「鍛冶屋の親分」と「熟練の旋盤工」は、今やどっちも匠です

昨日は夕方から思いがけず時間が空き、(しかも珍しくニコニコ様から追い出されることもなく、)将棋電王戦のタグマッチ決勝戦を、リアルタイムで視聴することができました。 (電王戦タグマッチ特設ページ

私は今年の 5月に 12本ものコンピュータ将棋に関するエントリを書き、すっかり“にわか電王将棋ファン”みたいになってるわけですが、

その理由のひとつは、コンピュータがゲームに参加することで、& ニコニコ生放送という新しいメディアの創意工夫により、プロ棋士の方が紡ぎだす人間ドラマが、(私のような素人にも)よりわかりやすい形で鑑賞できるようになったから、なのでしょう。


過去エントリ→ 「人間ドラマを引き出したコンピュータ」にも書きましたが、昨日のタグマッチ(前回の電王戦で対局した棋士とコンピュータソフトがコンビを組んで、5組のペアが優勝を競った大会)の決勝戦も、手に汗を握る名勝負となり、大盤解説をされていた森内俊之名人も、「名対局でした」「私も興奮しました」と繰り返されていました。

なにより、駒の動かし方もわかってない私がリアルタイムで見ていておもしろいと感じられるなんて、ほんとにすごいコンテンツだと思います。


★★★


さて、電王戦に関しては、今年の春に行われた第二回の「棋士チーム対コンピュータチームによる、5対5の団体戦」で、コンピュータ側が圧勝(3勝1敗1分け)し、次回の企画がどうなるのか、注目されていました。

先日発表された次回電王戦の内容は、こちらのサイトにまとめられているように、前回同様、棋士対コンピュータソフトによる、5対5の団体戦になるとのこと。


ただし、対局条件にはいくつか変更があり、
・ソフト(開発者)と棋士の勝負であることを明確にするため、使用されるマシンは特定のハイスペックマシンに統一
・対局するソフトは特定タイミングで固定し、棋士は、本番前にそのソフトを使っての対局準備ができるようになる
などと発表されています。

企画発表会で谷川浩司会長がおっしゃっているように、「できるだけ長く、人間とコンピュータが拮抗しておもしろい勝負を続ける」ためには、いろいろ環境を整えないと、ってことなんでしょう。


同時に、いくら条件を整えても基本はコンピュータがどんどん強くなっていく方向なわけですから、「その後」のコンテンツ案として、「人間とコンピュータがタッグを組んで戦う」という、すでにチェスなどでも行われているスタイルの可能性を試すという意味で、昨日の「電王戦タグマッチ」には大きな意味がありました。

この観点でも、今回のイベントは予想以上に大成功だったんじゃないでしょうか。


(私が言うのもナンですけど・・、)タグマッチの決勝戦では「人間単独より、また、コンピュータ単独より、“人間+コンピュータ”のほうが圧倒的にいい仕事をするんだな」という、「そういえば、そうだよね」的な結論が、再確認されたのだと思います。

特に完全な解が見つかっていない将棋においては、「人間とコンピュータが力を合わせて、更なる高みに一歩でも近づく」というのも、なかなか見どころのあるプロセスになるはずです。

共存共栄などという大げさな言葉を使うまでもなく、あたしだって「紙と鉛筆でブログを書け」といわれるのと、「キーボードと漢字変換ソフトを使って書いていい」といわれるのでは、文章作成の生産性に雲泥の差が出るわけで、コンピュータを巧く利用することが人間の諸作業の生産性を圧倒的に上げていくのは、どの分野でも同じってことでしょう。


★★★


関係者の皆さんも昨日のトーナメントを見て、さらに大きな可能性をこの分野に感じられたことと思います。たとえば、“正式の”タイトル戦である名人戦や竜王戦のセコンド・バージョンとして、“名人戦 assisted by computer software”、“竜王戦 w/computer”みたいなのがあってもいいですよね。

素手で戦ったら誰が一番強くて、道具を使ったら誰が一番強いのか、みたいな。


段位だって、今の段位は「人間のみで対局した場合の段位」ですが、それとは別に、「コンピュータを利用した場合の段位」ができたりね。・・・なんていうか、“オートマ免許”みたいなもんですかね。できて最初の10年くらいは、「俺はあんなもん免許とは認めん」みたいな人がいたり・・


たとえば鉄の加工に関しても、“一流の職人としての鍛冶屋”と、“プロの技を誇る旋盤加工の熟練工”って、必ずしも同一人物ではないはずです。

今は、大田区や東大阪に「世界が認める旋盤熟練工」みたいな人がいますが、そういう人たちだって、江戸時代の鍛冶屋の親分に言わせれば、「機械なんか使いやがって・・」的な位置づけなわけでしょ。

でも今や、熟練の旋盤工の技にたいして、「機械なんか使ったら実力とは言えないよね」などと言う人はいないわけです。ってことは、将来的には将棋においても、もちろんそれ以外の分野においても、「機械(&コンピュータ)を使いこなす技が一流だということで、匠と認められる一流プレーヤー」が登場しても全く不思議じゃありません。

鍛冶屋のチャンピオンも、旋盤技術のチャンピオンも、一流の人はどっちも匠と呼ばれるわけです。



ヒエラルキーが明確な将棋界においてはそれ以外にも、
「アマチュア有段者 with コンピュータソフト」 vs. 「プロ棋士チーム」とか、

「惜しくもプロ昇格を逃した元奨励会会員 with コンピュータソフト」 vs. 「プロ棋士チーム」

「女流棋士 with コンピュータソフト」 vs. 「(男性)プロ棋士チーム」などなど


いろいろやってみたらおもしろそーじゃん!?


てか、これなら何年でも楽しめそうだから関係者みなさんにメリットがあるのでは?

などと、あんまりおちゃらけてると各方面から怒られそうのでこの辺でやめますけど、まあとにかくスゴクおもしろいなと思いました。


★★★


あとね。「機械ができることは機械にやらせりゃいーじゃん」と、どこまで割り切っていいのか、とかも、おもしろい課題ですよね。

私が小学校のころは、漢字の書き順がテストに出てました。今となっては、「あんなもん、本当に人間が覚える必要があるのか?」って気がしませんか? 今もあれを覚えてるかどうかで国語の点数が変わったりするんでしょうか?


そういうのを突き詰めれば、「大学入試なんて電卓持ち込み可でもよいのでは?」とか、「英語のテストだって、英語辞書(もちろん電子辞書)持ち込み可でいい」という話にもつながります。

計算方法の原理原則は理解する必要があるだろうけど、「計算ミスをしたために答えを間違い、大きく減点されて大学入試で不合格」みたいな人を選別する必要があるんですかね。

「どうせ機械が担当することになる部分について、人間が暗記したり、ミスをしないように必死になる意義はどこにあるのか?」みたいな議論も、今後は必要になるのかもねと思いました。


というわけで、いろいろとっても楽しみです。


そんじゃーね!



<頂いた感想ツイートより>


<コンピュータ将棋に関する過去エントリ>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃!
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム 
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル
8) なにで(機械に)負けたら悔しい?
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 
12) インプット & アウトプット