『われ敗れたり』 米長邦雄

前日本将棋連盟会長、米長邦雄永世棋聖の『われ敗れたり』を読みました。この本、めちゃくちゃおもしろいです。

「おもしろい」というのは、「勉強になった」とか「米長さんってやっぱりスゴイ!」ではなく(いや、それもあるけど)、文字通り、吹き出すほどおもしろかったという意味で、読んでいて何度も声を出して笑いました。

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る


内容は、昨年 2012年の1月14日、米長氏がボンクラーズという将棋ソフトに負けた第一回電王戦についての敗戦記です。(氏はその年末=去年末に他界されています)

米長氏は、トップ棋士としてのキャリアはもちろんですが、その自由で破天荒な性格でも知られており、加えて「将棋界の経営者」としても様々な実績を残されました。そのひとつが、コンピューター将棋と積極的に関わっていくという決断だったのです。

皆様よくご存じのように、電王戦は今年の3,4月に第二回が行われ、昨年以上に大きな注目を集めました。そっちについては後日エントリを書く予定ですが、今日はこの本の中から最も笑えた箇所を紹介しましょう。以下、第一回 電王戦後の記者会見でのやりとりからです。

読売新聞記者(以下、読売) 「あと一つ確認なのですが、「電王戦」は、デン「ノ」ウセンと聞いていたのですが、デン「オ」ウセンではなく、デン「ノ」ウセンでよろしいですか?」


米長 「天王洲アイル」と同じでどう読むのかわかりませんが、デン「ノ」ウセンではないかと思います。しかし、あの子(司会)が読んだのはデン「オ」ウセンですけれども」


読売 「デン「ノ」ウセンと聞いていたのですが、司会者の方がデン「オ」ウセンとおっしゃっていたので・・・」


米長 「言葉を大事にする読売新聞ならではの質問だと思うのですが、(日本)将棋連盟というところは「どっちでもええやないか」という団体でございます。」 


(青字にしたのはちきりんです。以下すべて同じ)

 おもしろすぎでしょ・・・

共同通信記者(以下、共同) 「五対五で来年やるということですが、それで終わりなんでしょうか? それとも再来年、何か考えておられるのでしょうか?」


米長 「来年五対五の団体戦を行ったあとどうなるかはわかりません。わからないというのは、そのあと、世の中のというのはどういうことが起こるのか、想定外のことが起こるのが勝負の世界だからです。(中略)」


共同 「わかりました。ということは来年までが電王戦で、そこで一応終わるということでよろしいでしょうか?」


米長 「そうじゃありません。今年は私が指し、来年は五対五でやる。そのあとは未定である、ということです。電王戦がその後ずっと続くかもしれないし、それで終わりかもしれない。わからない。あなたの結婚生活と同じです。「続くだろう」ということでやっていく、ということです


 ・・・!



これらを単に、米長氏のぶっちゃけた性格やユーモアセンスを示すエピソードと捉えてもいいのですが、この本を通して読んでいると、それだけでもないように感じられます。


言うまでもないことですが、将棋のタイトル戦の多くは、新聞社がスポンサーをしています。
・竜王戦=読売新聞社
・名人戦=毎日新聞社、朝日新聞社、大和証券グループ
・王位戦=北海道新聞社・中日新聞社(中日新聞・東京新聞)・西日本新聞社と神戸新聞社・徳島新聞社
・王座戦=日本経済新聞社
などなどです。

つまり新聞業界は将棋界の大スポンサーであり、米長氏はスポンサーされる側の日本将棋連盟の会長なんです。



それを理解したうえで、さらに別の箇所からの引用をお読みください。

「コンピュータと人間とはどちらが強いのか」「コンピュータの将棋はこのあとどうなるのか」ということ以上に、双方向性のメディアと既存のメディアとの大きな違いということを、私は今回の対局を通じて、印象づけられたのです。


記者会見ではテレビや新聞といった既存のメディアの記者と私との一問一答が行われましたが、私に対する底意地の悪い質問もいくつかありました。


それに対する当意即妙の受け答えに対して逐一、視聴者の方が「よく言ってくれた」「その答えを待っていた」というコメントをくださり、米長にエールを送ってくださったのです。

