セブ島のビーチで読んだ『世界で勝負する仕事術』〜最先端ITに挑むエンジニアの激走記〜がおもしろかった。
著者の竹内健氏は、1967年生まれ、東大工学部から「誰もやっていないことをやりたい」と研究者を目指して修士課程に進学。
「企業への就職など考えてもいなかった」のに、東芝の企業訪問に誘われ、ちょっと行ってみたら舛岡富士雄氏の熱いトークに感激し、一転、就職することを決めます。
しかし「入社したら話が全然違った!」、理想と現実はかけ離れており、入社後は延々と誰でもできる単純作業をやらされるはめに・・。
・・超ありがちな話ですね。
少々優秀でも、学生なんて社会人の熱い言葉にはコロッとだまされるし感動するし、志高く入社してみたらすべてが嘘ばっかりだし。今でも竹内氏と同じ思いをしている学生さんは、毎年 3000人くらい、いそうです。
その後、氏は「執念で雑用からはい上がる」と決め、「突然の研究所閉鎖、そして冷遇」にも負けず、「会社が認めないなら、世界に認めさせてやる」と奮起します。
会社が開発中止を指示した「多値フラッシュメモリ」の研究を、上司の目を盗んで進めたのです。この技術は今、ほぼすべてのフラッシュメモリで使われています。
しかし「フラッシュメモリが事業として成功した時には、こうした自称立役者がたくさん現れ、成功の果実を奪いあいました。私もドロドロした人間模様に巻き込まれることになり、それが後に東芝を去る一因となりました。」
そして、「当時そういう自覚はなかったのですが、フラッシュメモリが注目されていない時に、論文を書いて特許を取り、自分がオリジナルの開発者である客観的な証拠を残したことはとても重要でした」、なぜなら、
「私が大学に移ってから様々な企業と共同研究をしたり、国家プロジェクトを受託できるようになったのは、フラッシュメモリがマイナーだった90年代に、私が学会で論文を発表したり特許をとったりしていたのを、東芝以外の方々が見て、評価してくださっているからです」
つまり、組織内の評価より市場の評価を築いておくことが大事ってことですよね。
その後、竹内氏は技術留学を勧める会社と掛け合い、MBA留学を目指します。スタンフォード大学 MBAに進むのですが、そのことに「技術部は大賛成、人事部は大反対」だったそうです。
技術部の人たちが賛成してくれたのは、「これから新事業を立ち上げ、市場を広げる必要に迫られているのに、技術者だけで固まっていて、ビジネスの進め方がよくわからない状態でいいのか。みんなそういう危機感を抱いていたからだと思います」とのこと。
留学先では「英語の壁に阻まれ、人生初の劣等生に」なりながらも、MBAで行われている教育が「金の亡者になるための授業ではない」と理解し、「意外にもウエットなシリコンバレー」で大事なのは、「業績以上にものを言う、コミュニティ内での評判」だと気づきます。
そして「「会社を変えてみせる」という決意を胸に」東芝に戻り、花形ビジネスとなっていたフラッシュメモリ事業でプロジェクトマネージャーに任命され、MS,インテル、アップルなどと関わりながら活躍します。
この経験の中、氏が高く評価しているのがアップルで、「アップルはデザインやユーザーエクスペリエンスばかりもてはやされがちで、「アップルには技術がない」などという人もいます。
これは大いなる誤解です。自ら半導体の開発こそしていませんが、技術を理解して、半導体メーカーをリードしてきたのはアップルです」とのこと。
その後、特許訴訟でアメリカの法廷に立ったり、SSCCという半導体回路技術で最も権威のある国際会議で賞を得たりと活躍されるわけですが、その頃、東芝の過去の主力だった DRAM事業がサムソンなどに圧倒され、東芝はDRAM部門のリストラを余儀なくされます。
その結果、当時儲かっていたフラッシュメモリ部門に、DRAM部門の人材がたくさん送り込まれてくるわけですが、彼らは年齢が高いため、年功序列人事に沿って、フラッシュメモリの技術者の上司になります。
著者は書いています。
