なにで(機械に)負けたら悔しい?

人間対コンピュータの勝負である将棋の電王戦が盛り上がったのは、「プロ棋士が、コンピュータソフトに負けることへの関心」が高かったからでしょう。

でもね、人間は既に、多くの分野で機械に勝てなくなっています。でも私たちはそれをたいして気にしていません。


たとえば体力的なことで機械に負けても、悔しいと感じる人なんてもはやいませんよね。

「くそー、パワーショベルの野郎は何トンも持てるのに、俺は 100キロしか持てないぜ。悔しー!」などとは思わないし、「どんなに頑張ってもプリウスより早く走れない。あんなハイブリッドな奴にさえ勝てないなんて、オレはもう絶望だ」とも考えません。

人間は飛ぶこともできませんが、だからって、機械(飛行機)に対して悔しいなんて思わない。


「飛行機を作ったのは人間だから悔しくないんだ」って? 

そんなこと言ったら、将棋ソフトを作ったのだって人間です。今のところ、「人間を作った機械」は現れてないので、そこまで突き詰めるなら人間はナンも負けてません。


★★★


「身体能力で負けるのは悔しくないけど、脳力で負けると悔しい」のでしょうか? 将棋は「知能を競うゲーム」だから、負けると悔しい?


でもアタマを使うことに関しても、人間はすでにあれこれ機械に負けてますよね。

「くそー、俺の電子辞書は広辞苑含め 36冊も丸暗記してるんだぜ。俺がまだ一冊も暗記できてないのに!」とか思わないっしょ。「暗記」でボロ負けしてることを、私たちは屁とも思ってない。

計算は?
100均で買えるちゃちい電卓でさえ、589657 ÷ 358748 を一瞬で計算するけど、あたしは全く悔しくありません。


この前、プロ棋士の方に「詰将棋でソフトに負けてるのって悔しいですか?」って聞いたら、「全然悔しくない」とおっしゃってました。

詰将棋とは、王手を続けながら王将を詰ませる手順を探し出すゲームで、こういうパズル的な問題が、プログラムはとても得意です。

そして、プロ棋士でも 1時間以上かかる何百手の詰将棋を、ソフトが数分で解いても、プロ棋士は「別に悔しくない」わけです。

鉄道オタクの人だって、渋谷から京都経由で福井まで行く最短経路を、yahoo路線などのウェブサービスが一瞬で表示してくれても、別に悔しくはないでしょ?


つまり、身体能力はもちろん、頭を使うことにおいても、
・暗記
・計算
・正しい答えが一つだけ存在するパズル的な問いの答えを探すこと

に関しては、私たちはもう機械に負けても、あんまり悔しくないんです。


★★★


将棋の場合は、大局観と呼ばれる形成評価の能力などが(現時点では)チャレンジを受けてるわけですが、これだってそのうち機械に負けることに慣れてしまう可能性は、大いにあります。

たとえば天気予報に関しても、今ではプログラムのほうが人間より正確だと言われています。

こういうの、気象予報士の方は悔しいかもしれませんが、私はまったく悔しくありません。

私の専門である「文章を書くこと」に関しても、ニュース報道を元に自動的に文章を書くソフトが現れ、それが「Chikirinの日記」より人気になったらどうでしょう。

みなさん、それを悔しいと思います?

思いませんよね。

今ブログを書いてない人にとっては、そんコト悔しいはずもなく、単に「超便利なソフトができた!」ってだけでしょう。


結局のところ私たちは、「自分と直接的に競合しない限り(=自分の仕事や価値を奪わない限り)、コンピュータがどんどん進化するのは非常によいことだ」と考えているんです。

だから、人間がやってることの多くは、これからもどんどん機械に置き換えられていくでしょう。

そして、(今までもそうしてきたように)私たち人間は、「現時点では機械にはできない分野」に逃げ込んでいくしかありません。


それって何分野?
創造力? 感情に訴える部分?


そのあたりも、永久に負けないとは言い切れませんよね。

コンピュータが描いた絵が、人間の描いた名画より感動的なものになり、「いやー、最近のコンピュータは、いい絵を描くようになりましたねー」みたいな日が来るのかもしれない。

感情表現についても、コンピュータが「もう少しゆっくり、こういうトーンで話したほうが、相手に気持ちが伝わりやすいですよ」と(謝り方が上手い人の膨大な話し方事例を分析した上で)教えてくれたら、そういうのが不得意な人には便利すぎです。


というわけで人間は、体力から始まって脳力のアレコレ、感情分野から創造力の必要な分野も含め、どんどん広い分野で機械に勝てなくなるはず。

そのたびに「人間にしかできないであろう」分野に逃げ込んむことを「撤退戦」と考えるか、それとも発想を変えてポジティブに捉え、「機械ができることはどんどん機械に任せ、人間は、自分が楽しいことだけをやって生きていけばいい」と考えるか。

生産に関わることや面倒なことはすべて機械に任せ、人間は「何も生み出さないが、自分自身がおもしろここと、楽しいことだけをやって生きる!」日がやってくるのは、私にとっては「明るい未来」であって、恐怖でも不安でもまったくありません。



そんじゃーね

<コンピュータ将棋 関連エントリの一覧>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃!
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル
8) なにで(機械に)負けたら悔しい? ←当エントリはこれです
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 
12) インプット & アウトプット 
13) コンピュータ将棋まとめその2