将棋ソフトに関しておもしろかったのは、先日も書いた「探索」と「局面評価」という思考プロセスです。
1)探索=とりうる選択肢を、自分の選択肢→相手の対応策(選択肢)→自分の選択肢、と深掘りしつつリストアップ
2)局面評価=上記の過程で現れる局面を、どの程度、自分に有利か(不利か)評価する
3)その上で、自分にとって最も有利な局面につながる選択肢を選ぶ
探索とは、下記のような図=探索木=ツリーのイメージです。 (『人間に勝つコンピュータ将棋の作り方』より)
この探索と局面評価というステップは、ビジネスや個人生活などあらゆる意思決定の場面で使われてます。
将棋のような完全情報ゲームでないため、より複雑ですが、ビジネスでは、
・自社が値段を下げる→他社が対抗してくる→自社はどうする?・・・であったり、
・自社が買収を提案する→第三者が価格を釣り上げる→公正取引委員会がいちゃっもんをつける→自社はどうする?
というように、自分と他者の選択により、結果として現れるそれぞれの局面を評価し、どの手を選ぶと自分たちに有利な局面が実現できるか、私たちは日々考えながら意思決定をしているはずです。
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最初のステップである「探索」には、選択的探索と全幅探索というふたつの方法があります。
すべての選択肢について深く探索しようとすると、ものすごい時間がかかるため、「一定の条件を満たす選択肢しか深堀りしない!」と最初に決めてしまうのが、選択的探索です。
ボナンザ以前の将棋ソフトはこれをやっていましたが、どういう基準で深掘りする選択肢を選ぶのか、という条件設定がイマイチだったため、成果が上がっていませんでした。
でも保木氏が開発したボナンザは、チェスソフトで使われていた全幅探索を採用します。
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私たちは全幅探索と聞くと、文字通り全ての選択肢を深堀りするのかと勘違いしがちですが、実はそうではありません。
全幅探索においても、不要な選択肢を早めに見極めることが必要です。
ただし全幅探索では、「こういう条件の選択肢しか深堀りしないよん」と最初に決めてしまう選択的探索とは異なり、
一定の計算のもとに「この枝(選択肢)の先には、他の選択肢にあるより、よい局面はでてこない」と判断したときだけ深堀りしない枝を切っていきます。
ここでもやはり、いかに効率よく「深くは読まない手」を決められるかが探索の質を決めるということです。
そういえばビジネスの意思決定でも、「どうすれば成功するか見極める」ことが目的なのに、「すべての選択肢を網羅的にリストアップする」ことに熱中してしまう=目的と手段を取り違えてしまう、“ロジカルシンキング初心者”が存在しますよね。
また、結論を出すためだけなら簡単なのに、すべての数字を同じように重視し、徹夜で巨大なスプレッドシートと格闘しているような人も、たいてい無思考な全幅探索に陥っています。
そんなことをやっていたら、仕事にせよ将棋にせよ時間ばかりかかってしまい、実戦には使えません。
大事なのは、「その先に有利な局面がなさそうな選択肢は、できるだけ早めに検討対象からはずす」、という思い切った意思決定をしつつの全幅探索なのです。
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さて、コンピュータが「できる限り賢い全幅探索」を試みている一方、人間はどんな思考プロセスで探索をしているんでしょう? 全幅探索? それとも選択的探索?
この図は、山本一成氏が、私にコンピュータと人間の探索方法の違いを説明するために書いてくれた図です。(文字は私です)
つまり人間は「ここだ!」と思うところを“直感的に”見定めて深堀りし、もしそれが違うとわかった場合、また別のところを“直感で”選んで「ここじゃね?」と深掘りし始めます。
これって「仮説思考」と言われてるのと同じ思考方法ですよね。
でも・・・人間にもいろんな思考レベルの人がいますからね・・・というわけで、その辺を整理してみると、おそらく下記のような四段階になるんじゃないでしょうか?
<レベル1 思い付きで決める人 & 完成度の低い選択的探索>
過去の経験に基づいて「絶対こっちだ!」と固執したり、思いつきで最初に浮かんだアイデアに、「めっちゃいい案! 絶対コレに違いない!」と浮かれ飛びつき、それ以外には目を向けなくなってしまう人。
初期の将棋ソフトも同様で、めちゃ単純なルールに基づき、考えるべき選択肢を絞り込んでしまっていました。
これでは最善の解がある選択肢を間違って切り捨ててしまい、反対に、どうでもいい分野ばかり時間をかけて調べる、みたいなことになりがちです。
<レベル2 ロジカルシンキング初心者 & どの枝も刈り込まない全幅探索>
これは、漏れなくすべての選択肢であるAからZまでを、端から順に検討しようとする人。
一見、正しい方法のように見えますが、これでは正しい解に辿りつくまでにめっちゃ時間がかかり、実務に使えません。
私たちはよく(やや否定的なニュアンスで)“機械的な思考”と言いますが、既に機械はそういうレベルの思考をしていません。
むしろロジカルシンキングだの MECE だのを必死で使おうとしている人こそ、“機械的な思考”に陥ってしまっているわけです。
てか中には、「完璧にレベル2ができるようになるのがゴールだ!」と思ってる人さえいます。それじゃあお話になりません。
<レベル3 ベテランコンサルタント & 巧く枝を刈りこめてる全幅探索>
全体観をもって漏れなくすべての選択肢を検討するわけですが、検討の途中で「これは明らかにありえない!」とわかった選択肢については早めに検討を打ち切り、正解がある可能性の高い選択肢のみを深堀りする方法です。
ざっくりした試算をしながら、深掘りするべき選択肢を早めに見極めてしまう人は、仕事が早く、しかも大事なことを見逃しません。
ただしコレができるようになるのは(人間にとっても、機械にとっても)スゴく難しい。
<レベル4 稀代の名経営者や将棋のトッププレーヤー & 洗練された高度な選択的探索>
頭の中に全体像を浮かべ(=大局観?)、最も解がありそうな選択肢にピンポイントで目をつけ、そこを集中的に深堀りします。
全部を検討するのではなく「この辺に答えがありそう」という勘所だったり、嗅覚だったりをもって突然(他者から見ると)極めて思い切った選択をする。
もちろん途中で「これは最善ではないかも!?」と思い始めたら、最初の仮説に拘らず、さっさと次に可能性が高いと思える選択肢に移って、また深堀りを始める。
これ、表面的にはレベル1の「思いつきで選んでる人」に似てるのですが、実際には全然違います。
彼らが選択する手に関しては、なんらか(本人が言語化できるか否かは別として)理由があります。たんに「あっ、それ考えるの、忘れてた!」というレベル1の人とは違うのです。
今、将棋ソフトはレベル3のところで鋭意工夫を重ねていて、4のレベルにあるトッププロに挑戦しようとしています。
もしそれが可能になるのであれば、
・ほとんど分析らしい分析もせずに
・「この会社を買収するぞ!」とか、「この分野は撤退する。代わりにあっちの分野に重点投資する!」と
・まるで思いつきのように決めてしまい、
・けれども実際にやってみたら成功を重ねるカリスマ経営者の意思決定
も、コンピュータが代替できる日がやってくるってことなのかな?
<コンピュータ将棋 関連エントリの一覧>
1) 『われ敗れたり』 米長邦雄
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃!
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル ←当エントリはこれです
8) なにで(機械に)負けたら悔しい?
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ
12) インプット & アウトプット
13) コンピュータ将棋まとめその2