもちこませない」と非核国を標榜しましたが、沖縄への核の持込みは、ほぼノーチェックのまま放置されました。

住宅密集地にある基地もそのままで、周辺の学校には米軍機が墜落したり、部品が落ちたりしています。

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住宅密集地に位置する普天間基地

その他、米軍兵士による犯罪の多くも、日本(沖縄)では裁けず、米軍側の裁判に任せざるをえない状態が続いています。


6.さらに次の基地も沖縄に建設

政府は「普天間基地の危険除去」のため、その機能を、沖縄中部の辺野古海上に移すことで米国と合意します。

しかしこれも、沖縄の民意をまったく反映していません。

普天間はじめ、現在の基地の大半は戦争時や占領時に「むりやり」基地にされたものですが、辺野古は違います。

もし今回、移転が実現すれば、それは「日本国が沖縄に建設すると自ら決めた初めての米軍基地」となります。

「それはさすがにないだろう!? なぜ沖縄ばかりに!?」と彼らが思うのは当然でしょう。

★★★

以上、今回あらためて琉球、そして沖縄の歴史を振り返り、「こんだけ何度も日本に裏切られ、見捨てられたら、あたしだったら独立したくなるかも」と思ったりもしました。

日本に侵略されて王国を滅ぼされ、固有の文化を徹底的に否定されて差別され、日本本土を守るために犠牲にされて何十万人もの民間人が死ななくてもいい死に追いやられ、日本が独立するときも放置され、その後もずっと負担を押しつけられてきた。

それが沖縄の歴史です。


今、中国とアメリカの関係が急速に悪くなっています。

もし、このふたつが熱い戦争を始めたら、どうなるでしょう?

台湾を守るため、米軍が出動する基地はどこの基地でしょう?

そして、その攻撃を阻止しようとする中国軍は、いったいどこに爆弾を落とそうとするでしょう?

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米軍が上陸した中部西側の海に沈む沖縄の夕日

今日のブログのタイトルは「日本がなんど沖縄を踏みにじってきたか、数えてみた」です。

答は6回。

しかしその数はこのままだと、7回になるかもしれないのです。


そんじゃーね