最後にでてくる「エールをおくってくださった視聴者」とは、ニコニコ生放送で電王戦を観戦した視聴者を指しています。このようにこの本には、「既存のメディア」と、ニコニコの視聴者(メディアではなくて)を対比する記述が数多くでてきます。

ニコニコ動画は双方向性です。対局終了後から約2時間で5万人増えたのもすごい。記者会見が面白かったのでしょう。私の初手△6二玉に理解を示した人が圧倒的で、翌日の新聞の紙面とは大きく違います。(中略)


しかし、負けたものは仕方がない。ニコニコ動画のファンと一部新聞記者とはずいぶん隔たりがあるようです。


あと、この本の中には「お金」の話も頻繁にでてきます。日本将棋連盟はスポンサー契約を受けて運営されてるわけですから、昨今の新聞社の業績について言及するまでもなく、そんなに懐が温かいわけではないでしょう。

だから本の中にも赤裸々に「対局料はいくら」とか、「そのうち○○円を棋士に渡した」みたいな話がでてきくるのです。羽生三冠がコンピュータ将棋と対戦するならその対局料はいくらであるべきか、という計算などは、ものすごくロジカルで納得できるものでした。

いずれにせよお金に拘るのは、日本将棋連盟の会長、すなわち将棋界の経営者であった米長氏にとって、当然のことだったと思います。


だから、今後の電王戦をどうするかに関しても「お金」の問題があると氏は考えます。

今回の対局までは、次回以降の電王戦は、一年に一局ずつ、五年間で五人のプロ棋士が五台のコンピュータと対戦するということで決まっていました。しかしながら、当日、私の対局が終わったあと、記者会見がはじまるまでの一時間ほどの間の打ち合わせにおいて、急遽これを変更することに決めたのです。(中略)


五年で五局ではなく、来年、一度に五対五の対戦を行う団体戦形式、ということになりました。これは何よりもスピードを優先した結果です。五年もの時間をかけるよりも、一気に五対五の団体戦を行う。それこそファンが求めていることではないか、ということで意見は一致しました。


しかし当然、一気に五戦やるには対局料その他の金がかかります。


これは、去年の電王戦の後、今年の電王戦の団体形式が決まった時の話を振り返った記述です。このように、米長氏の頭に浮かんだ(唯一の? もしくはもっとも難儀な?)問題は、お金がかかる、そのお金はどーすんだ? ということでした。

今年は、現役を引退した自分がひとりでコンピュータと対戦したけれど、来年は現役棋士が、しかも一度に5人も対局するとなると、相当の金が必要となる。それが彼の懸念だったわけです。


そして、その続きの文章がコレです。

私の懸念にたいして、川上会長が「お金は私が出します」という一言をいってくださった。


川上会長は、電王戦をスポンサーする株式会社ドワンゴの創業会長です。米長氏の「私の懸念」であったお金の問題は、おそらく川上会長にとっては、解くのがもっとも簡単な問題だったんじゃないかな。というか、問題であったかどうかすら微妙です。


最後に、あとがきの最終段落からも引用しときましょう。この本のほぼ最後の文章です。

当日のニコニコ動画のコメントや、後日のツイッター、ヤフーのニュースなどで、「対局しているとき、きりっと背筋が伸びていて、とてもその年齢に思えない」「かっこいい」という書き込みがたくさんあり、うれしく思いました。


自分を褒めてくれたとして、言及されてるメディアは以下の3つです。
・ニコニコ動画のコメント
・後日のツイッター
・ヤフーのニュース




どんだけ?



って、こういう時に使う言葉だったんだなと、あらためて理解できました。


そんじゃーね。



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<コンピュータ将棋 関連エントリの一覧>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄  ←当エントリはこれです
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃!
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル
8) なにで(機械に)負けたら悔しい?
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 
12) インプット & アウトプット 
13) コンピュータ将棋まとめその2