嫌いな人向けの商品開発へ

先日の 「自動運転車が実現すると、こんなにいいコトあるよー」というエントリの冒頭で私は、「トヨタ自動車まで実験を始めるのだから、いよいよ現実味がでてきた」と書きました。

というのも、つい最近までトヨタ自動車は、“無人運転車”の開発にあまり積極的ではなかったからです。

トヨタはこれまで進めてきた、車にセンサーを付けて車間距離をコントロールしたり、自動ブレーキで衝突を防止するしたりする機能の開発は、すべて「より安全な車をつくるため」であって、「無人で走行する車を作るためではない」と主張していました。

・バックしようとした時、後ろに人がいたらセンサーが自動で検知してストップするとか、
・車間距離が詰まりすぎたら自動的にスピードを落とすとか、
・目の前に突然、人が飛び出してきたら自動でブレーキがかかるとか、

それらはすべて、無人運転車の開発が目的なのではなく、自動車事故を減少させる(できればゼロにする)ためだと言ってきたんです。


ところが最近はトヨタ自動車のトップも、表現を変えてきました。ここのところ彼らが使うのは、

「高齢者など、運転が不可能になった人にも使ってもらえる自動車を開発する」という表現です。


これは、実質的には無人運転車です。それまでの「安全性を高めるため、運転者を支援するシステム」ではありません。

が、これだとまだグーグルなど米国の新自動車メーカー(?)が目指している商品と同じではありません。

なぜなら彼らが作ろうとしているのは、「高齢でもなんでもなく、運転は(やろうと思えば)問題なくできる人のための、運転しなくてもいい車」だからです。

この違い、わかります?


ステップ1:運転者を支援し、事故を無くすための自動車の開発
   ↓
ステップ2:高齢者や障害者など、運転が困難な人のための自動車の開発
   ↓
ステップ3:運転はできるけど、したくない人のための自動車の開発


トヨタ自動車はようやく最近、ステップ1からステップ2に移行しました。
が、グーグルなどは最初からステップ3を目指しています。
彼らの間には、まだもう一段階の違いがあるんです。

★★★

なぜトヨタ自動車はなかなかステップ3に移行できないのでしょう?

それは、自動車会社には、
・運転が嫌いな人
・運転が苦手な人
・運転が楽しいとは思えない人
があまりいないからです。

てか、そんな人、自動車会社に就職しないっしょ。
だからそういう人が、実は「世の中にはめっちゃ多い」ことが理解できないのです。


グーグルには、「毎朝の通勤時、自分で運転するより誰かに運転してもらい、自分は隣でスマホをいじっていたい。早くそうなればいいのに!」と思ってる技術者がたくさんいますが、

自動車会社には、「運転が大好き!」な人ばっかりが集まってます。

だから彼らが作る車は、
「走りを追求」とか
「運転する楽しみをとりもどせる車」などと表現され、その売り文句においても、
「電気自動車なのに加速がすばらしい」
「ダントツの走行性能」
みたいな話ばかりが前面にでてきます。

つまり、自動車会社が未だに ”Fun to Drive!" =「走る愉しみ」を追求する商品開発をしてるのにたいして、

グーグルなどIT系の非自動車会社は、「できるだけ手間なく、目的地まで移動させてくれる機械」を作ろうとしてるんです。

★★★

過去には、掃除機の開発でも同じことが起こりました。

従来の掃除機メーカーは、「いかに完璧に掃除できる機械を開発するか」にしのぎを削ってきました。

「壁際のゴミも残さず吸い込める」
「毛足の長い絨毯に絡まったペットの毛も簡単にとれる」
「吸引仕事率が業界ナンバーワン!」
など、どれも「いかに掃除がきれいに完璧にできるか」を競う発想からでてきた言葉です。


でも・・・ルンバの開発趣旨は違いました。
 ↓


この商品は「掃除なんてしたくない人」向けに開発されたんです。

多くの日本メーカーが発売当初の(あまり性能がよくなかった)ルンバに対して「ゴミがきちんと吸い込めていない」「あんなものでは、完璧な掃除は無理」→ だから売れないだろう、と考えました。

