注目は法人パソコン市場

昨日の続きなんですけど、“パソコン市場”という時に、ビジネス的にはふたつの異なる市場があります。いわゆる個人市場と法人市場です。このふたつの市場って商品自体はそんなに違わないんだけど、売られ方が全然違います。

“パソコンってなくなるんじゃない?”という昨日の話に関して、“きっかけとして重要”なのは実は法人市場だと思うんですよね。なので、ちょっとその話を書いてみるです。


個人パソコンって量販店かネットで売られるのが一般的で、ひとりひとりが選んで買うでしょ。ところが法人は“一斉に同じパソコンを大量に買う”んです。たとえば大きな金融機関の社員・行員って2万人とかの規模です。メーカーでも工場のラインの人を除いても数万人という大企業がありますよね。ああいうところが一人に一台のパソコンを配布すると、数年ごとに一斉に2万台、同じ型のパソコンが売れるわけです。

もっとすごいのは欧米系の外資系企業。これらの企業の多くは“グローバル・パーチャシング”(国際調達)といって、パソコンなどの機器を本社で一括購入契約します。これにはボリュームディスカウントを狙うと同時に、世界中の支社で同じソフトをつかい、同じセキュリティレベルを確保する目的もあります。また、これによりサポートセンターも世界でひとつだけの設置にできたりします。


販売するメーカー側はHPやデル、レノボ(元IBM)などなわけですが、販売契約自体は欧米の本社同士で決定され、出荷は彼らの製造拠点(台湾や中国など)から世界中に行われる。巨大なグローバル企業だと十万台規模のパソコンが世界に向けて一括販売されます。


というわけで、個人市場の方は何かが変わる時に、少しずつ変わりますよね。すごく先端的なユーザーがまず使って、普通のユーザーが、その後ろの・・といろいろな人が順番に変わっていく。国によってもいろんなニーズの違いもあるから、どこかの国ではこうなったけど、この国では・・、みたいなものも残りやすい。

だけど、法人市場ってのは個人市場に比べて圧倒的に“同質性”が高い。というか、“高い同質性を要求される。”ので、変わる時には一斉に変わる、んです。


たとえば電話回線とかもそうでしょ。個人だとパソコンでスカイプ使う人もいれば、電話機で光電話の人もいて、もちろん普通の電話回線の人もたくさんいる。で、ちょっとずつちょっとずつ普通の電話回線が減っていく。が、法人が「固定電話をIP電話に変える」と決めると、一気に数千、数万回線の固定電話網が使われなくなる。企業の中のひとつの課だけが電話回線やめてIP電話にする、なんてありえない。

しかも大企業がそういうことを決める時というのは、供給側(法人向けIP電話システムの販売会社側)にそういう体制が整った時なので、彼らによって大企業向けに一斉に営業販促活動が行われる。そのコスト削減額たるやものすごい額なので、数年の間に急速に、まるで“オセロの角”をとった時のように一斉に変わっていく、わけです。


なのでパソコンが無くなるという話に関しても、個人に関して言えば「最近パソコン使わない人が増えてきましたね」みたいになるのでしょうが、法人については、どこかでどどっと変わるんじゃないかと思います。

大企業やグローバル企業がどれくらいの間隔でパソコンを買い換えているのかよく知りません。4〜5年でしょうか。この数年に一度の「全社員のパソコン買い換え」ってのは、企業にとって半端ではない大きな経費です。一台10万円のパソコンが1万円のネットブック的なものに置き換えられたら、2万人の会社で20億円の予算が2億円にできます。

大企業100社がこれをやると、パソコンメーカーの売り上げは2000億円から200億円に減ります。売り上げが1800億円減るということは、300億円くらいはパソコンメーカーの人件費を下げないといけないということで、これは年収600万円の人を5000人首にする必要があります。たった100社が動いてもパソコン業界にとっては相当のインパクトです。



今のパソコンに置き換わる商品がどんなものになるのか、ちきりんにはわかりません。“ネット端末”とか“ブラウザマシン”的なものになるのかな〜とも思うけど、まあこれはちきりんの想像など遙かに超えるものがでてくるのでしょう。

また、それらがなんと呼ばれるか、もあまり意味がないと思ってます。iPhoneのように“電話ですよ”的なネーミングかもしれないし、“パソコン”という名前を残したものになるのかもしれません。

が、ビジネスの視点では重要なのは“単価”なんです。単価が10分の1のマシンに変われば“市場規模が10分の1になる”ってことであり、それはすなわち、産業規模が10分の1に、その産業で働く人が(人の数、もしくは、その人の給与が)10分の1になる、ってことだから。

