市場を創るということ

追記)当サービスは、2014年8月に「産地直送便」となった後、2016年8月で終了しています。


先日紹介した「やさい便 by クックパッド」という新サービス

最初は「食材通販事業に参入するの?」と思ったのだけど、そうではなく「野菜を売買するマーケットプレイスを作りたい」ということでした。


・野菜の販売事業を始める、のと
・野菜が売買される市場を作る のは、全然違うことです。


前者は「農家から野菜を仕入れる+お客に販売する」ですが、

後者だと「野菜を売買できる市場を作る+農家にそこで売ってもらう+消費者にそこで買ってもらう」です。

ネットの場合は、市場はプラットフォームとも呼ばれます。


楽天市場がまさに「市場」であるように、クックパッドも売り手でも買い手でもなく、単に「市場開設者」としての役割を果たします、というのが、今回の事業の骨格です。



クックパッド本社にあるキッチン


世の中にはあらゆる財やサービスが溢れていますが、効率的な「市場」が存在しないものは、広く流通することができません。

証券取引所という市場が存在するからこそ、株式を売買することが可能になるように(取引所がなければ、「トヨタの株が買いたければ名古屋まで来い!」「売り手の家まで来い!」とか言われます)、

中古車の業者間オークション市場が整備されたからこそ、全国どこでも中古車を自由に売買することが可能になったように、

アマゾンやブックオフが効率的な市場を作ったからこそ、中古本が流通するようになったわけです。


これまで生鮮食品は、「農家→農協→各地の青果市場→青果卸→八百屋→消費者」と流通していて、
ある時「大手契約農家→大手小売りチェーン→消費者」という中抜きパターンが現われ、
今は「契約農家→ネット食材通販会社→消費者」という経路も開発されました。



クックパッド ダイニングルーム


しかしそこにあるのは「プロの市場」である青果市場だけです。

大手契約農家→大手小売りチェーン→消費者 も、契約農家→ネット食材通販会社→消費者も、“流通革命”ではあるけれど、“市場の創設”ではないのです。


一般的に新規市場が開設されると、、

・価格が付かなかった財やサービスに値段が付き、商品化される
・市場を成り立たせるための新たな雇用、経済付加価値が生まれる
・主要商品や主要プレーヤーが入れ替わる

などが起こります。



チキンのトマトソース煮 (下に敷いた野菜は今回のやさい便で届いたもの)


通常、大手の小売りチェーンは、複数店舗で扱える量を確実に納品できる大手の農家、もしくは農協と契約します。

ネット通販会社も、プロモーションがし掛けられる程度のロットは求めるでしょう。

しかし、野菜の直接売買市場が創設されると、小口生産者が作る作物も“商品”として流通することが可能になります。


小口生産者が作る作物は、これまで
・自家消費、
・ご近所に配る(物々交換)
・都会の息子夫婦の家に送る
・ロードサイドで無人販売する
などの方法で消費されてきました。市場化されていなかったのです。


しかし多数の生産者が出店する市場であれば、一部の生産者が特定の季節だけしか店を開けていなくても問題ないし、いくつかの商品が売切れていてもいいでしょう。

各生産者は、ある分だけを売ればいいのです。

これが進めば、週末農園を楽しんでいる一般家庭でも、とれすぎた野菜を収穫時期だけ出品することが可能になります。

極端な話、「庭でできたキュウリを売る」も可能なんです。



クックパッド本社に、あやしいお面ブロガー出現


そうなると、より多様な野菜が流通に乗ることになります。

現在の青果市場は、プロ向け、大ロット向けの市場です。

一方、小口の売り手と消費者が直接に売買できる市場ができれば、日本でひとつの農家だけが作る、聞いたこともない珍しい野菜、ある地方で、ある季節にしかできない野菜、挑戦好きの生産者が新しく開発した作物、も食卓に届けられるようになります。

「そんな商品、売れるのか?」って?


レシピがあったら、売れるでしょ? どうやって食べればよいか分かれば、買いやすいじゃん。



今回のやさい便で届いたプチトマトとオクラ


しかも、この市場により消費者は、旬(季節性)や地域性を取り戻すことが可能になります。

本来、大半の野菜はとれる季節が決まっているんです。ところが大手スーパーの出現と共に、多くの野菜は一年中食べられるようになりました。

彼らは消費者が欲しいというものは、季節外れでも、世界の裏側から運んで来てでも店に並べます。

農家側もあらゆる技術を駆使して、季節外れの商品を作り、納品します。


でもね。寿司屋で“おまかせ”が美味しいのは、「オレが食べたいもの」より、「今日、入った最高のネタ」の方が美味しいからです。

生鮮食品に関していえば、消費者が「これが食べたい!」と指定するより、生産者側が「今はこれが美味しいですよ!」というものを食べた方が、よほどいい。

同じ種類の野菜でも、「旬のもの」と「旬以外の時期のもの」はまったくの別物だし、同じ季節でもなにかの影響で、デキのいい場合とそうでない場合があります。

自然のものはコントロールできない。だからクックパッドのやさい便は、「生産者指定、野菜の種類はおまかせ」になっているわけです。


野菜の直接販売市場では、春から秋にかけては「北海道産野菜」がたくさん売られていても、冬になったらそれらのお店は閉まってしまうかもしれません。

特定の地域から、特定の時期だけ、特定の野菜が売られる。そういう“ぜいたく”が、戻ってくる可能性があるのです。



ちきりん@クックパッド


今やスーパーで10種類の野菜を買えば、産地は 3ヶ国、10箇所に渡るといった状態です。

一方、クックパッドのやさい市場で特定の農家から野菜を買えば、10種類の野菜はすべてひとつの地域で作られています。

私たちは「その地域で、今作られた野菜」を食べることになるのです。

これは、ちょっと違うコンセプトですよね。あれこれ野菜を見ながら、「そうか、こういう土地なのか!」って、思えるでしょ。


週ごとに、月ごとに、日本のあちこちの野菜を食べてみることができます。

旅行に行った地の野菜や、全国の野菜を順番に食べてみるのも楽しいでしょう。

北海道の農家からのやさい便を受け取ったら、コーンが北海道の新聞で包まれていて感動した、と知人が言っていました。

「この地方の野菜を食べている」と強く意識できるようになるのです。

届いた野菜があまりに美味しければ、グーグルマップでその土地を確認したくなるのも自然なことです。


ご存じのように、日本の豊かさは多彩な地方と季節の移り変わりにあります。

野菜の直接市場が届けてくれるのは、単なる食べ物としての野菜ではなく、日本の多様性と日本の四季だというわけです。



→ やさい便 by クックパッドはこちら


めいっぱい美味しいものを食べて、生きていこう!



そんじゃーね


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