「消費者は、より完璧に掃除ができる機械を求めているはず」と思っていたからです。

もちろんそういう消費者もたくさんいるでしょう。

でも実際には「そもそも掃除なんて、したくないんですけど?」という消費者もたくさんいたわけです。

だから「完璧に掃除できる機械」を凌駕する勢いで、「掃除しなくていい機械」が大売れしました。

消費者の中には「掃除が完璧にできたら嬉しい!」人ばかりではなく、「掃除をしなくてすんだら、めっちゃ嬉しい!」という人が多かったのです。


★★★

最近は調理器具にも同じことを感じます。

シャープは、ヘルシオというブランド名で高機能な調理家電を販売していますが、最初の頃に開発した高機能オーブンと、最近発売の自動無水調理鍋は、アピールする層がかなり違うように見えます。

このめちゃ高価なオーブンは、「料理が大好き!」「いろんな料理を試して、美味しいモノを家族に食べさせたい!」という人にアピールする商品ですが、

材料を放り込んでおけばカレーや煮込みができあがる(火加減やかき混ぜの必要も無い)自動無水鍋(ホットクック)は、

むしろ「できれば料理なんかしたくない」人から評価されています。


シャープがその違いを意識して開発したのかどーかは不明ですが、育ち盛りの子供がいる家庭でバカ売れしたこの商品から着想を得たんでしょう ↓


いままで炊飯器やトースターなど含め調理器具の多くは、より美味しく調理できる機械を目指して開発されてきました。

「料理好きな人こそがいろんな調理器具を買ってくれる」、「調理が嫌いな人は、調理器具には興味を持たないだろう」と考えられていたんです。


が! 共働きが増えたいま、「調理なんて苦手だし、毎日やるのはマジ大変」だが、

とはいえ連日、外食するわけにもいかないし、子どもにファストフードやコンビニ弁当ばっかり食べさせるわけにもいかないから、「仕方なく調理する」という人も、実はたくさんいるわけです。


自動車にしろ掃除機にしろ調理器具にしろ、今までは、

「運転が好き!」
「きれいに掃除したい!」
「美味しい料理を作りたい!」人が、想定ユーザーだったけど、

これからは、

「できれば運転なんて誰かにやってほしい」(隣でスマホいじってる方がラク)
「できれば掃除なんて誰かにやってほしい」(その間、ソファでテレビを見ていたい)
「できれば誰かにご飯つくってほしい」 (私は食べるだけの人になりたい)

という人向けの市場が大きくなるんです。


そういえばずっと昔は勉強についてさえ、「とにかくしっかり勉強したい!」人向けに作られた参考書ばかりでしたけど、

この分野はかなり前から「勉強なんてキライ!」「できればやりたくない」「超苦手」な人をメインターゲットにしてますよね。

だって勉強なんて、「大好き!」な人より「キライ!」な人のほうが多いんだもん。そして、そういう人こそが、教材にお金を使ってくれるんですもん。


これからは、自社が開発する商品を「できれば使いたくない」と思っている人こそがメインターゲットになる時代です。

でも自動車会社のトップが、「やろうと思えば運転できる若者向け」の自動運転車を開発するとなかなか言えないのは、そんなことを言えば、これまでずっと訴求してきた「走る愉しみ」を自ら否定することになるからです。


たしかに、運転を「愉しみ」ではなく、「できればやりたくないコト」と位置づけるのは、トヨタのような会社にとっては大きな抵抗があるでしょう。

でもそこに踏み出せない限り、グーグルとの戦いは始まりさえしません。

このままでは、「運転なんて面倒だし危ないし疲れるだけだから、できればやりたくない」人の市場は、すべてグーグルをはじめとする新興自動車メーカーに持って行かれてしまいます。

さて!
これまで嬉々として「走る愉しみ」をプレゼンしていた自動車会社の幹部が、
「みなさん、運転はとっても面倒ですよね? できれば車なんて運転したくないですよね?」
と消費者に語りかける日は、いったいいつになるのでしょう?



そんじゃーね。



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