もしくは、「ふたつの機器がひとつになる」のも同じインパクトがあります。今は携帯とパソコンと両方持っている人がたくさんいる。でもその二つの機器が融合した新機器ひとつになったら・・同じく、機器の合計金額は半分くらいになるかもです。会社のPCと家でもPC持ってるって人が、どちらかしか保有しなくなる、というのも同じです。こういうことが起ると市場規模(金額)、つまり産業規模自体が大きく縮小するのです。

そして産業規模が半分になれば、供給会社の顔ぶれは完全に変わってしまいます。特に日本のメーカーはどこも終身雇用ですから人件費を簡単に下げられません。また、製品企画と開発だけをやっているなら、商品価格が大きく下がっても企画・開発利益は確保できるのかもしれませんが、日本のメーカーの多くはすべてのビジネスプロセスを自社グループ内に抱え込んでいます。

つまり、市場規模金額が半分になるとなれば、日本のパソコンメーカーの多くはその新市場に挑戦しても最初から赤字確定となり、否応なく“撤退”せざるを得なくなるかもしれません。これが、世界のIT産業地図をまたもや書き換えることになるかも、と思うちきりんなのです。


ではこれは“すぐに”起るでしょうか?

法人がこういう大きな方針転換をするのは大不況の時です。そういう意味では今年、来年は環境が整っています。が、この1,2年ではコトは起りません。それは供給側の体制が整ってない、からです。

昨日も書いたように「パソコンの代替商品ぽいもの」は見えてきているけど、必ずしもまだパソコンを置き換えるのに十分なものには進化していません。また、個人市場と違って法人市場は、供給側の体制が完全に揃わないと動かない市場なのです。

たとえば、個人市場は“ちょっと実験的なマシンを作って試しに販売してみる”ということが可能な市場です。実際に個人市場では自分でパーツを買ってきてマイマシンを作る人がいるわけで、メーカーだって「アメリカ限定」とかで売り出しても何の問題もありません。

iPhoneもひとつの国で先行販売、しかも国ごとに販売会社を分断!でも何の問題もありません。個人用途だから。が、法人にはそれでは売りにくいです。前述した国際調達ができるようにならないと、ということもあるし、そうでなくとも多くの企業は欧州やアジアの企業との取引が日常的に発生しています。販売、メンテ含めて他国と連携しにくい機器は「できるようになってから買う」のが基本です。*1

つまり法人は「システム全体として完成」しないと買わないです。端末だけが完成して、それがいくらファンシーでも、それを世界で導入するプロジェクトの管理全体を引き受けてくれるSIなりシステム販売会社が現れて、かつ、サポート体制まで含めて“世界中で供給する”と言ってくれないと、導入は難しいです。

たとえば現在の一般的なパソコン(デスクトップでもノートでも)には、そういう「法人販売体制」が完全に整っています。が、ネットブックにはそういうものが全く整っていません。ここに真剣に取り組む企業がでてきて初めて法人市場は動きます。(なお、今パソコンの法人販売を担っている会社は、わざわざ端末を安いものに置き換えたりしたくはないので、積極的には動くことはないでしょう。)


というわけで、(1)端末側がもうちょっと進化が必要、(2)法人に販売する体制を誰かが整えるのに、まだ3〜5年くらいかかるんじゃないかな、と思います。



でも、法人が動いたらインパクトはとても大きいです。ITにすごく詳しい方、好きな方は、個人でパソコンを買う、使う、ということを始められた方だと思います。でも、一般的なパソコンユーザーには、「初めてパソコンに触れたのは会社だった」とか、「使い方も会社で習った」という人がたくさんいます。こういう人は会社がパソコンを使わなくなったら、わざわざ個人でそれを買いたいと思うほどの商品認知をする機会さえ失うでしょう。

学校でパソコンを使って勉強しましょう、というのが日本でもようやく始まっていますが、学校という法人が何を採用して何を教えるか、は市場形成に大きな意味があります。(だからゲイツ氏の財団はやたらと学校にパソコンを寄付してるわけで。)


というわけで、法人市場が動く日がおもしろそうだよね、と思っているちきりんなのでありました。
まあ、まだ当面は難しそうかもだけどね。



そんじゃーね!


*1:話はそれますがアップルはあんまり法人市場に関心をもってる(ターゲットしてる)企業ではないですよね。最先端個人ユーザーの市場で商売することにしてます、ってふうに見えます。