まだまだ少数派

街ではたくさんの洋服が売られていますが、フォーマル、ビジネス、カジュアルなどの用途別にみるとどんな内訳になっているのでしょう。紳士服の場合、若い世代向けではカジュアル比率がかなり高いし、年配向けではビジネス服の比率が高そうです。

売上高、販売点数、販売面積のいずれでみるかでも違うのでしょうが、ざっとデパートなどの紳士服売り場を思い起こせば、ビジネス衣料は売り場の半分くらいを占めているように見えます。

男性用の場合、デパート以外でもスーツ専門店(ロードサイド店)も全国にありますし、ブランドの路面店でも、会社で着られるスーツやシャツ、コートのコレクションは豊富に揃いますよね。


一方の女性用の場合、そもそもビジネス衣料という概念がないように思えます。ちきりんの知る限り日本には、「女性用ビジネス服」の専門店も存在しないし、デパートにも「女性用ビジネススーツ売り場」自体が存在しません。

シャネルやディオールなどのブランドにはエレガントスーツのコレクションはありますが、自営業の女社長でもない限りアレを着て会社には行けないと思います。

なので、女性が会社に着ていくスーツを探す場合は、比較的スーツが多い店を複数店舗、まわってみて比べて買う、ということになるのですが、これがとても不便です。だって、ふたつの迷っているスーツが別のフロア(もしくは、別の地域の別のお店)で売られているわけで、「鏡の前で迷っているスーツを直接比べる」ことができないのですから。


そんな苦労をする女性からみると、男性のスーツ売り場は驚愕です。体型と身長を独立して選べたり、シャツでは首周りから腕の長さまで選択肢があるなんて。女性用のスーツでは、3サイズ揃えてあれば上出来だし、時には「うちはワンサイズです」というお店もあります。サイズが合っても、素材やデザインは一種類しかない場合もよくあります。

一方の紳士服売り場では、ほぼ“どんな体型向き”の人のサイズでも揃っている上に、生地の素材や色味、値段、ワンボタンからスリーボタンまで多彩なスタイルのバリエーションが一カ所で揃いますよね。最近は“機能性スーツ”の開発も進んでいて、なんて便利なんだろうと思います。女性用スーツには、未だにポケットがひとつもないスーツがたくさんあるのに!

最近デパートは売上げが縮小してどこも苦しそうですが、なぜ女性向けスーツ専用フロアを作らないのかとても不思議です。東京なら「そこに行けば、どんな体型の人も、会社に着ていく服が必ず揃う」売り場を作れば、リピーターやまとめ買いする人も多く集まって、すごく流行ると思うのですけどね。


男女比較ではなく、女性服の中で比較すると、ごく若い子向けのブランドではそこそこスーツ的な洋服も増えています。また最近は紳士服専門店も、リクルートスーツを中心に女性用スーツを売り始めています。

リクルートスーツはそれなりにバリエーションも豊富です。この時期には男性と同数の女性がスーツを求めますから、市場として認識されているようです。

また20代前半は“OL”の年齢なので、多くの女性が会社で働いています。最近は制服のない会社も多いので、若い女性向けのスーツも一定量でてきています。ただ、かなりローライズのパンツにピタピタのジャケットという、仕事のしやすさより見かけを優先したスーツがまだ多いようです。

それ以外で売られている女性用スーツは、“子供のお受験の面接にいくためのママスーツ”です。これらはネイビーや真っ白の上品なスーツが多く、あまり仕事用には向いていません。


さて、40代以降の女性のためのビジネススーツは、品揃えも売っている場所も極端に少なくなります。これは、女性が仕事でスーツを着るのは、リクルートスーツと、結婚前のOL時代のみ、という概念から来ているのでしょう。

アパレル業界的には、女性は30前後で結婚して家に入り、たとえ子育てが終わって職場に戻ってきても、スーパーのレジ打ちや飲食店のお運びなどに就き、まさか企業に復帰して管理職になったりはしない、と考えているようです。


ちなみに女性閣僚をテレビで見ていると、皆さん50才以降くらいのご年齢ですが、よくスーツを着ていらっしゃいます。それらのスーツは、体のラインにあわせてものすごくきれいに作ってあり、“一目でわかる”オーダースーツが多いです。色も目立つものが多く、まさに選挙用の衣装です。

もちろん閣僚ともなれば、男性閣僚もオーダースーツを着ていると思うので、女性もオーダーすればいいと思います。でも一般企業の管理職女性の場合、「オーダーしか選択肢がない」のは値段的にもつらいです。


管理職年齢になった女性会社員の中には、若い子用のスーツを無理矢理着ている人も多いようですが、年齢的に体型も変わってくるし、デザインもやっぱり「この年でこんなぴたぴたジャケット着られないでしょ」という場合も多いです。

ちなみに、女性用スーツが売られていないこととどちらが先かわかりませんが、職場では女性のスーツは男性のスーツほどの画一性は求められません。確かに平社員の頃なら、エレガントスーツでもワンピースにカーディガンでも違和感はないでしょう。

しかし女性も管理職になって、それなりに責任が大きくなり、対外的な役目を負うようにもなると、“それなりのスーツ“が必要になります。

今はどこの大企業も「女性役員を輩出したい」と必死になっていますが、その「将来役員になる女性」、つまり「今は部長とか課長である女性」が着るべきビジネススーツがこんなに売られていないところを見ると、結局まだそんな人はほーんの一握りしか存在していないってことなのかな、と思えます。

いわゆる均等法第一世代 (1986年施行)の女性が今年44歳ですから、そろそろ管理職、上級管理職(役員を含む)に抜擢されようとしている時期です。女性の職場進出はその後、急速に進んでいるのでこれからはますます“管理職として着るスーツが必要”という女性も増えるのだと思うのですけれどね。

★★★

ところで、欧米ではそういう女性層のためのビジネス服はたくさん売られています。デパートでも女性用スーツ的を集めた売り場は結構大きいです。また移民が多く体型の違う民族が混じっているので、サイズもバリエーションが豊富です。市場が大きくなればビジネスはついてくるということでしょう。

また、日本でもひところは“中高年男性向けのスーツ以外の衣服は、ゴルフウエアしか存在しない”と言われていました。それは彼等がどれほどの人生を会社に捧げてきたかの証しでもありました。

かように、街の洋服売り場の変遷はその国の人達がどんな生活をしているか、その国がどんな社会なのか、を忠実に表すものなのだと思います。


そんじゃあね。