要)生活保護の再設計

生活保護は2009年の7月で受給者数が171万9971人、受給世帯数は124万4660世帯。これは日本の人口の1.3%、世帯数の2.5%です。年間支給総額は2兆円ちょいでしょうか。

“100人に一人以上が生活保護で暮らしている国”“40世帯に一世帯が生活保護で暮している国”には暗澹たる気持ちにさせられますが、今後も「雇用情勢は当面、よくなりそうにない」+「超福祉指向政府の誕生」ということで、生活保護の受給世帯数&受給人数は伸びると予想されます。

であるならば、現在でもいろいろ問題が指摘されるこの制度、今後に備えて制度設計をし直した方がいいのでは?と思います。


まず生活保護に関して現在指摘されている問題を整理しておきましょう。


(1)門前払い&強制打切り問題
自治体の窓口で申請書さえもらえないなど、必要な人が保護を受けられない。また、まだ保護が必要な状態なのに一方的に保護打切りにされてしまうケースもあるという問題。


(2)悪質業者問題
生活保護費をピンハネ?して、不当に高い価格で食事や居室を提供したり、無届けや基準を満たさない高齢者向け施設を運営している業者が存在すること。最近は悪徳病院などの問題も指摘されています。


(3)モラルハザード問題
働いているにも関わらず生活保護額以下の生活を余儀なくされている人がいる。年金支給額との逆転も同じ。「働かずに生活保護を受ける方が得」「年金は未払いで保護を受ければよい」というモラルハザードが生じて、勤労意欲への悪影響や、理不尽な(被保護者への)バッシングが発生。


(4)財源問題
高齢者の受給者が増えており、今後はいったん支給が始まった保護費を「一生払い続ける」ケースが増えるでしょう。高齢化も進むし、必要財源がどんどんふくれあがるという問題。


(5)支援体制の不備
ハローワーク、生活保護申請、住宅支援、職業訓練などいろんな支援策、保護策がバラバラに運営されていて、使い勝手が極めて悪い、という問題。ケースワーカーが足りないとも言われています。


(6)不正受給問題
顔に傷のある方も・・


といったところでしょうか。なぜこれだけの問題が噴出しているかといえば、日本の社会福祉系の制度の多くが「一億総中流社会」と「道徳」を前提に設計されているからです。

大半の人が中流で、普通に働いていれば生活していけるという一億総中流社会においては、生活保護で生きる人は“ごく少数の限定的な立場の人”達だった。それが今は“ごく普通に存在する貧困者”という規模になってきたために制度がもたなくなってきたということでしょう。


「道徳によって制度設計されている」という点については、この過去エントリをどうぞ。「あるべき論が生み出す不幸」 ←日本はこの問題も深刻だと思う。

市長や県知事が「俺の県や市には生活保護の人が少ない」と胸を張るって、もうやめたほうがいい。“おらが村には貧しい人がいない”ことではなく、“おらが村では貧しい人を助けている”ことを誇るべきだよね。

★★★

問題の整理をしただけで長くなったので解決方法については、思いついた範囲で書き留めておきます。


(1)門前払い&強制打切り問題と(6)不正受給問題は、合わせ技で解決できそう。

現在の制度は
・財源は、国庫から75%、地方自治体の負担が25%
・支払いの認定や事務などすべてのプロセスは、地方自治体が担当


これだと受給決定の権限を持つ地方は、自分の財政負担を怖れ「できるだけ受給者を少なくしたい」というインセンティブが働きます。一方で、不正受給を防ぐ強力なインセンティブがどこにもないです。

たとえば「財源は100%国庫負担とする」+「支払い認定、プロセスはすべて地方行政団体が担当する」+「不正受給の取り締まりは国が行う。不正受給数に応じて、地方自治体ごとに国庫負担率を引き下げる」というようにすれば、地方自治体側には「正当な人に払い渋る理由はなくなり、不当支払いについては厳しく気をつける」インセンティブが働きますよね。


併せて、(5)の支援体制の不備は地方への大幅権限委譲で改善するのがいいかも。

国は官庁ごと、局や課ごとにすべてが縦割りだけど、県庁や市役所はそんなにでかくないし、部局をまたぐ人の異動もあるから霞ヶ関よりは風通しがいい。

仕事探し、住居探しと生活保護行政を一体化、という話で“ワンストップサービス”という言葉が使われるけど、本当はもっと総合的な一体化が必要。

たとえば、メンタルヘルス問題、アルコール依存症対策、闇金対策(多重債務問題)、虐待問題などと生活保護行政を全部まとめて、被保護者に総合的に対処していかないとね。

霞ヶ関の切り口は“政策”だけど、地方自治体の切り口は“住民”です。これが地方分権の意義の一つのはず。是非、より住民に近い地方の役所で総合的に考えて欲しいです。


次に(2)悪質業者問題と(3)モラルハザード問題、それから(4)財源問題については、「格安生活インフラを提供する市場」を創っていくことが必要ではないかと思います。