「事業に失敗した人たちが、成功しつつある事業に吸収され、組織の中で、成功の立役者の上に立つ、というのは欧米企業ではありえません。ところが、日本の年功序列の人事制度では、当たり前のようにこのようなことが起こります」と。
そんな理不尽に「戦友が次々と東芝を去っていく」中、竹内氏も「一晩で決めた東大への転身」とあるように、東大の准教授への転職を決意します。
しかし、東大も大変です。企業とはかってが違い、「「企業出身者は悲惨だぞ」と脅されて・・・」、研究資金も事務サポートもなく、どうやって成果をあげればいいのか、呆然とする状態に。
そんな中でも著者は「「東芝あっての竹内」とは言わせない」と奮起し、「最初の一年で世界最大の学会(ISSCC)に論文を通すと決意」します。
この気持ち、ちきりんにもよくわかります。
(竹内氏の実績とは比べようもありませんが)私も“組織名あってのちきりん”とは絶対に言われたくありません。“自分の価値は、自分が所属した組織にあるのではなく、自分にある”、これはプロフェッショナルの基本的な覚悟でしょう。
その後は、「研究費獲得のための公募連敗から学んだこと」を活かして、数多くの研究資金を獲得、「 MBAで学んだことがそのまま役に立つ」と感じ、実績をあげつつも、「教育と研究開発のジレンマ」に悩み、「優秀な技術者がどんどん日本から去っていく」現実にため息します。
ちなみに、技術者は日本からどこに去っているのでしょう? 欧米ではありません。「そこから飛び出した優秀な技術者の多くは、韓国や台湾などにわたってしまいます」なのです。
ここから先は竹内先生の本をお読みください。
★★★
この本は、東芝、日立、NEC、富士通、パナソニックからソニーまで、日本の一流と言われる技術系メーカー、特に大企業に入社する理系学生さんに、是非読んでもらいたいと思います。
著者とちきりんのバックグラウンドは 180度といっていいほど異なります。にも関わらずこの本には、いつも私が言っているのと同じことがたくさん書いてあります。
「誰も注目していない分野、歴史の浅い分野を狙う」という竹内氏の考え方は、私が『ゆるく考えよう』で、“もっとも大事な戦略は、勝てる市場を選ぶこと”と書いたのと全く同じです。
「積み上げ式で考えていたら何もできない」、「挑戦しないことが最大のリスク」なのであり、「いま旬の分野でポジションを守るのは消耗戦」だ、「勝ち残るのは、見る前に跳んで、たくさん失敗した人」だ、などの主張も、ちきりんがいつも書いていることと同じです。
“Chikirinの日記”を読んでくださっている理系の方、技術者の方の中には、頭ではその意見に納得しつつも“ちきりんの主張はもっともにも聞こえるけど、ほんとに自分にも当てはまるのかな? ちきりんは技術者じゃないし・・”と思われている方もいらっしゃるでしょう。
そういう方に是非、この本を読んで欲しいです。東大工学部、修士課程から東芝に就職し、フラッシュメモリのプロジェクトマネージャーを務め、多くの特許や論文をもち、今は東大の工学部の准教授である竹内健氏が同じことを言うのなら、みなさんにも信じられるはず。
なによりもこの本には、工学系の学部をでて、一流と言われる大企業に就職するエンジニアの人たちが直面するであろう、多くの事柄の“リアル”が記されています。
若手エンジニアがキャリアを積む中で直面する様々な判断ポイントが具体的に描かれ、それぞれのポイントで竹内氏がどう決断したかが描かれているのです。
こういった企業への就職を目指している方、内定者、入社数年目までの方にとって、キャリアの道標となりえる一冊だと思います。
もちろん、私のような完全なる門外漢にも日本のものづくり企業の内情がよくわかる、興味深い本でした。読めてよかったです。
世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記 (幻冬舎新書)posted with amazlet at 16.11.21竹内 健
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当エントリで「 」内に記載した文章は、すべてこの本からの引用です。“ ”の中の文章は、引用ではなくちきりんの文章です。