生活保護で家賃分として4万円支給される(額は地域により異なります)といっても、敷金や礼金が必要な一般のアパートには入居できません。また、そういう人の入居を嫌がる大家さんも多いです。

だから生活保護の人は一部のアパートに集中して住むことが多く、そういうところでは、貸し主は最初から生活保護受給者をターゲット客として想定し、敷金や礼金をもらわない代わりに全くメンテしないような部屋を貸しています。その際、家賃はその地域での“生活保護での住居費の支給額上限”に設定します。これが極端に走るといわゆる“悪質なぼったくり業者”です。


問題の本質は、生活保護では一般の民間賃貸住宅市場が利用できないこと。そのため、分離された“特別な市場”を使うしかないのですが、そこでは供給が極めて限定的なため市場原理が働かず、供給者側の論理のみがまかり通ります。これが悪徳業者がこの市場に目を付ける所以です。

したがって解決方法としては「行政が、低額で敷金や礼金が不要な住宅の供給を促進する」手立てをうつことが必要(たとえば、敷金・礼金をとらない賃貸物件については固定資産税を安くするなど)です。

上記で紹介したサイトでも悪徳病院の駆逐には、無料や低額の医療制度が必要とありましたが、これも同じ解決方法です。

今は生活保護だけが「医療費無料」で、保護を受けていない貧困層が払う医療費との差が大きすぎます。貧困層は「高いから病院にいかない」のに、保護を受けている人は「無料」だからいくらでも医療を受ければいい。その無料側市場を、供給者側が好き勝手して儲けている。それがこの問題の本質です。

それ以外でも、今は収入が減っても「転居することのコスト」が高すぎて家賃の安いところに引っ越すことさえできません。衣食住、医療、教育については、低所得家庭、低年金家庭が躊躇なく利用できるレベルの“市場”を作っていく(格安生活圏を作っていく)ことをそろそろ真剣に考えるべきではないかと思います。


三つ目。「働くより生活保護の方が得じゃないか」という声が大きくなる背景には、仕事に関して「生活費を得る」以外の意義を見いだせない層が拡大している、という現状があるのでしょう。

以前のように希望すれば正社員になれ、経済成長に伴って会社の売上や事業範囲も拡大し、そして個人の給与やスキル、仕事の範囲も拡大・上昇していく、という社会であれば、人は仕事に「お金以外の価値」を見いだせます。

しかし、派遣で時給で働き、仕事は単純作業で意味も見いだせず技能の向上もなく、さらに来年も再来年も仕事にはなんの変化も進化もなく・・となってくれば、「同じ10万円がもらえるなら働かずにもらえる方が得」という話になってしまいます。

働くことを経営者側が「労働力」に過ぎないととらえ、労働者側が「生活費をもらうための手段」に過ぎないと捉えるなら、この議論(働いたら負け)は正当性を持ってしまいます。


このことへの根本的な解決には、やはり生産性の高い分野への産業シフトを強力に進めていく、ということが大事なんじゃないかと思います。

まずは労働法規の遵守を徹底し、残業代を払わないなど違法な状態でなければ存在し得ない企業に転換を迫ること、競争力のなくなった企業に税金を投入するのも、無駄な雇用を支えるための公共事業もやめて、生産性が高くない企業は市場から退出して貰うことです。

そんなことしたら余計失業者が増えるじゃないかと言われるだろうけど、追い詰めないと何も変わらないです。世界市場の中で生き残っていける生産性を持つ企業でないと、“成長機会”=給与を毎年上げることができ、仕事の範囲を拡大していける機会、を労働者に与え続けるのは難しいのですよ。

★★★


というわけで、
1.地方に権限を委譲し、国は負担と監視だけを行う。
2.貧困層向けの衣食住+医療+教育の市場形成を促進する。
3.生産性の高い産業を生み出し、労働に非金銭的意義を取り戻す。

ということが必要な気がしますよ。


そしてその前提として、日本もそろそろ
「福祉で生きる人を社会のイチ構成グループとして正式に認知する」必要があるってことかと。


そんじゃーね。